”処刑された聖女ジャンヌ・ダルクが復活し、竜を使役してフランスを
滅ぼそうとしている”
不吉な噂が流れるオルレアンの地で、藤丸立香とマシュは噂になっている
ジャンヌ・ダルクと出会った。
彼女との会話からもう一人のジャンヌの存在を知った立香は彼女とのと協力を決意する。
しかし、作戦を立てる時間もなく、もう一人のジャンヌが現れる。
「なんてちっぽけな存在なのかしら」
もう一人のジャンヌはジャンヌと立香達を嘲笑う。
その容姿は立香達と行動を共にするジャンヌと瓜二つだったが、
異なる点もあった。
肩までの長さの白髪、金色の瞳、血の気の薄い肌、黒い甲冑
そして何よりも表情が異なっていた。
冷酷さが際立つその表情は、立香の隣に立つジャンヌが絶対にしないであろう
表情であり、2人のジャンヌの印象を完全に別のものにしていた。
例えるなら、もう一人のジャンヌは、ジャンヌ・ダルクの負の側面の具現化
ジャンヌ・オルタと呼ぶべき存在だった。
魔力の状況は、ジャンヌが魔力不足で霊基すら不安定な状態であるのに対し、
ジャンヌ・オルタは聖杯の効果か途方もない魔力を有していた。
2人のジャンヌの戦力差は、魔術を知らない立香にすら明白であった。
圧倒的戦力差に立香は焦燥する。
なんとかこの状況を打破しようと考えを巡らすが、焦るばかりで何も思い浮かばない。
「来なさい―私のサーヴァント!」
戦力差に焦燥する立香を尻目にジャンヌ・オルタが自軍のサーヴァントを呼び出す。
ヴラド、デオン、マルタ、そしてアタランテが呼び出しに応じて現れた。
ただでさえ、圧倒的な戦力差がある状況にサーヴァントまで現れ、立香達は
絶対絶命の状況に追い込まれる。
窮地の立香達にジャンヌ・オルタが攻撃をしようとした瞬間、
「ヴィヴ・ラ・フランス!」
場違いに明るい少女の声が響き、ガラスの馬車に乗ったサーヴァントが駆けつけた。
「早く馬車に乗って!」
馬車に乗っていた和服の少女に促されるままに3人は馬車に乗り、脱出した。
取り残された形となったジャンヌ・オルタだったが、すぐに追っ手を差し向ける。
強力なサーヴァントを何体も召喚していた彼女は、中でも最速の足を持つアタランテに
令呪を使用して立香達の追撃を命じた。
「令呪をもって命ずる―宝具カリュドーンを纏い、逃げた者たちを追え!
あの黒髪の少年を生け捕りにせよ!アーチャー!」
ジャンヌ・オルタの命を受けたアタランテは、宝具を纏い、矢のように駆け出した。
―先ほど見かけた少年の姿は明らかにこの土地からは浮いたものだった。
加えて右手にはマスターの証である令呪があった。
ジャンヌ・オルタにとって少年は明らかに不穏分子だった。
しかし、彼女が知らない情報を握っている可能性もある。
そこで彼女は彼を生け捕り、情報を吐かせることいしたのだ。
馬車の中で立香とサーヴァント達は自己紹介をしあっていた。
馬車に乗っていたのは、マリー・アントワネット、エリザベート・バートリー、
清姫、モーツァルトの4名だった。
自己紹介を終え、一同が馬車の行き先について話そうとした時、モーツァルトの表情が
凍り付く。
「嘘だろ・・・追ってくる足音が聞こえる!」
後方から迫る獣のような足音を聞いたモーツァルトはその姿を視認しようと窓から
後ろを振り返った。半人半獣のアーチャーが走りながら弓に矢をつがえるのが見えた。
次の瞬間、モーツァルトの頬を掠めて黒い矢が飛んでくる。
「マリー、もっと飛ばせ!追いつかれるぞ!」
「これ以上は無理よ!これで限界だわ!きゃっ」
