ここに来るのは、これで四度目だったか。
初めて来たときはーーーしか客がいなかったのに、今日はーーー以外にも数人の客の姿が見える。
もっとも、薄暗いので顔はおろか、性別もハッキリしないのだが。
そんな観客席の様子を壇上で眺めているポールは……。
「………………」
何かを諦めたような……いや、これは憐れみか?
まるで頭が可哀想な奴らだ。と、言わんばかりの表情で、観客席を無言で眺めている。
「では、仕方がないので語るとしましょう。
今宵お聴かせするのは、娼婦と貴族の一幕。
彼女は男に呆れました。
金にも女にも困っていないのに、ただの商品にすぎない娼婦の自分を欲しいと
つまり、貴族が身請けを申し出たのか。
は、ともかく、仕方がないのでと言わなかったか? と、ーーーだけでなく、他の客も思ったのだろう。責めるような視線がポールに集中している気がする。
そんなーーーたちの視線から逃げるように、ポールを照らしていたスポットライトが消え、すぐ隣を照らし出した。
「妻とは、家同士の繋がりを強固にするために一緒になった。所謂、政略結婚だ」
照らし出された男……如何にも貴族と言った高貴な出で立ちをした男は、唐突に語り始めた。
「だが私は妻を愛したし、妻も私を愛してくれた。美しい妻との夜の営みは、子供にも恵まれた今でも定期的にある。自慢じゃあないが、私たちは押しも押されぬおしどり夫婦だ。
問題があったとすれば、趣味で始めた彫刻が
だが、男とは不思議なものだな。
不意に、本当に希に、妻以外の女性に手を出したくなることがある。と言うか、我が家に仕える召し使いに何度か手を出した。
ああ、心配しなくても、我が家は治癒系魔法を駆使した医療で財を成した家系でね。当然、種絶の魔法もお手のものだ。故に、召し使いを孕ませて修羅場になることはない。
ちなみに、最近は働く他の召し使いたちに見つからぬよう物陰に隠れ、ともに全裸となり、声を殺して快感に堪えさせるプレイにハマっている。これが中々にスリリングでね。
見つかれば私もただでは済まないのに、最近では妻や子供が談笑している部屋のクローゼットなどの中で……」
聞いてない。
異世界のお貴族様の家庭の事情や性癖など聞いていないし、興味もない。このお貴族が破滅願望持ちかつ、若干の加虐趣味と露出症を患っているのはわかったから話を進めてくれないだろうか。
と、思っていたらポールが出てきた。
「彼女は彼を、頭のおかしい客としか思っていませんでした。ですが、彼は真剣でした。私財を、家族を、全財産を擲ってでも、彼女がほしいと思いました。
本日の演目はそんな二人の一幕。タイトルはそう……『頭おかしい』で、ございます」
ポールのお辞儀とともに、劇場が闇に閉ざされ始めた。
と、言うことは、ようやく本編が始まりと言うことだ。
だからーーーは力を抜き、流されるままに、彼女の中に入り込んだ。
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貴族って人種は、基本的に貴族街と呼ばれている地区に引きこもっている。
こんな庶民が暮らす地区に来ることは、真夏に雪が降るくらい珍しいわ。
それなのに……。
「ようこそお客様。私の名前はクラリス。今宵、貴方様に愛でて頂く一夜限りの花でございます」
と、お決まりの台詞で迎えた客はお貴族様だった。
いや、うん。
どう見ても貴族。
それが、庶民に変装してお忍びで遊びに来たって感じだわ。
ただ残念なことに、変装が変装になってない。
服は見た目だけなら庶民のそれだけど、布が全然違う。たぶん、私が着ている絹のドレスよりも良い生地を使ってるわ。
服装だけじゃない。
髪は丁寧にすいてセットしてあるし、普段から良い物を食ってるからか肌艶は良いし、毎日風呂に入ってるのが丸わかりなくらい身体は汚れていない。
さらに、無駄に偉そうな口調。
まあここまでなら、商家のボンボンって線もあったわ。
でも身体を洗う段になってその線は完全に消え、私はこの客を貴族と断定した。
その最大の理由は蛇口。
このお貴族は、「面白いものを見せてやろう」と言うなり、蛇口を触れもせずに作動させたの。
これが一階にいるような学のない子なら、「わー! すごーい!」と言って終わりだったでしょうね。
まあ、私も先の台詞をとっさに口にして、馬鹿を装ったんだけどね。
だって、軽くパニックになったんだもの。
触れもせず、念じるだけで魔道具を作動させられるほど魔力を持つ者は基本的に貴族だけ。
そんな見れるだけでも珍しく、庶民からは金を持ってる珍獣呼ばわりされてるお貴族様が、客として来ちゃったのよ?
