「どうだいい加減、諦めて俺の女になると言え」
「はあはあ、誰が」
シーラの肌は更に白くなり白蝋のような白さになっている。
「ちっ死体を抱く趣味は無いんだがな」
ガイフが根負けしそうに言う。
「そうだ、さっさと荷物をまとめて実家に帰ると言え」
「嫌です」
「お姫様なんだろ、大人しく帰って何不自由ない生活を送れよ」
「帰りません」
「恋人だっていずれお前に相応しい、美形で優しい奴と出会えるって」
「私にはひねくれ者で狡猾で私を見捨てるくらいの人の方が似合ってます」
「おいそれは誰のことを・・・」
「もう目の前で死なれるのはいやなんです」
「言っておくが俺にお前を助ける義理はない。嫁でも何でも無い赤の他人なんだからな」
「他人ですか。そこまで言われると少し傷付きますね。これでも私的には結構距離縮めたつもりだったんだけどな~」
あれだけの拷問をされても根を上げなかったシーラが少し泣きそうな声になっていた。
「泣き落としは通用しないぜ。助けて欲しければ帰ると約束しろ」
「分かりました。どうぞお一人で帰って下さい。後は自力で何とかして見せます」
「その様でどうするってんだよ。水死体一歩手前じゃ無いか」
「他人なんです。あなたには関係ないでしょ」
「たくっ。素直に実家に帰ると言えば楽になれるのに。
まっ俺にお前を助ける義理はない」
俺とシーラは他人。当然家族ではないし、甘い秘め事をして体が繋がったわけでもないし、供に仕事を達成した同僚でもないし、苦難に立ち向かった仲間でも無い。
つまり助ける義理はない。
「が、借りはある。これでチャラだぜ」
此奴はスマイリーを庇って、ここに連れてこられた。
恩には恩を仇には倍返し。
その筋だけは通さないといけない。でなければ復讐に駆られる俺は容易く外道に成り果ててしまう。
俺は誇り高きアルヴァディーレ人なんだ。
「悪いがその女返して貰うぜっ」
「お断りだ」
割り込まれシーラとの会話を盗まれぽかんとしていたガイフだが、俺が間合いを一歩詰めると同時に振り返る動作で裏拳を放ってくる。
やはりきちんと間合いを把握してやがった、手強い。さっきは迂闊に奇襲しなくて正解だったと思いつつ、俺は裏拳をバックステップで躱して仕切り直すことにした。
「そもそも何で返さなくてはならない?」
「聞けば人妻。聞けば同意のない無理矢理の拉致。
返して貰えない理由の方が無いが」
「それがそうした。この世は力、力ある者が欲しいものを手に入れるんだよ」
ガイフは高らかに笑って宣言した。
「その理屈だと、俺が力尽くで奪い返しても恨みはしないんだな」
「やってみろ。俺はヴィアの幹部にしてマスタークラス『鉄血のガイフ』」
「彼奴は俺が引き受ける。その間にシーラを助けてやってくれ」
俺は背後に控えていたセミューに命じる。
「はいよ。でもいいのかい二人掛かりで無くて?」
「一人で十分」
そうで無くてはこの胸の怒りは収まらない。
力があれば何をしてもいいっていう驕った顔、その顔を力で泣き顔にしてやるよ。
「随分と舐めてくれるな。一応名を聞いておこうか?」
「怪盗フォックス。義によってその女返して貰う」
「怪盗フォックス。確か帝都を騒がすコソ泥だっけっか」
ガイフは俺を煽ると同時一気にベットの方に飛び退き脇に置いてあった棍を掴んだ。力任せの脳筋かと思えば、意外と抜け目がない。
「棍か」
確か情報だと得意の獲物はモーニングスターだったはずだ。たまたま用意してなかっただけか、レストがガセを掴まされていたのか。
まあいい、叩き潰してしまえばどうでもいいことだ。
俺はガイフに向かってスタスタと無造作に間合いを詰めていく。
「おらっ潰れろや」
横殴りの一閃、早い。がっ軌道は至極簡単躱すのは造作も無い。
棍を掻い潜ると同時に右手を高速で振り払うと袖口から遠心力で飛び出た長剣がガイフを逆袈裟斬りに一閃。
「うぉ」
ガイフの驚いた顔がよく見える。反応が遅いマスタークラスというのもガセか?