必死で馬車を走らせるマリーだったが、狙いすましたアタランテの次の矢が
馬車の車輪を打ち抜く。車輪を撃ち抜かれた馬車はバランスを失って暴走し、横転する。
横転する馬車から立香が放り出された。
「先輩!」
すかさずマシュが立香に駆け寄る。
他のサーヴァントも立香の救出に向かおうとするが矢の雨に阻まれる。
「―私の後ろに!」
「分かった!」
マシュは立香を庇い、立香もマシュの盾の陰に隠れる。
盾を構えるマシュに矢が1本、風切り音を立てて勢いよく飛んできた。
―この軌道なら防げる
そう思われた瞬間、矢が空中で軌道を変えた。
「くぁっ!」
軌道を変えた矢は的確にマシュの腕を射抜き、マシュは悲鳴を上げて
盾を取り落とす。
「マシュっ!うわぁぁ!」
立香はマシュを支えようとするが、突進してきたアタランテに
弾き飛ばされた。
「ぐあっ!」
弾き飛ばされた立香は木に激突し、意識を失う。
意識を失った立香をアタランテが抱えて去ろうとする。
「この・・・逃げるんじゃないわよ!」
馬車から飛び出したエリザベートがアタランテに槍を振り下ろすが、
軽くいなされて蹴り飛ばされてしまう。
「逃がしません!」
清姫も炎を吐こうとするが、立香を巻き込むまいと一瞬動きが止まる。
その一瞬の隙にアタランテは立香を抱えたまま駆け去っていく。
マリー達が態勢を整える頃には、アタランテは既に視認できないほど
遠くに駆け去ってしまっていた。
「先輩・・・すいません。どうかご無事でいてください。」
立香を攫われ落ち込むマシュに、ジャンヌ達はかけられる言葉がなかった。
少年を連れ去ったアタランテはマスターのジャンヌ・オルタとの合流地点の手前で
1度足を止める。気絶した少年を地面に下し、改めてじっくりと観察した。
黒い短髪に薄いオレンジの肌からはエキゾチックな雰囲気が漂う。
華奢な肉体から、戦士にはとても見えなかった。
掘りが浅く、童顔な顔立ちは幼い印象があり、戦場には不似合いだった。
身にまとった服は魔術が組み込まれており、右手にはマスターの証である
令呪があることから、少年が魔術師であり、サーヴァントを召喚したマスターで
あると推測された。
しかし、その事実が信じられないほど目の前の少年はか弱く、無害な存在に見えた。
魔術を使用した痕跡も肉体からは見られず、魔術師にはとても見えなかった。
視覚だけではなく、嗅覚も用いて少年を分析する。宝具を纏ったアタランテは
通常よりも嗅覚が増し、対象の性質までも嗅ぎ取れるようになる。
少年の体からは血の匂いは感じ取れない。感じ取れる匂いは、陽の当たる野原のような
穏やかな日常の匂いと善良な魂の匂いだった。
これから少年が自分の主にどんな目にあわされるか、想像すると少年が憐れになった。
アタランテはため息をついて少年の髪をなでてから、少年を抱えて合流地点に向かって
足を進める。
「あら、思ったよりも早かったわね。獲物は生きているかしら?」
「ああ。気絶しているが軽傷だ」
合流したジャンヌ・オルタの問いかけにアタランテは短く答え、少年を下ろして
カリュドーンの毛皮を脱ごうとした。アタランテが毛皮を脱ぐ前にジャンヌ・オルタが止める。
「あなたその姿のほうが似合うわよ。そのままでいなさい」
「汝が望むならそうしよう」
―今の所業を考えれば、獣の姿のほうが自分には合っている
自嘲気味に考えたアタランテはジャンヌ・オルタの命令に素直に応じた。
「アジトに戻りますよ。着いてきなさい」
自軍のサーヴァントに呼びかけると、ジャンヌ・オルタは竜の背に乗ってアジトに向かう。