パニクるのは庶民として当然の反応よ。
「娼館に来るのは初めてだが、中々良い物を揃えているな。このベッドも魔道具だな。子爵程度じゃあ、買えなそうじゃないか」
はい、子爵以上も確定。
ちなみに貴族の階級、爵位は、ざっくり言うと王族の大公を筆頭に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順よ。
つまり、全裸で部屋の調度品を物色……もとい、見定めているお貴族は、真ん中よりも上の爵位を持ってるってわけ。
って言うか、身分を隠す気ないだろ。
「だが、ギャラリーを呼ぶには、少々手狭か……」
「ぎゃ、ギャラリー……ですか?」
「ああ、実は一度、他人に見られながらしてみたいと思っていたんだ」
何言ってんの?
え? ヤってるところを他人に見られたいの? いや、見せつけたいの? 軽く変態じゃん。
「そうだ! 私をここまで案内した、あの
「やめてください! あの子はまだ、10歳にも満たない子供なんですよ!?」
そんな子供にまぐあいを見せるとか正気か!
いや、そもそも、誰かに見られながらヤりたいと言う時点で正気じゃないか。
「じゃあ、女将なら良いか?」
「絶対に嫌!」
女将さんに見られるとか、禿に見られる以上に嫌よ。
だって、絶対にダメ出しするもの。
アンタが帰ったあとで、風呂にも入らせてもらえずに延々と「あの腰使いはなんだ」とか、「もっと奥まで咥えろ。喉使いな、喉を」とか、最悪の場合は「穴ならもう1つあるだろうが。アンタはそっちが未開発なんだから、懇願して開発してもらうくらいしな」くらい言うわ。
だって悔しいけど、女将さんはルックスはともかく、テクは超一流。噂が本当なら、若い頃はそのテクを駆使してスパイ紛いのこともしてたとか……って、それはどうでもいいか。
「では、ドアのすぐ横にある穴は何だね?」
「穴……ですか? そんな物は……」
あ、あった。
私から見てドアの右側。ドアノブのちょうど反対側の壁に、小さな穴が開いていた。
「私には、覗き穴にしか見えないな。高さ的にも、あの禿が立ったまま覗ける位置だ」
いやいや、いやいやいやいや。
私の身の回りの世話をしているあの子は、私と同じで女将さんに拾われた子だけど私と違って素直で真面目。私の我が儘にも、「わかりました。お姉さま」と言って従順に従う子よ?
そんな子が、毎晩私と客の情事を覗いてたって言うの?
いやいやいやいやいやいやいやいや。
ないから。絶対にないから。
と、思いつつドアを開けてみると……。
「何を、しているの?」
「……」
今まさに、覗き見しようと覗き穴にそのつぶらな瞳を近づけようとしていた禿とごた~いめ~ん。
そっか~。
あのお貴族様の予想通り、この穴はアンタが開けたのか~。お姉さまビックリだわ~。
「あ、あの……」
「いいの。何も言わなくてもいいわ。後学のためでしょう? 後々、娼婦としてこの店で働いていくために、トップ3の一角である私の営業方法をマナブために、覗いていたのでしょう?」
「は、はい……」
嘘つけ糞ガキ。
だったらどうして胸元に手を突っ込み、下着をおろしてスカートをまくり上げようとしてんの?
もしかしてその歳で、性に目覚めてたの?
私が知らなかっただけで、私をオカズにしてたの? だったら金取るぞマセガキ。
「おやおや、やはりこの子が開けた穴だったか。だったらクラリス。この子も見るのが好きなようだ
し、今日は堂々と見てもらおうじゃないか」
「は、はあ……。お客様が望まれるのでしたら……」
断る理由も咎める理由もない。
ないけれど……何故かこの子、客を睨んでるのよねぇ。具体的に言うなら、客の股間から伸びたキノコを。
「私にもアレがあれば……」
「何か言った?」
「い、いえ! 何でもございません!」
いや、言ったじゃん。
私って、耳も目も悪くないからしっかりと聞こえたわ。アンタが言ったアレってアレでしょう?
