立香が目を覚ますと、固い床の上で転がされていた。
「…ここは?」
意識を失う前に見た最後の光景を思い出す。
もう一人のジャンヌから逃げている時、アーチャーの襲撃を受けてからの記憶がない。
アーチャーの矢でマシュが射られて、自分は体当たりで吹き飛ばされた。そこから記憶が途切れている。するとここは先ほどのアーチャーの住処だろうか?
それともマリー達がアーチャーを撃退してくれて、逃げ切った先だろうか?
様々な可能性を考える立香に声がかけられた。
「目が覚めたようね。小ネズミちゃん」
声の主を確認すると、先刻対峙した、もう1人のジャンヌ・ダルクが玉座に座ってこちらを見下ろしていた。周囲にも人の気配を感じて見回すと、サーヴァントと思しき男女に囲まれていた。
異様に背が高く、奇妙な服装をして目が飛び出た異形の男
ウェーブがかかった薄い金髪に整った髭をたくわえた壮年の男
少女漫画に出てきそうな金髪碧眼の中性的な雰囲気の麗人
煽情的な服装で、半人半獣の野性味あふれる女
腰まで届く艶やかな髪に、十字型の杖を手にした女
ボンデージのような衣装に仮面を纏った銀髪の女
ある者は好奇の目で、ある者は冷ややかな目で立香を見ている。ジャンヌの姿と先ほど自分たちを強襲したアーチャーの姿を見て立香は今の状況を理解した。考えうる限り最悪な状況だ。
もう一人のジャンヌに捕われたのだ。
ジャンヌが玉座から立ち上がり、冷笑を浮かべて近づいてきた。体が恐怖で震えて奥歯がカチカチと鳴りそうになるのをこらえて立香はジャンヌに問いかけた。
「ここはどこだ? マシュは…ジャンヌは無事なのか!?」
返答は腹部への殴打だった。胃袋が裂けそうになる一撃に立香は体をくの字に曲げて悶絶した。
呼吸すらまともにできず涙がこぼれ、胃液がこみあげてくる。辛うじて胃液を吐くのを我慢した。
ようやく息を整えた立香の髪をジャンヌは掴み、無理矢理顔を上げさせる。
「質問をするのはこちらです。 自分の立場を理解しなさい」
ジャンヌの言葉に立香は弱々しく頷くことしかできなかった。
「わかり…ました」
立香の反応に満足したのかジャンヌは立香の髪を離した。
「分かればいいわ。まあ自己紹介ぐらいはしてあげます。私の名はジャンヌ・ダルク。
フランスを滅ぼすために復活した”竜の魔女”よ」
続けてジャンヌは自分のサーヴァントも紹介をした。
異様に背が高く、奇妙な服装をして目が飛び出た異形の男―キャスター ジル・ドレェ
ウェーブがかかった薄い金髪に整った髭をたくわえた壮年の男―ランサー ヴラド三世
少女漫画に出てきそうな金髪碧眼の中性的な雰囲気の麗人―セイバー シュヴァリエ・デオン
煽情的な服装で、半人半獣の野性味あふれる女―アーチャー アタランテ
腰まで届く艶やかな髪に、十字型の杖を手にした女―ライダー マルタ
ボンデージのような衣装に仮面を纏った銀髪の女―アサシン カーミラ
いずれも 古今東西歴史に名の知れた英雄ばかりだ。サーヴァントを紹介したジャンヌは
立香への尋問を始める。
「あなたの名前は何ていうのかしら? 小ネズミちゃん」
「…藤丸‥立香…です…」
「リツカ? 変わった名前ね。どこから何の目的でこの地に来たのかしら?」
ジャンヌの問いかけに立香は一瞬、回答を迷った。正直にカルデアから歴史を修正しに来たと
回答してはジャンヌに殺されることは確実だ。時間稼ぎのためにも誤情報を流したほうが
よいのではないか? しかしすぐにバレるような誤情報では意味がない。
「と、言ってもあなたが嘘を話す可能性もあるわよねぇ。ジル、アレを使うわ。用意して」
「かしこまりました。我が聖女」
逡巡する立香の内心を見透かしたのかジャンヌがジルに何かを用意させる。
ジャンヌが何を用意させたのか? 不安になる立香の前にジルが何かを持ってくる。
ジルが持ってきたもの―それは細い鎖がついた鋼鉄製の首輪だった。小型なためさほど重量はなく、開閉用の鍵がついている。
「そ…それは一体?」
動揺する立香の首にジャンヌが首輪を取り付けた。カチリと音を立てて鍵が閉められる。
ジャンヌは鍵を手のひらで弄びながら、不意に立香に命令をする。
「リツカ、私の足を舐めなさい」
ジャンヌの言葉に反応するかのように首輪が一瞬光り、立香の体が勝手に動き出した。
重力が増したかのように手足が重くなり、無様な四つん這いの姿勢になってしまう。必死に抗うが
ジャンヌの足に顔が近づいていく。口内の自由さえ奪われ、口が勝手に開き、舌が押し出される。
ついに舌先がジャンヌの足に触れた。土と血に汚れた甲冑で覆われたジャンヌの足を舌が這う。
口内に鉄と血と土が入り混じったえぐい味と匂いが広がり、立香はむせかえった。それでも尚、
体はジャンヌの足を舐めようとする。
「やめていいわよ」
ジャンヌの声でようやく体に自由が戻った。顔をジャンヌの足から離し、必死に口内に含んで
しまった異物を吐き出す。ようやく口内の味と匂いが無くなり、一息ついた立香にジャンヌが
何が起こったのか説明する。
「その首輪には私の令呪の魔力が込められているわ。令呪は本来契約したサーヴァントに
使われるものだけど――人間に使用できるようにしたのがその首輪よ」
先ほど立香の体を動かした力の正体は、令呪の魔力だったのだ。令呪の効果や使用方法は
知っていたが、自分が体験するとは思わなかった。しかし、令呪をサーヴァントに使用できる回数は少ない。この首輪の強制力にも回数制限があるのでは?
