ーーーが劇場を訪れると、ポールがティーカップを片手に中身を
匂いから察するに紅茶だろうか。
「おや、これは失礼。
良い茶葉が手に入ったので、ついついティータイムを堪能してしまいました。
よろしければ、お客様も如何ですか?」
遠慮しておく。
だから、早く続きを聴かせてくれないだろうか。
「お客様は、意外とせっかちでございますね。
ですがまあ、早く聴かせろと言われるのは、語り部にとっては賛辞そのもの。
それでは、早速語るといたしましょう。
本日お聴かせするのは、娼婦にとって貴重な休日。
彼女が悪辣かつ最低の悪趣味を満喫し、悦に
そして、彼女にとって最後の休日となった日の、お話でございます」
ポールが言い終わると、どこからどう見ても教会で教徒相手に教義を説いていそうな神父が照らされた……のは良いが、どうしてだか両手を胸の辺りで組んで泣いている。
感極まった。
と言う表現が、そのままピタリと彼に収まったような泣きっぷりだ。
「ああっ! 私はなんと言う贅沢者でしょう!
私のような下賎な者が、まさかあなた様にお招きいただけるなんて!」
『あ、そういうのは良いので進めてください』
「はい! 主の仰せのままに!」
なんだかいつもと違う。
神父の言った台詞の意味は……まあわかる。わかるが、ここでは無視する。
「私が彼女と初めて会ったのは、彼女が仕事を始めてほどなくの頃でした。
ああ、そうそう。
その頃は、彼女が娼婦だとは知りませんでした。
彼女が娼婦だと知ったのは、彼女の死後。
壁に背を預けて眠った彼女のもとに
さっきまでの態度が嘘のように、神父は両膝を突いて
どう見ても失望……いや、絶望している。
「ああっ! 主よ!
何故、慈悲深く見目麗しい彼女に、あのような過酷な運命を与えたもうたのですか!
彼女の悲惨な死を目の当たりにして、私の信仰は揺らぎました!
何故、彼女を殺した!
何故、彼女を救わなかった!
何故、彼女は幸せになれなかった!
と、彼女の
感情の
と、思いながら彼を冷めた目で見ているーーーは、相当彼女に毒されているらしい。
実際、クラリスが彼を見たら、「うるさい。わめくな」と、見下しながら言いそうだし……と、考えていたら、彼を照らしていたスポットライトが消えた。
と言うことは、ポールが……やっぱり出てきた。
「彼は、子供の頃から信じて疑わなかった信仰が揺らぐほど、彼女の
まあ、無理もないでしょう。
彼女の姿は、美の女神ですら
そんな彼女が自腹を切ってパンを大量に買い付け、群がる身寄りの無い孤児に微笑みながら配る姿を見て、正気を保てる者などおりますまい。
実際、彼女が教会を訪れる日は、信仰している神ではなく彼女に祈りを捧げるために集まった民衆で、教会の前は埋め尽くされていました」
民衆が詰め掛けるほどか。
彼らからすれば、さぞかし施しを授ける彼女の姿は神聖に見えたのだろう。
ただし……。
「そう、彼女の内面を知らない者に限る。で、ございます。
先ほどの神父や民衆、孤児からすれば、週一とは言え身銭を切ってパンを配る彼女は聖母そのもの。
あるいは、信仰の対象。
在り来たりな言い方をすれば、女神でした。
ですがお客様方もご存知の通り、彼女の内面は醜悪そのもの。
ひねくれ過ぎて、5~6周してるのでは? と思ってしまうほど性格が歪んでおりました。
本日の演目は、そんな彼女の休日の一幕。
タイトルはそう……『気分、最っ高!』で、ございます」
ポールが、彼女の真似をしたのかその容姿とは掛け離れたテンションと声音でタイトルを言い終わると、視界がボヤけ始めた。
心なしか、気分も高揚している気がする。
もしかすると、彼女の中に入っていくにつれて、ーーーのテンションも上がっているのかもしれない。
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娼婦の私にだって趣味はある。
