「覚悟を決めたか」
俺はセミューのこちらを見返す目に力が籠もったのを感じた。
覚悟を決めた目だ、来るか。俺は心を落ち着かせ力を整える。ここは地下、怒りのままに力を放出したらあっという間に自分すら焼き尽くす。よしんば己は助かっても、地下はは確実に崩れ落ちて、俺とシーラ仲良く生き埋めだ。
けっベットすら供にしてない女と墓で一緒になってたまるかよ。
俺が呼吸を整え力を収斂させていく中、セミューが動いた。
「ごめんなさい」
セミューはそれは見事に土下座した。
「へっ!?」
「許して下さい」
「命乞いだとぅ!!!」
勝てない逃げられない、でも死にたくない。ならば強者に媚びを売って慈悲を乞うしかない。
分からなくはないが、だったらあの覚悟を決めた目は何だったんだ? プライドを捨てる覚悟?
「違います」
「じゃあなんで土下座をする? 立ち向かって来るなり、逃げるなりしろよ」
言っていて気付いた。時間稼ぎか。
ここまでで120ほど秒経っている。前回は俺の意思と関係なく勝手に元に戻った、俺は無敵だこれで復讐が出来ると喜んでいる内に戻ってしまった。つまり永遠に無敵モードでいられるわけでは無い。この女それを見抜いて時間を稼ぐ気か。
女の意図を察した俺は決着を付けるべく一歩前に踏み出そうとした。
「私を配下にしてください」
踏み出そうとした足が止まった。なんだと?
「私は今までヴィラが一番だと思っていました。しかしあなた様を知った今、如何にくだらないゴミだったのか思い知りました。あなたこそ私が求めていた輝き、どうか私を配下にして下さい。
この体を好きにしても良いです。死ねと言えば死にます。ですからあなた様のお役に立たせて死なせてください」
セミューは地面に頭を擦り付けたまま上げようとしない、このままなら簡単に頭を踏み潰されることを分かっていて、敢えて後頭部を晒し、命を俺に預ける。
許しを請うなら徹底的にセミューは分かっている。中途半端で何かを掴める状況ではないのだ。
「えっえ~と」
対応に戸惑う。挑んでくれば躊躇いなく返り討ちにした。逃げようとすれば狩の如く仕留めてやった。
何かどうでも良くなってきたな、見逃す? それは駄目だこの女は全ての真相を知っている。逃がすわけにはいかない。最低でも監禁はしないと。
めんどくさい、後腐れ無く殺すか。そうだな裏切った女だ容赦はいらない。
「随分と都合がいいな。俺にさんざん舐めた口も効いてくれたし、女に生まれたことを後悔させてやるよ。かといってお前みたいな女を抱きたくもない。あそこからミディアムレアに焼いてやるよ」
やるといったら俺がやることは知っているだろうに、セミューはそれでも逃げようとせず土下座をしたままだった。一度仕えると決めたら、とことん従うか。その姿勢は立派だが、俺は裏切りを許す気はない。
殺すかと一歩踏み出したときに、ふと思い付く。でもよく考えたら元々ヴィラの構成員なんだから俺を裏切ったわけじゃ無いのか。俺が騙されただけのこと。それに此奴ガイフを仲間を見捨てなかった。
・・・。
一度は許すか。
それで裏切られたら、今度こそ生まれたことを後悔するように嬲り殺せばいい。
「気が変わった。一度は許す」
「ありがとうございます」
顔を上げたセミューの顔は歓喜に上気していた。それが命が助かった喜びか、配下に加われた喜びなのか、それは直ぐに分かるだろう。
「仲間にしてもいいが、ここの顧客名簿を持ってこい。それが条件だ」
もしそれが手に入れば、今回のデモ隊を雇うとかレストを雇ったとかの損失を補って余りある利益が得られる。
それどころか名簿に載っている名前次第では帝国の根幹を揺るがせるかも知れない。
「流石に甘くは無いのね、でもそれがいいわ」
セミューは何やらうっとりとした目で俺を見上げてくる。
「それともう一つ。そこに隠れている奴出てこい。出てこなければ敵と見なして壁ごと焼くぞ」
俺が部屋の出口に向かって叫びつつ掌に炎を滾らせた。
「待って待ってっ」
しぶしぶとレオタード姿の少女が一人出てきた。小柄で栗色のおかっぱ頭をしているので幼く見えるが、体は見事に鍛え上げ引き締まっている。気を抜けば、その瞬間に寝首を掻かれそうな危険を感じる。
「全く店長も抜け目が無いな、始末人をこっそり付けるとはな」