更に踏み込みすれ違いに腹に一閃。
そのまま走り抜け、間合いを取ったところで反転。
臓腑をぶちまける手応えあり、だが振り返った俺が見たのは、肩口と腹が僅かに切れて血が滲んでいる程度で平然と立つガイフだった。
「! おいおい俺の一撃を受けて皮膚が少し切れただけだと」
「ちっこそ泥だと思って油断しちまったぜ。血が出たのは久しぶりだぜ」
ガイフは己から流れる血を指で掬って舐める。
「油断しなければ血すら出ないような言いっぷりだな」
「鉄血鉄化。普段でも俺の皮膚はゴリラ並みにしなやかで強靱だが、瞬間的に鋼鉄と化す事も出来る」
「それがマスタークラスと言われる由縁か?
一体どう鍛えればそうなれるんだよ」
優位に立っている方は口が軽くなるからな。それに苦労した力を身につけた奴は得てして苦労自慢をしたがる。もしかしたら教えて貰えるかもと期待を込めて尋ねた。
知って実践するかは兎も角、知識は大事だ。
「悪いが鍛えたわけではない」
「なんだと」
思っ通り口が軽い、ここは更に滑りやすくなるように乗ってやる。
「昔軍にいた頃に人造勇者計画ってのに選ばれてな。改造手術を受けたんだよ」
「改造手術だと?」
「そうだ、お前達凡人は歯を食いしばって辛い修行をして武術を身につける。がっ俺はその改造手術を受けただけで軽くマスタークラスに成れたぜ」
ガイフは得意げに笑う。
「それの何処が自慢なんだ」
なんなんだ、此奴は。
改造手術をされたんだぞ、化け物にされたんだぞ。
なのになぜ此奴はこんなにも誇らしげなんだ?
「俺は選ばれたんだよ。第四次人造勇者計画。名前はいいが実態は体のいい人体実験よ。俺の他にも受けた奴はいたが、みんな手術に耐えられず死んだ。
俺だけ俺だけが手術に耐え選ばれたんだ。
この選ばれた者の力で俺はやがてヴィラのトップに成る」
なるほど、実験体に選ばれたくらいだ。軍ではいてもいなくても大差ない存在だったんだろう。辛酸を舐めたのかも知れない。悔しかったのかも知れない。
それが、たまたま生き残って、たまたま力を得たから。
はっちゃけてしまった訳か。
なるほど通りで苛つくわけだ。
あれは、俺が辿ったかもしれない道。バカはつくづく単純で羨ましいぜ。
「力に溺れた者の末路は哀れだぜ。心を入れ替えるなら見逃してやってもいいぜ」
「抜かせ。お前こそ見逃してほしくば土下座でもしてみせろ」
ガイフは棍を大上段に構えた。
防御を捨てた攻撃特化の型で本来なら一か八かの技だが、あいつには特殊能力がある。だがそれ故に捨て身の緊張感が迫ってこない。
一言で温い。温さ故に俺に視線を逸らす余裕が生まれ、視線を僅かに逸らせばシーラがセミューに助けられているのが見えた。
後は此奴をどうにかするだけで、帰れる。
「俺は怪盗フォックス。参る」
俺はガイフに向かって突っ込む。
「敵わないと見て特攻か?」
頭上から風切り音が半端ない一撃が来る。
がっそんなもに当たってやる義理はない。特殊能力に奢って武術自体は余り磨いてないようで無駄が多く、緊張感も無いので隙も多い。特殊能力プラス武術の腕もマスタークラスだったら俺は回れ右で逃げていたのにな。
躱すと同時に俺はガイフの腕に絡みつく。
「うおっ」
「皮膚が硬かろうが、関節は変わらねえだろ。でなきゃ、曲がらないもんな」
俺は体重を掛けて一気に肘を折りに行く。
「させるかよ」
ガイフは右手首を左手首で掴み抵抗する。
