※この作品はR-18です。

語り部シリーズ1 路地裏の聖女   作:哀餓え男

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第五幕 今宵は、あなた様だけの花でございます

 

 

 

 「ようこそお越しくださいました。

 このポール、お客様のご来場を心から歓迎いたします」

 

 と、ーーーが観客席につくなり、スポットライトに照らされたポールは恭しく一礼して、満面の笑みを顔に貼り付けて歓迎してくれた。

 それはもう、過去二回の対応が嘘のように。

 

 「それでは、さっそく語るといたしましょう。

 本日お聴かせするのは、娼婦と兵士の一幕。

 彼は、魔王を討伐するための遠征軍に参加した一兵士。

 家族のため、国のため、世界のためと自分を奮い立たせて死地に赴いた、名も無き一兵士でございました」

 

 ポールが言い終えると、スポットライトはポールの姿を闇に沈め、代わりに、歴史の知識が無くても「あ、中世ヨーロッパの歩兵っぽい」と、思える出で立ちをした男が光で浮かび上がった。

 

 「自分が彼女と出会ったのは軍の基礎訓練を終えた日の晩。魔王軍陣地手前の前線基地へ出発する前日の晩でした」

 

 その当時のことを思い出したか、兵士の表情は暗い。まるで、不安と恐怖を抑えつけて無理矢理作っているような笑顔だ。

 

 「自分が彼女を買ったのは二回。

 一度目は、給金の前借りが可能だったので、「死ぬ前に良い思いしとこうぜ!」というノリで、仲間と一緒に色街に繰り出した時です。

 いやぁ……。

 お恥ずかしい話ですが、自分には妻も子供もいたのに、家族との時間を優先せずに、一時(いっとき)の情欲に身を任せてしまったのです。

 あ、もちろん、事が終わったあとに家族の元へ帰りましたよ?

 女房に「今日帰るって言ってたのに遅かったけど、どこ行ってたの?」と、「わかってるから言ってみ?」と、言わんばかりの目で睨まれながら言われることになりましたが、ちゃんと帰りました。本当ですよ?」

 

 わかった。

 そこは疑わないから、続きを話してくれないだろうか。無駄に尺が長くなるから。

 

 「でも二回目の時は、愛していたはずの妻と子供のことなんて、微塵も考えていませんでした。

 自分が考えていたのは、彼女のことだけ。

 もう一度彼女に会いたい。

 あの白く透き通るような肌に触れたい。

 薄く紅(べに)を点して潤(うる)んだ唇で、口づけをしてほしい。

  婬魔(いんま)すら誘惑してしまいそうな煌めく瞳で、見つめてほしい。

 そんな彼女の中に、命すら吐き出したかった。

 だから、戦友に花を届けて貰ったんです。

 致命傷を負って倒れた先に生えていた、彼女のように美しい一輪の花を……」

 

 兵士が口を閉ざすと、入れ替わるようにポールが照らされた。

 だけど、少しだけ格好が変わっている。

 いや、加わっている。

 ポールの燕尾服(えんびふく)の胸に、見たこともない一輪の花が付け加えられていた。

 あの花はなんだ? ポールなりのお洒落だろうか。

 

 「この花でございますか?

 この花の名はサンジーバニー・ブーティー。

 お客様方からすれば珍しい花なのでしょうが、私からすれば、そこらに生えている雑草でございます」

 

 ポールは雑草だと言ったが、雑草呼ばわりするには美しすぎる花だ。

 あの白く先が尖った花弁は、クラリスを彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

 「すでに、彼女の内面を嫌と言うほど見ているお客様方ならお分かりでしょうが、彼女は彼のことなど憶えていませんでした。

 「あなたをもう一度抱くために、自分は必ず帰ってきます」と言った彼に、「その時を、指折り数えながらお待ちしています」と答えて送り出したにもかかわらずです」

 

 まあ、彼女ならそうだろう。

 先の台詞もただのサービス……いや、営業トークをかねた社交辞令だったんじゃないだろうか。

 

 「ですが、彼は来ませんでした。

 しいて言うならば、彼の戦友が届けた一輪の花が、彼女の客でございました。

 本日の演目は、一人と一輪の一幕。

 タイトルはそう……『今宵は、あなた様だけの花でございます』で、ございます」

 

 胸に挿していた花をーーーたちに見せつけるようにしながら、ポールが言葉を紡(つむ)ぎ終えると、劇場に雪が降り始めた。

 いや、これは雪じゃない。

 ポールが胸に挿していた花の花弁が、ヒラヒラと舞い始めたんだ。

 そして視界が花弁の色で塗り尽くされると、ーーーは彼女の中に入っていた。

 

 

 