ウキウキしながらベッドに寝転んで、さあ
なるほど。
つまり、アンタは私を犯したいわけだ。
男の股間に生えてる鈍器を使って、私を欲望の限り犯したいわけだ。
そういう性癖の子が希にいるのは知識では知ってたけど、まさか身近にいるとは思わなかったわ。
「ん……。あん……」
妙な気分ね。
いつも通り客の得物を咥え、ねぶり、
今度は逆に、胸を揉まれ、乳首を
それらは、私にとっては食事以上の日常。
なのに、今日は違う。
他人に見られている。
ただそれだけで、私の身体はいつも以上に
「お、お客さ……あん! もっと、もっとゆっくり……」
「見られて興奮しているのか? いくら娼婦とは言え、誰かに見られながらするのは、初めてだったようだな」
ええそうよ。
娼館に来るような奴は後ろめたさでもあるのか、
アンタみたいな貴族なら、出入りする時は顔まで隠すわ。
そんな奴らは、誰かに見られながらヤりたいなんて言わない。だって素性がバレかねないもの。
故に、私どころか娼婦の大半は、見られながらした経験がない。
男を興奮させるためだけに出しているとさえ思える
「はぁ……はぁ……」
「疲れているな」
「そりゃあ、こんなにもイカされたのは初めてですから」
コイツ、体力も変態じみてたわね。
ホント、何回出したら
まあ、気持ち良かったからアソコが乾くことはなかったけど、もしコイツが体力だけの下手くそだったら
「うちは医療で成り上がった家系でね。だから少しばかり、薬と魔法でブーストしたんだ」
なるほど。
だったら、あの体力と精力も納得ね……って、なるかボケ。薬と魔法でドーピングしてまでヤんな。
もうね、腰が痛いのよ。アソコも開きっぱなしなのよ。呼吸ができそうなくらいスカスカなの。
もし今日のことがもとで具合が悪くなったら、どう責任とってくれんのよ!
あ、ここで言う具合は体調のことじゃなくて……っと、それは一先ず置いて、イキ過ぎて軽く失神してるあの子をどうにかしなきゃ。
「ほら、起きなさい。こんなところで寝たら、風邪をひくわよ」
「う~ん……。お姉さまの穴を全部塞ぎた……痛い!」
「今日はもういいから、馬鹿な寝言言ってないで、さっさと部屋に戻って寝な」
この子、もしかしなくても変態?
え? まだ10歳にもなってないよね?
それで覗き魔かつ自慰も覚えてて、夢でとは言え私の穴全てを塞ごうとする9歳児って普通に怖いんですけど。
「クラリスは意外と、面倒見が良いんだな」
「意外……ですか?」
「ああ、意外だ。今しがたの禿への態度も、私への対応も演技だろう? 本当の君は、口が悪くて我が儘なんじゃないか?」
ほぼ正解。
おそらくこのお貴族様は、不意に出る私の態度や口調から、私の内面を予想したんでしょう。
さて、だったらどう返そうか。
いっそ、素に戻る?
それとも、このまま演技を続ける?
「君の身請けの代金はいくらだ?」
「はい?」
あ、やっべ。
急に身請けとか言い出されたもんだから、思わず素の反応をしちゃった。
いや、わざとか?