この娼館で働く、私の本性を知ってる人間は悪趣味と言って顔をしかめるけど、大多数の愚民からは大絶讚されてるわ。
その趣味とは自腹を切って。
自腹を切って(大事な事なので二回)小汚ない孤児どもにパンを振る舞う高尚で崇高でオマケに神聖…·…だと思ってる趣味よ。
「まだ、あんな悪趣味を続けてたのかい? 金の無駄だからやめなって、何度も言ったろう」
「女将さんには迷惑かけてないでしょう? それに、一応は客引きにもなってるんだから、文句言わないでよ」
「アンタの趣味自体に文句は言わないよ。でもね。アンタはあの店で一番良いパン。それこそ、お祝いで食べるようなパンを大量に買い付けてるじゃないか。代金だって馬鹿にならないはずだよ?」
「だから、何?」
「少しは先のことを考えて、金を温存しなって言ってんのさ」
「あら、おかしな事を言うのね。いつ訪れるかもわからない死より今の生。じゃあなかったの?」
「私ゃあ、アンタがここを出てった時の事を心配してやってんだよ! 金はいくらあっても困りゃあしないんだから、くだらないことに使わずに貯めときな!」
くだらないとは失礼な。
こちとら常日頃から、触れたくもない男どもに好き勝手に体を
しかも女将さんの、長くて
だから、週に一度くらいはパーっと発散したいわけ。そのためなら、金なんて惜しくないわ。
それに……。
「私が出て行くのは当分先よ。今から心配することじゃないわ」
「ったく、相変わらず人の言うことを聞かない小娘だねぇ。後悔したってしらないよ」
「後悔なんてしないわ」
だって私は、毎日を全力で生きてるから。
いつ死んでも良いように、やりたい事を全力でやってる。
まあ、趣味を満喫する前に死んじゃったら、さすがにちょっとばかり後悔するかもしれないけど。
「じゃあ、行ってくるわ。夕飯は適当に食べてくるから、私の分は用意しなくてもいいわ」
「言われなくてもしやしないよ……は、良いんだけど。アンタ、今日は髪を
「あ~……これ? 気になる?」
気になるって言うより、
ちなみに私は、趣味を満喫しに行く時は髪を頭頂部から少し下がったところで
誰が言い出したのかは知らないけど、ポニーテールって呼ばれてる髪型にして出かけるの。
それなのに、どうして今日は櫛をかけただけのロングヘア姿かと言うと……。
「たぶん昨日の客だと思うんだけど、首筋に変な
「……ちょっと見せてみな」
「いや、大した事無いって。普通より少し大きいキスマー……」
「いいから見せな」
「はい……」
ヤバい。
女将さんがマジだ。
マジで怒ってる。
再度ちなみに、女将さんがマジで怒る場合は二つ。
一つは、抱えてる娼婦や娼館そのものに危機が迫った場合。
禿をやってた頃に一度だけあったんだけど、この国の国王の近衛兵(と、本人は言ったらしい)と、当時のNo.1が揉めた。
理由は、プレイ内容が気に入らなかったから金を返せだったかな。
で、その客はこう言った。
曰く、「この娼館を未認可、及び不法入国者保護容疑で取り潰しにしてやる!」ってね。
その言葉を聞いた女将さんは、今と同じような感情を全く感じさせない顔になって、その客をフルボッコにしたわ。
ええ、文字通りフルボッコ。
国王の近衛兵を
そこまででも、女将さんに恐怖するには十分だったんだけど、その後に女将さんが取った行動でさらに恐怖した。
何をしたと思う?
女将さんはあろうことか、国王と通信魔法で連絡を取ったのよ。
そして、「アンタんとこの近衛兵とか抜かす馬鹿がうちにいちゃもんつけてんだけど、○○○ってなぁ、アンタの近衛兵で間違いないかい? ……ああ、そうかい。アンタんとこの馬鹿で間違いないんだね。じゃあ、この落とし前はどうつけるんだい? 私と……いや、あたいと戦争するかい?」って言ったわ。
国王相手によ?