立香の淡い期待をジャンヌが打ち砕いた。
「ただ、サーヴァントに使う時と違って、人間に使っても令呪の魔力はほとんど減らないわ。
もし魔力が減っても」
ジャンヌは言葉を続けながら首輪に手を当てた。すると首輪が青白く光った。
「こうして補充すれば元通りよ。つまりあなたは――」
ジャンヌは言葉を切ると立香に意地悪く笑いかけて手に持った鍵を見せつけた。次の瞬間、
ジャンヌの手で鍵が燃やされる。高温の炎にさらされて鍵は溶けて形を失い、最後は蒸発した。
「一生私の玩具になったってわけ。お気の毒ね」
とても気の毒に思っているとは思えない口調で、ジャンヌは立香に止めをさした。
「なんだよ…それ…こんなもの外れるだろ…外れろ!外れろよ!」
ジャンヌの言葉に絶望し、焦燥した立香が必死に首輪を外そうとするが、無論、外れはしない。
ジャンヌはしばらく立香の無様なあがきを楽しそうにみていたが、質問を再開することにした。
「さて、もう一度尋ねるわ、リツカ。あなたはどこから何の目的でこの地に来たのかしら?
知っていることを全て話しなさい」
首輪が光り、立香の意に反して口が勝手に動き出す。
「か…カル…で…あ…カルデア…から来ました」
「カルデア? 聞き覚えのない土地ね。どこにあるのかしら?」
その後もジャンヌは尋問を続け、立香からあらゆる情報を搾り取った。立香が遠い未来から
来たこと 未来の歴史で人類が滅び、歴史を修正するために来たこと 他のマスターが再起不能に
なったため、人類最後のマスターとして立香が選ばれたこと 契約した相手はデミサーヴァントの
マシュ・キリエライトであること カルデアから魔力のバックアップを常時受けていること
すべてを話させられた立香は力なく項垂れた。ジャンヌに全て話した今、彼は用済みなはずだ。
せめて苦痛の少ない方法で消されることを祈るしかなかった。目を閉じ、体を震わせる。
死を覚悟した立香にジャンヌが予想外の言葉をかける。
「リツカ、性行為による魔力供給をしたことはあるかしら?」
「…ないです」
立香は少し顔を赤らめて首を横に振って答えた。これまで戦闘でマシュに令呪でバックアップを
したことはあるが、カルデアの魔力供給の仕様上、マシュに魔力供給をしたことはなかった。
魔力供給という言葉についてドクターやダヴィンチの説明がフラッシュバックされる。
『立香くん、君がこれから行く特異点では現地のサーヴァントとの交流があるかもしれない。
彼ら全員と契約できれば理想だが、君の負担を考えると一人が限界だろう。そこで魔力供給だ』
『君にはカルデアからの魔力のバックアップがある。現地のサーヴァントを回復させたり
強化するために魔力供給は有効な手段だ。―その方法だが―異性であれば性行為が最も効率的だ』
カルデアで魔力供給の方法を聞いたときは、驚いて顔を赤らめたが、まさかレイシフト先で捕虜になってその単語を聞くとは思わなかった。
「そう…これからは毎日してもらうわ。せいぜい心の準備をしておくことね」
カルデアの魔力のバックアップの話を聞いた時から、ジャンヌは立香を魔力供給の”食糧”として
役立てようと考えていた。彼女自身は聖杯による無尽蔵とも言える魔力を有していたが、彼女が
召喚したサーヴァント達はそうはいかない。サーヴァント同士だからか、ジャンヌからの供給も
いまいちなため、彼女たちは仕方なく魂喰いで魔力を補わせているが、効率が悪い。立香の存在は
この問題を解決するには打って付けだった。それに加えて、人類最後のマスターを凌辱し、しゃぶり尽くすという行為を想像するとジャンヌは愉悦を感じた。身分の高い司教はあらかた焼き殺してしまった。
ジャンヌにとって立香の存在は新たな娯楽になりそうだった。
「あなたたちは明日から好きなタイミングで魔力供給なさい。ジル、あとは頼むわ」
ジャンヌはそう言い残すと、立香の魔力を味見するため、犬でも散歩させるかのように立香の
首輪の鎖を引き、彼を率いて廊下へと歩いて行った。残されたサーヴァントとジルは今後の戦線の
拡大やドラゴンの補充の計画などについてブリーフィングを始める。