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 私にはあまり関係のない話なんだけど、ここ半年ほど、客の数が減っているらしい。

 いや、この言い方は正確じゃないわね。

 正確には、若い男の客が減っている。

 下手に若い奴よりスケベな爺さんや、仕事の関係で体の一部が欠損してる職人。それに、男よりも女の方が好きなキワモノは変わらず来てるらしい。

 と、散歩に出る前の小言のついでとばかりに、女将さんから聞かされた。

 

 「戦争でも、してんのかしら」

 

 若い男が減ったってワードで、真っ先に私の脳裏に浮かんだのは戦争。

 だから、そう返したら……。

 

 「正にその通りだよ。半年前、遠征軍が出発する前日は大忙しだったろうが。もう忘れちまったのかい?」

 

 と、言いながら女将さんはため息を吐いた。

 そう言えば、そんな日があったようななかったような……。

 

 「まあ、アンタはいつもより楽そうだったけどね」

 「そうだったっけ?」

 「そうさ。ほら、食堂にある覗き穴から待合室を見て、「隊列組んで娼婦に突撃! なぁ~んちゃって」とか言いながら爆笑してただろうが」

 「え? そんなクソつまんないことを、私が言ったの?」

 「ああ、言ってたさ。「きっと、案山子を突き飽きたから娼婦を突きに来たんだわ。でも、槍が見当たらないわね。どいつもこいつも、股間の短剣しか持ってきてないじゃない」とも言ってたね」

 

 あ~……言ったような気がする。

 うん、段々と思い出してきた。

 言われて思い出したその晩は、他の娼婦は忙しそうにしてたけど私は楽だった。

 たしか、私を買った男も兵士……だったよね? 顔も思い出せないけど。は、一発ヤり終えたらさっさと帰っちゃったのよ。

 そんなだったから、いつも朝方近くに寝る私は時間をもて余しちゃってさ。

 食堂でチーズをつまみに酒を飲みながら、眠くなるまで待合室を観察してたってわけ。

  

 「で? そんな大昔の話を持ち出してどうしたのよ。客が少ないってだけの愚痴なら、もう行くよ?」

 「アンタに愚痴ったって、銅貨一枚の得にもなりゃあしないのにするもんかね。件(くだん)の遠征軍の帰還兵が、アンタにコレを持って来たからつい思い出しちまったのさ」

 

 と、言いながら女将さんが私に手渡したのは、白くて先が尖った花弁が特徴的な花だった。

 ふむ、綺麗な花だけど、数が少なすぎるわね。

 私に花を贈るなら、最低でも花束が常識。

 常識だけど……何故かこの花に、妙な魅力を感じる。いや、どうしてだかわからないけど、身体が求めてる。

 変な話だけど、食べたいとさえ思ってるわ。

 

 「ねえ、これって何て花なの?」

 「さあ?」

 「さあ? って、無駄に物知りな女将さんでも、コレが何て花なのか知らないの?」

 「一言多いよ小娘」

 「はいはい、ごめんなさいね。で? 本当に知らないの?」

 「ああ、植物は仕事で使える物が多いから、下手な学者より詳しい自信はあったんだけど、その花は見たことがないねぇ」

 

 下手な学者より詳しくなる仕事ってどんな仕事?

 は、どうでも良いか。

 私には劣るけど、この花は十分綺麗だからこうやって……。

 

 「どう?」

 「花を髪飾りにねぇ……。中身にもうちょっと可愛気がありゃあ、素直に誉めてやるんだけどねぇ」

 「誉めても良いのよ? ほら、誉めなさいよ。ほら、ほら」

 「あ~はいはい。可愛いからさっさと行ってきな」

 

 もうちょっと感情を込めて言え。

 それに、犬猫を追い払うようにシッシッてやるな。と、心の中で文句を言いつつ、私は街に出た。

 

 「兵士っぽい奴らがちらほらと……。しかも表情的に、敗走して来たって訳じゃないっぽい」

 

 どちらかと言うと逆。

 戦勝ムードだわ。

 と、言うことは戦争に勝った?

 あの遠征軍の目的は魔王の討伐だったはずだから、魔王軍に勝ったってことになるのよね? 