「がんばるね~」
こうなっては詰みだ。俺に攻撃を加えようと左手を離した瞬間右手は折れる。かといってこのままでは体力を無駄に消耗していくだけ。それはガイフにも分かっているようで必死に打開策を巡らしているのが表情から読める。
「ぬがああーー」
ガイフはいきなり俺を抱えたまま壁に向かって走り出した。
脳筋らしい力尽くの対応だぜ。
勝負は壁にぶつかる寸前。
「甘い」
俺は激突の寸前手を離して飛び出しガイフの顔を一閃する。
「ぐああああああ」
ガイフの左目は引き裂かれ血が溢れ出している。
「なぜだ。当たる直前目は確かに閉じて鉄血鉄化したはず」
そうお前は堅い。
だが俺の相棒はもっと堅い。
俺の指には相棒が挟まっていた。
鋼鉄すら切り裂く刃。
悪いがもう一つの目も貰う。目が見えなくなれば戦いは終わりだ。
俺がガイフに向かって飛び掛かろうと腰を落とした瞬間だった。
腹に衝撃が走った。
「ガハッ」
俺の脇腹からは刃が生えていた。殺気を感じて咄嗟に何とか体を捻って即死だけは避けたが、このままなら失血死だ。油断をしたつもりは無かったんだけどな、勝負に熱くなってついつい意識をセミューから外したのが運の尽きか。
背後のセミューがゆっくりと俺からダガーを引き抜くと、俺を突き倒した。俺に抵抗する力は無く、床にダイブした。
「シチハッ!シチハッ!」
セミューに拘束を解かれていたシーラが俺に駆け寄ってくる。その顔はいつもの澄まし顔で無く、取り乱しているように見える。対称にセミューはマスクを外して、目を押さえるガイフに近寄っていく。
「だらしないわね」
「おっお前、もっと早く助太刀していれば」
どうやらガイフとは素顔を晒せば分かる顔見知りらしい。
「冗談でしょ。普段あれだけ大口叩いといてこのざま。あんたが勝っていれば、私は逃げるだけで良かったのに。下手に加勢して逃げられたら折角マスカレードに潜入できたのにぱあじゃないの」
そうかそういうことか。
裏切った話で無く、セミューは元々ヴィラ側の人間なのか。裏切られたわけじゃ無いのか、俺がマヌケだっただけ。
不良店員を掴ませた店長にクレームを入れて賠償金をふんだくらないとな。いや、本当に店長は知らなかったのか、あの店長がそんなに甘いか?
なら知っていて俺に。何のために? そんなの決まっているスパイの炙り出しか。仮にセミューが動かず俺が成功しても店に損害は無い。店長にとってはノーリスクというわけか。
俺もまだまだ甘かったな。
「シチハしっかり、意識をしっかり持って。こんな所で死んじゃいやです」
シーラはその小さい手で必死に俺の傷口を押さえるが血は溢れてくる。
「ガイフ。私はあなたに屈します、だからだからシチハに手当をっ。死んじゃう、また死んじゃう」
シーラがガイフに提案をする。
シーラにこんなことを言わせる自分が情けない。粋がって乗り込んだところでこの様か。俺はここまでだが、逆に俺という意地の張り手が無くなれば、シーラなら身分を明かすなりして交渉をしてこの危機を乗り越えるだろう。
俺に拘る以外は頭のいい女だからな。
スマイリーも今度こそいい男捕まえろよ。
アゼルとマシェッタ、お前等ヴィザナミ人だが、ホント言うと一緒にいて楽しかったぜ。
ソネーレ、金はもう送ってやれないが強く生きろよ。
最後に怒ったソネーレを顔を浮かべて俺の意識は暗い深い闇に落ちた。