女将さんが、若い頃は娼館を営むよりも怪しい仕事をしてたのは噂レベルで聞いてたけど、まさか国王にタメ口で脅しをかけられる程だとは思ってなかったなぁ。
で、その客は後に近衛兵をクビになって僻地に飛ばされ、それから半年間、娼館には民間人を装った兵士たちが連日連夜訪れて金を落としまくったとさ。
そして二つ目は、娼婦が病気にかかった場合。
この場合は、娼婦にとっては最悪と言って良い。
何故なら女将さんは、娼館を営んでる女主人とは思えないほど博識。それこそ、本職の医者や学者が教えを乞うほどよ。
例えば、娼婦が一人病気にかかったとする。
すると、すかさず女将さんが診察する。
そして伝染性の低い、例えば性病みたいに、特定の行為を行わない限り伝染しない病気ならその娼婦を隔離。からの治療で終わる。
だけど風邪みたいに伝染性が強かったり、娼婦が病気を隠していた場合は話が変わる。
前者の場合は、一定期間娼館を閉鎖して、ここに住まう娼婦から禿、護衛を兼ねた客引きの兄ちゃんに至るまで全て治療に専念させるわ。
もちろん、娼館閉鎖中は収入がないから、娼婦の借金は膨らみ続ける。
そして後者の場合。
この場合は、感染を意図的に広げようと解釈されて、最悪の場合は追放される。
私はどっちに転んでもダメージは低いけど、大多数の娼婦や禿にとっては死活問題。
だから、この娼館に籍を置く者は健康管理を徹底してるわ。
もちろん、私もね。
なのに今回、趣味に興じたいばかりに、私は隠そうとした。
一応弁解するけど、最初は本当に大きめのキスマークだと思ったんだからね?
「……」
「ど、どうなの? 変な病気?」
「少し、黙ってな」
「あ、はい」
ヤバい。
これは完全に、病気を疑われてるわ。
もし、変な病気だったらどうしよう。
追い出されても、贅沢をしなければ十数年くらいは食ってける蓄えはあるけど、あくまで蓄えがあるだけ。
ここ以外で、どう生きていけば良いのかが全くわからない私にとっては、女将さんの「出ていけ」は「死ね」と同義。
だから、この痣が病気の症状でも良いから、せめて「しばらくは休んで、治療に専念しな」って言って。
「これだけハッキリと出てるのに、体温、脈拍、呼吸は問題なし。他にも、異常らしい異常は見られない。アンタが言う通り、少し大きめのキスマークって感じだね」
「じゃ、じゃあ……」
「医者を呼んどく。趣味を満喫したら、真っ直ぐ帰っといで」
「わ、わかりました……」
よし!
セーフ! とりあえずはセーフ!
女将さんが呼ぶような医者は貴族御用達どころか王族御用達の正真正銘の名医で、自分でも見たこと無いような身体の奥の奥まで見られて徹底的に診察された上に、高額の医療費を請求されるだろうけどセーフ!
しかも、趣味は満喫して良いって
「と、言うわけで、今日も場所をお借りします」
「ええ、構いませんよ。あなたの
とは、教会とその前にある広場を管理してるクソ坊主……もとい。神父さまのお言葉よ。
こいつは私を視姦してますと、ニヤニヤしながら堂々と言うクソ神父だけど、私が趣味を満喫するには孤児を集めてるここに来るしかないから仕方なく、視姦されても金は取ってないわ。
まあ、それはともかく……。
「毎回思うのですが、この子たちの食事は……」
「豪華とは言えませんが、三食与えています。ですが、保護しきれていない子も沢山いますので……」
「それで、段々と増えているんですね」
私が孤児にパンを与えて悦に浸る趣味を始めて早二年。週を重ねるごとに1人増え2人増え、今回は50人を軽く超えてるんじゃない? ってくらいの孤児が集まってるわ。
いや、それだけなら問題ない。
問題はそれ以外の観衆。
食うに困ってなさそうなガキから年寄りまで、男どもが私と孤児どもの周りに文字通りの人垣を作ってるわ。
「あの人たちは……」
「皆、あなたの崇高な行いに心を打たれて、見守っているのですよ」
それはない。
絶対にない。
だってドイツもコイツも、やらしい目をして私を見てるじゃない。
中には「邪魔だクソガキ」とか言ってるヤツもいるし、思春期入りたてって感じのガキは股間を押さえてモジモジしてるわ。
「……」
まあ、スケベどもはとりあえず無視しとくとして、相も変わらず「早く食い物をよこせ」と言わんばかりに無言の圧力をかけてくる糞餓鬼どもに……。
「待たせてごめんなさいね。ほら、好きなだけ持ってお行きなさい」
と、我ながら大した演技力だと絶讚している聖母のごとき営業スマイルと、天使すらひれ伏しそうな声音でそう言ったら、餓鬼どもは我先にとパンを奪い合い始めた。
「こらこら、焦らなくてもいっぱいあるから」
と、口では言いつつも、心の中では……。
良いわ。その調子で醜く奪い合いなさい。
ただでさえ醜く汚い見た目で、さらに醜い欲望をさらけ出して見せてちょうだい。
なんて事を思いつつ、幸福感と高揚感を満喫しているわ。
うん、やっぱりこれは最高の趣味であり、至高の息抜きね。
男どもから金を巻き上げ、それを使って餓鬼どもにパンを振る舞い、その光景を見た私は「こうならなくて良かった」とか「美人に生まれて良かった」と悦に浸れる。
誰も損をしない、究極の善行だわ。
「……」
「どうしたの? さあ、あなたも持っていきなさい。遠慮なんてすることないのよ?」
なんだ? この餓鬼。
こんなに汚い見た目じゃあハッキリとはわかんないけど、たぶん女の子よね?