 

 「と、なると……ん? どうなるの?」

 

 とりあえずは、話で聴いたことしかない魔王軍の驚異からは解放される。

 それはわかる。

 でも、そうなると何がどうなるのかが、私にはわからない。

 だって、魔王軍の驚異があった頃も、遠征軍が出発するまで娼館は潤ってたし、冒険者同士の軽いいざこざ以外は荒事なんてなかった。

 

 「う~ん……。何かが変わるとは、思えないわね」

 

 いや、そう思うのは、私の知識が片寄ってるからか。

 だって私には、女将さんから与えて貰った知識しかないんだもの。

 そんな浮世離(うきよばな)れしてる私じゃあ、これから世界がどうなっていくのかなんてわからないし、想像すらできない。

 でも……。

 

 「いつもと違うってことだけは、わかる」

 

 その違いは明白。

 誰も私を見ようとしない。

 いや、私の存在に気づいてないんじゃ? って思うくらい、見えてないように思える。

 

 「え? ちょ……嘘でしょ?」

 

 娼館の入り口まで戻っても、私の跡をつけてる人が一人もいない。

 女将さんの教育で、視線とか気配に敏感な私が、全く感じ取れないくらいつけられてない。

 

 「おや? どうしたんだい? うかない顔して」

 「い、いやぁ……。それが」

 

 何て言おう。

 正直に、客が釣れませんでした。って言う?

 いやいや、そんなことを言おうものなら、明日の食事を抜きにされかねない。

 じゃあ、いつも通りの台詞を言う?

 これも無し。

 私を指名する客が来なけりゃ、その時点でバレる。

 でも、有り得るの?

 ワンポイントとは言え、普段よりも可憐で素敵になってる私に客がつかないって有り得るの?

 

 「……部屋に行ってな。客なら、待ってりゃあその内来るさ」

 「え? どうして……」

 

 そう思うの?

 もしかして私の表情から、客が釣れてないのを察しちゃった?

 

 「私も、歳のせいか丸くなっちまったねぇ」

 

 と、訳のわからないことを言いながら、女将さんは「さっさと行け」と言わんばかりに、階段を視線で指した。

 まあ、行けと言われれば行くけどさ……。

 

 「どうしろってのよ」

 

 一応、花を棚に放り投げて汗を流し、ドレスは着たけど、胸が締め付けられているように苦しい。

 息苦しい。

 無駄に大声を出したい。

 もしかして私、不安になってる?

 娼婦になって初めて客がつかないって非常事態に、怯えてるの?

 

 「だ、大丈夫よ。だって、女将さんが待ってれば来るって言ったもの」

 

 何の根拠も無しに、女将さんはそんなことを言ったりしない。

 だから、客はきっと来る。

 いえ、絶対に来る。

 と、自分に言い聞かせて待ち続けて、何時間経ったっけ。

 

 「少なくとも、日付は変わったかな」

 

 部屋の調度品の一部である、ゼンマイ仕掛けの柱時計の短針も長針も、ともに12を通り過ぎてる。

 なのに、客が来ない。

 普段ならとっくに2プレイくらい終えて、客と一緒に酒盛りなり談笑なりしてる時間なのに、私の隣には誰もいない。

 

 「でもまあ、たまにはこういうのも……」

 

 悪くない。

 と、自分に言い聞かせるように再度酒を飲み、さらに時間を潰した。

 大丈夫。

 私は他の娼婦と違って借金はないから、儲けはそのまま私の蓄えとなっている。

 だから、部屋代が払える内は追い出されないし、こんなのは今日だけかも知れない。 

 だから大丈夫。

 最悪、娼館を追い出されても、私には自慢の美貌がある。その気にさえなれば、野良で娼婦をやっても食扶持は確保できる。

 できるのに……。

 

 「どうして、不安が拭(ぬぐ)えないの?」

 

 こんな日が続いたら下に降ろされるから? 追い出されるから?

 私はここを失いたくないの?

 だから不安なの?

 

 「物欲は、無いと思ってたんだけどなぁ……」

 

 ここは私の城。

 借り物ではあるけれど、文字通り身体を張って、私が手に入れた唯一の領地。

 それを失うかもしれないのが不安で、怖いんだ。

 

 「あれ? 音が……」

 

 しないことに、ふと気がついた。

 この部屋は防音にも力を入れてるけど、窓の外の喧騒(けんそう)くらいは聴こえる。

 それなのに、今はその音すら聴こえない。

 こんなに静かになるのは夜明け前くらいだってのに、どうして今日はこんなに……。

 

 「え? 明かりまで……」

 

 消えた。

 風も吹いてないのに、油も切れてないのに、ランプの灯りが勝手に消えた。

 心なしか、寒気までしてきたわ。

 

 「何か……いる?」

 

 いや、いない。

 間違いなく、この部屋にいるのは私だけ。なのに何か……誰かがいる気がする。見られてる気がする。

 ちょうど、あの花のあたりから視線を感じる。

 

 「ま、まさか、幽霊って……ヤツ?」

 

 いやいや、落ち着きなさいクラリス。

 幽霊なんていない。

 以前、冒険者の客から「ゴースト系の魔物ってのが本当に厄介でさ~。僧侶がいないとまず勝てないんだわ」とか聞いた覚えがあるけど、それはあくまでゴ(・)ー(・)ス(・)ト(・)系(・)の(・)魔(・)物(・)。

 そう! 魔物!