うん、ベッドに
つまり、コイツは……。
「素の私で良い。と、暗におっしゃったので?」
「ああ。本当の君が、見てみたかったものでね」
「それで身請け話を持ち出すなんて、お貴族様は金が有り余ってるようですね」
私は、眠気でフラフラしてる変態……もとい。
禿をソファーに寝かせて毛布をかけ、ついでとばかりに酒瓶を取り出して、お貴族様の横に腰をかけた。
素で良いって言うんなら、素でいかせてもらうわ。そっちの方が、私的にも楽だしね。
「中々、堂に
「アンタが素で良いって、言ったんでしょ?」
オッサン臭いは不適切。
確かに、酒をラッパ飲みしてる様はオッサン臭いかも知れないけど、今の私は全裸かつ、スラリと長い脚をこれ見よがしに組んでいる。
そんな私の胸元を、口元からこぼれた葡萄酒が滴る様は
「で?」
「で? とは?」
「君の身請けの代金だ。いくらなんだ?」
「はぁ? アンタ、貴族でしょ? 貴族なのに、娼婦を身請けしようっての!?」
「べつに、珍しいことでもないが?」
いやまあ、確かに珍しくはない。
そもそも、娼婦の身請け金はかなり高いから、金を持ってる商家か貴族くらいしかできないわ。
ちなみに娼婦のほとんどは、農村などで食いつめたお金の無い家庭から、女衒を通して娼館に売られてくる者がほとんど。
娼館が女衒に払った代金は、そのまま娼婦たちの借金になるわ。
で、問題はここから。
この店は他と比べるとかなり良心的だけど、借金の利子はかなり高額でどれだけ働いても借金がなかなか減らない。
そのせいで、どれだけ人気な娼婦でも、年季が明ける前に借金を返し終わることは、私みたいな例外を除いてほぼないと言って良い。
で、身請けをする場合は、いつ払い終わるかもわからないくらい膨らんだ娼婦の借金を、肩代わりする必要があるわけ。
「金貨で40000枚。それが、私の値段よ」
「ふむ……。ちょっとした城が建つ金額だな」
うっそで~す。
私に借金なんて存在しないから、ぶっちゃけタダで身請けできるわ。
まあ、あのがめつい女将さんのことだから、有ること無いこと言って金貨100枚くらいは取りそうだけどね。
「全財産を処分すれば、なんとかなるか……」
「ちょっ……!」
正気!?
金貨40000枚って言ったら、アンタが言った通り城が建つ額よ?
庶民が一生働いても、金貨100枚稼げるかどうかってくらいなのよ!?
「冗談だ。君は断るために、法外な金額を吹っ掛けたのだろう?」
「え、ええ……」
「断った理由を、聞いてもいいか? 娼婦にとって身請けされるのは目標であり、最大の栄誉のはずだ。なのに何故、君は断った?」
確かにアンタの言った通り、身請けされるのが娼婦の望み。
イザベラやアーニャなんかは、身請け話をしてきた客を自慢したりしてるわ。
二人とも選り好みが酷いから、未だに話は決まってないらしいけどね。
ただし、私は身請けなんて望んでない。
私は、私の意思でここに居座り続けてるの。
私は……。
「私は誰のモノにもなりたくない。私の所有者は私。私の主人は私なの。金を払えば良いと思ってるような奴のモノには、絶対にならないわ」
私の答えに満足したのか、それとも呆れたのかはわからないけど、貴族は「そうか」とだけ言って帰り支度を始めた。
そして、見送りをするためにドアの外まで付き添った私を抱き締めて、「全財産を擲ってでも、手に入れたいと思ったのは君だけだ」と言い残して、去って行ったわ。
「見られながらヤるのが好きで、私の素を知っても身請けしたいだなんて、やっぱり貴族は変だわ」
見送りが終わり、気を取り直して湯船に浸かった私は、思わずそう呟いていた。
いや、変なのは私の方か。
40000枚もの金貨を、全財産を処分すれば作れると言ったアイツは低く見積もっても公爵。
文無しになっても、アイツは医療で成り上がった家系とか言ってたから再び成り上がるでしょう。
アイツに身請けされてたら、私は残りの人生をなに不自由なくおくれたでしょうね。
そんな良い相手を袖にするなんて、私も十分……。
「頭おかしい」
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最後の台詞とともにクラリスが瞳を閉じると、ーーーは観客席に戻っていた。
娼婦という身分を考えれば破格の相手をフルなんて、やはりクラリスは他の娼婦とは違うようだ。
それが今回の話で、よくわかった。
「如何でしたでしょうか。今宵の話は、彼女を身請けしたいと申し出た男たちの中で、もっとも金銭的に裕福だった者との、一幕でございました」
男たちの中で?
つまり、他にも身請けを申し出た者がいたということだろうか。
「彼女は見た目だけなら一国の姫君をも上回り、素を出さなけれ非の打ち所がない絶世の美女でございますよ? 身請け話の一つや二つは、当然でございます」
確かに、彼女の内面さえ知らなければ、大半の男は心を奪われるだろう。
それこそ、全財産を擲ってでも独占したいと思うほどに。
「それでは、本日はここまでにいたしましょう。
お客様がまだ懲りずに、このようなつまらない話を聴きたいとおっしゃるのであれば、またお越しください」
ポールが一礼してそう言うと、劇場は暗闇に包まれた。
ふと思ったのだが、ポールは彼女の話をしたくないのだろうか。
こんな劇場を構えているのに、彼女の話を人に聴かせたくないんじゃないだろうか。
と、何故かーーーは思ってしまった。