歳は7~8……いや、この子は教会に保護されていない、正真正銘の孤児のはず。
だったら、見た目よりもう少し歳を取ってる可能性がある。
もしかしたら、私のお付きの子と同じくらいかも。
「どうしたら、あなたのようになれるの?」
はて?
変なことを聞く子ね。
アンタがどう足掻いたって、私みたいな超絶美人になるのは不可能よ。
いや、待て待て。
私だって、女将さんに拾われるまではこの子と大差なかった。
と、言うことは、この子も私並みとはいわないまでも、準ずるくらいにはなるかもしれない。
あくまで、この子が女の子ならね。
だからここは、周りの目もあるから少し謙虚に……。
「あなたなら、少し努力すればなれるわ」
と、頭を撫でながら言ってあげたら、何故か周りから歓声が上がった。
え? 何、この歓声は。
訳もわからず巻き起こった歓声に、私どころか質問した子までもビックリしてるんだけど?
神父なんか……。
「あなたほど慈悲深い女性を、私は見たことがない」
とか、これまた訳わかんないことを言いながら、天に祈りを捧げてるし。
でも、悪い気はしない。
だって私の美しさは国宝……いやいや秘宝……いやいやいや神宝レベル。
そんな私が、汚れたりシラミを移されたりするのも気にせずに頭を撫でれば、歓声くらい起こるか。
「今日は、いつにも増して良い休日だったな」
私が何かする度に、観衆どもは手放しで喝采してくれたし、前より増えた餓鬼どもを見て優越感も最高潮。
ホント、人目がなければ「気分、最っ高っ!」って、両手を天に突き上げながら叫びたい気分……だったのに。
「医者を待たせてる。さっさと部屋に行きな」
娼館に戻るなり女将さんに言われた言葉で、私の気分は真っ逆さまに落ちていった。
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「如何でしたでしょうか。
本日お聴かせしたのは、彼女にとって最も充実した休日。そして最後の休日であり、彼女の運命が動き始めた日のお話でございました」
彼女の運命……。
それは、やはり『死』なのだろうか。
女将が呼んだ医者に診察され、その結果不治の病と診断されて、彼女は死を選ぶ。
彼女は、そういう運命なのだろうか。
「
彼女が
この病は少々変わっておりまして、初期症状として現れた痣に羅患者が気づかない。もしくは、気づいても気にしなければ、それ以上悪化することはなく、痣も徐々に消えて行きます。
ですが、気にし続けてしまうと……」
死に至る。
と、言うことだろうか。
確かに変わった病気だ。
まるで、『病は気から』と言う言葉を、そのまま形にしたような気さえする。
「では、本日はここまでに致しましょう。
ここまで、私のくだらない話に付き合ってくださったお客様方が、最後までお付き合いくださると信じて、本日は閉場させていただきます」
そう言って、ポールは劇場の明かりを落とした。
だが、少し気になる。
明かりが落ちる寸前、ポールが微笑んでいたように見えた気がする。
いや、微笑んでいたと言うよりは、何かを我慢していたと言った方が良いのかもしれない。
何かを我慢し、それでも我慢し切れずに零れた感情が、あの微笑みだったのかもしれない。