「それについては訂正させて下さい。店長は決してあなたを見捨てるつもりは無く、セミューが裏切るなら助けろと命令しました」
「助けてねえじゃん」
見え透いた嘘を、俺が恫喝するまで気配を消して様子を伺っていたくせに。どうせ俺は見捨ててセミューは泳がせる積もりだったんだろ。
「すいません、私の力不足です。セミューを止める間がありませんでした、てへっ」
その一切悪びれることのない態度、むかつく。
「本当に一流は店にいなかったんだな。まあいい。セミュー、俺は彼奴に切り札を見られた始末しろ」
「えっちょっちょっと待って下さい」
この展開は予想してなかったのか少女が慌て出す。
「可哀想だが仕方ない」
「言いません。あなた様も事もセミューのこともお口にチャックします。この体を抱きたいというなら、抱かれます。でっですのでどうか命だけは」
恥も外聞も無いな。正真正銘の命乞いをされるとか気が萎える。
「名は?」
「マルート、セグレートの駆け出しです。てへっ」
計算なのか天然なのか、頭をコツンと叩いて舌を出す。
その仕草悪さをした猫みたいで可愛いから始末が悪い。これがセグレートの女が使う房中術という奴か。
「分かった。お前にもチャンスをやるよ、二重スパイになって俺にマスカレードの情報を流せ。出来るな?」
「はっはい。不肖マルート精一杯勤めさせて貰います」
調子のいい奴だ。別にマスカレードの内部情報なんて欲しくない。ただ単に仲間に引き込んで情報を漏らさないようにしたかっただけだ。
「セミュー此奴の監視もしろ。いいか余計なことをしゃべらすなよ。そして殺すな。殺したらマスカレードに何があったか気付かれるからな」
出来ればマスカレードとは敵対したくない。でないと自分で有能な部下を揃えないといけないじゃないか。
人心を得るための気遣いから始まり裏切り防止策、そして最大の懸念は収入が無くても日々の給料を払わないといけないんだぞ、心労で俺が倒れてしまう。
「分かったわ。それにしても殺すなとは、何てハイリスク。ばれたら私殺されちゃうのに、ああゾクゾクしちゃう」
セミューは己の体を両手で抱いて震える体を押さる。こいつサドと思っていたがマゾなのか?
「まずは、初仕事こなさないと。あなたも手伝いなさい」
「はい。初仕事ですね、マルート頑張ります」
セミューは疾風の如くマルートを引き連れて部屋から出て行った。
うまいこと逃げられたのかどうかは後日分かるだろ。再会時にはヴィラの兵隊を引き連れてくるか、帳簿を持ってくるか。
どっちでもいいか思ったところで俺は元に戻った。
504秒か。今度は最初から数えていた。怪盗として秒を正確に刻む訓練は積んでいるから間違いないだろう。これは決まった数値なのか、力を多く使えば縮むのか、訓練すれば伸ばせるのか、これは今度の調査が必要だが。
でもな~キューブって正式に購入するにはギルドに登録手続きが必要だし、裏市場なら金貨1枚もする。値段も高いが、そもそも数自体も裏にはそんなに出回っていない。大量に欲しければ、それこそ軍の管理庫を襲うしか無い。
ちっ俺もガイフみたいにノーリスク、ノーコストが良かったぜ。
「賭は私の勝ちですね」
「何を言ってるんだこの姫さんは」
俺が元に戻って一呼吸したタイミングでシーラがドヤ顔で話しかけてきた。
さっき俺の姿を見ただろうにいい根性だ。俺ならこんな化け物に自分から関わろうとは思わない。思う奴はこちらを利用しようとする奴くらい。おっと姫さんは俺に惚れたわけで無く、この力が欲しいんだったな。
「私を見捨てればあなたは自由になれたのに。私を愛しているから見捨てられなかったのですね」
「お前、秘密をばらすとかさらっと脅しておいてよく言えるな」
「あら私そんなはしたないことしましたっけ」
小首を傾げるシーラは可愛くて信じてしまいそうだが、俺は騙されない。
「小悪魔が」
「それは可愛いくてしかたがないって枕詞ですね」
「そのままの意味だよ、いい方に深読みするな。
まあいい、悪いがもう一仕事だけ付き合ってくれ。その後なら王宮に帰って休んでいいから」
「あら優しい。では一緒に帰ってお父様に挨拶してくれるのですね」
「しねえよ」
ある意味ガイフ以上の手練れだよ。