 だから幽霊じゃない!

 幽霊なんていな……い?

 

 「何? この感じ。触られ……てる?」

 

 と、言うことは、幽霊がいると仮定して。

 幽霊がいると仮定して!

 そいつはまず間違いなく男。

 だって、真っ先に胸に来たもの。

 触られてる感触もないし肉がうねってるわけでもないけど、私の胸の谷間に顔を埋めてる気がする。

 だったら、ここは仕掛けてみるか。

 あくまで、幽霊がいると仮定してね。

 

 「服を脱いだ方がよろしいですか? イエスなら何か音を一回。ノーなら二か……ひっ!」

 

 言い終わる前に、バンッ! と、何かを叩く音が部屋に響いた。

 今のは何?

 他の娼婦と怪談話で暇潰しした時に出てきたラップ音ってヤツ? つまり、今のは私の質問に対する答え。脱げってことね。

 いやいやいや、再度落ち着きなさいクラリス。

 幽霊なんていない。

 オバケなんていない。

 さっきの音はラップ音なんかじゃなくて、隣のイザベラかアーニャの部屋の客が壁でも殴ったのよ。

 うん、そういうことにしとこう。

 でも、脱がないともっと怖い目に……もとい、機嫌をそこねるかも……でもない。

 そう! 暑い!

 酒を飲みすぎて暑くなっちゃったから脱ぐの! けっして、幽霊(仮)に脱げと指示されたからじゃあない!

 

 「う……やっぱり寒い……」

 

 どうして今日はこんなに寒いの?

 今って夏じゃなかったっけ?

 それなのに、なんで窓が凍りついてるの? なんで息が白いの? なんで私は、身体の芯から凍えてるの?

 

 「も、申し訳ありませんお客様。布団をかぶっても、よろしいでしょう……」

 

 か。と、言い終わる前に、またバンッ! と音がした。つまり、イエスってことよね?

 幽霊がいると仮定するとイエスってことよね!

 じゃあ、遠慮な……。

 

 「そう言えば、あの花って誰からなんだろう」

 

 布団を頭から被ろうとしたら、棚に無造作に置かれた花が目の端に映った。

 そしたら、送り主が誰なのかが気になった。

 女将さんはたしか、帰還兵が持ってきたって言ってた。

 その帰還兵って誰?

 その人が送り主?

 いいや、違う気がする。何故だかわからないけど、私の勘が違うと言っている。

 

 「あなたは、死んでしまったのですか?」

 

 誰にともなくそう言うと、音が一回鳴った。

 そっか。

 死んじゃったのか。

 じゃあ、あの花を届けてくれたのは、戦友か何かだったってことね。

 

 「今日、私が客を釣れなかったのも、あなたのせいですか?」

 

 また、音が一回。

 これで、私に客がつかなかった理由もわかったし、不安も払拭(ふっしょく)された。

 少し腹は立つけど、今は安心感の方が大きいわ。

 だからなのか、私は掛け布団を放り投げて……。

 

 「今宵は、あなた様だけの花でございます」

 

 と、天井を見つめながら言っていた。

 

 

 

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 観客席に戻っていると言うことは、今日の話は終わりか。

 実際……。

 

 「如何でしたでしょうか。

 本日お聴かせいたしましたのは、普段の彼女からは想像もできない弱い一面。

 それが露(あらわ)になった、貴重なエピソードでございます」

 

 ポールが締めにかかっている。

 

 「余談でございますが、この日よりしばらく、彼女は世話役の少女が隣にいないと眠れない日々が続きました。

 そうそう、さらに余談ですが、例の花は花瓶にも生けずに放置していたため、数日で枯れてしまいました」

 

 綺麗な花だったのに勿体ない。

 下手な学者よりも詳しいと言っていた女将さんも知らないくらい珍しい花だったのなら、売れば良い金になったのでは?

 

 「ええ、本当に勿体ない。

 勿体無さすぎて、私は飽きれを通り越して絶望したほどです」

 

 ん? ポールはたしか、そこらに生えている雑草呼ばわりしていなかったか?

 名前は忘れてしまったが、インドっぽい名前だった覚え……。

 

 「それでは、本日はここまでにいたしましょう。

 私の話に、ここまで付き合ってくださった皆々様が、最後までお付き合いしてくださることを願いながら、再び皆様とお会いできる時をお待ちしております」

 

 ーーーの疑問を遮るように、ポールは締めくくった。

 戻ったら、花の名をググるなりしてみよう。

 そうすれば、彼女に何が起こっているのかが、少しでもわかるかもしれない。

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