月明かりで照らされるヴィラの支部の前では破裂寸前にまでボルテージは高まっていた。
対峙するデモ隊とヴィラの構成員、両陣営が睨み合う中ヴィラ側から一人禿頭の男が前に出てきて、デモ隊の先頭にいるアゼルの前で止まる。
「てめえいい加減にしろや。いざとなったら、臭い飯を食ったっていいんだぜ」
「はっお前にそんな根性あるのかよ。いいぜ、あるならやってみろよ」
禿頭の男がアゼルを睨み付けるが、アゼルも負けじと睨み返す。
睨み合う事数十秒どっちも視線を逸らすことは無かった。
「警告はしたぞ」
禿頭の男は一旦後ろに下がっていく、そして告げる。
「これ以上舐められるわけにはいかない。全員武器を出せ」
「マイドさん、いいんですか」
部下の一人が恐る恐るマイドに確認をする。
「いいんだよ。これ以上舐められたらここで商売出来なくなるぞ」
「分かりました」
デモ隊と睨み合っていたヴィラの構成員達は、それぞれに武器を取り出した。こうなっては暴力で生きる者達躊躇は無いっというか元々人を犯す壊す殺すことには何の抵抗を感じない者達、ただ単に騒ぎを起こして治安隊の介入を恐れていただけ。その枷が今とっぱわれた。今まで我慢していたフラストレーションがいい出汁に成って、ただ殺すだけじゃ無い、いたぶりにいたぶろうとする嗜虐心混じりの殺意が噴き出した。
スラムに暮らすような連中にその殺意を嗅ぎ取れない者はない、デモ隊の中には早くも逃げ出そうとする者達がちらほら出始めた。
「ここが踏ん張りどころか」
「いやいや、踏ん張らない踏ん張らない。引き時ですよ」
不退転の決意を固めるアゼルにいつの間にか近くに寄ってきたレストが耳打ちする。
「まだシチハから何の連絡も無いんだ、退けるかよ」
シチハ達が目的を果たすまでヴィラの兵隊共を引きつけるのがアゼルの役目。ここでアッサリ退いたらシチハ達は逃げ場のない地下で挟み撃ちに合う可能性がある。そんなことアゼルは出来ない。
「僕はその人に退かせるように言われているんですよ」
レストは熱くなったアゼルが激突しそうになったら絶対に退かせろとシチハに厳命されていた。もしアゼルが死んだ日には店長に無能とクレームして返金要求して二度と仕事が出来ないようにしてやると脅されている。
「臨機応変、現場の判断に任せろ」
アゼルは親指を立ててニカッと男も惚れる兄貴の笑みを浮かべる。
「うわっ、それ一番軍師が嫌いな台詞」
アゼルとレストがひそひそ話し合う中、マイドが片手を天に上げた。その手が振り下ろされるとき虐殺が始める。
「やろうど・・・」『そこまでだっ』とマイドの掛け声を塗りつぶす一喝がヴィラの建物の屋上から轟いた。
ヴィラがデモ達が見上げれば、タキシードに銀の狐面が輝くフォックスがいた。
百を超える見上げる視線が突き刺さるようだ。普段目立たずひっそり闇に潜んで生きている俺が衆人観衆の注目を浴びるなんてどんな罰だよ。
だがここで怯んだら終わり。
なりきれ成りきるんだ。俺は正義の怪盗フォックスだ。
「正義を愛する人々よ」
そんな奴この場には誰もいないことは知っている。金に雇われたサクラに暴力に生きる外道共、それでもそう呼びかけなくは成らない。
あくまでこの事件は正義の為に起きたことにしなくてはならない。
「性欲に駆られた悪に攫われた悲劇の人妻は、この私フォックスが救出した」
バサッとマントを翻せば、俺の胸に抱き寄せられるシーラが表れる。怪しい仮面をした男に抱き寄せられる美女のコントラスト、まるで劇場のようだろ、いい演出だろ。
観客よ酔え。
「おおおっ」
「ばばかな、ガイフ様は?」
デモ隊は歓喜をヴィラの構成員達は驚愕の声を上げる。
「私は怪盗フォックス、理不尽に奪われたものを取り返す者。
とうっ」
俺はシーラをお姫様抱っこに抱え直すと屋上から飛び降りた。地上三階建ての建物からシーラを抱き抱えて飛び降りたら、ただじゃ済まない。良くて両足骨折。
だがしかし、俺はふわりとまるで重力ですら俺を捕まえられないとばかりに地面に着地する。
そんな神業を為した俺に周りにいる者達は遠巻きに感嘆の視線を送ってくる。
まっタネを明かせば簡単、単なるワイヤーアクションだ。闇に紛れワイヤーは見えなくなり、先程の演出でワイヤーを使うなどと思わせない。そして着地と同時に俺の両手は塞がっていたが抱き抱えるシーラは自由、俺に注目が集まっている間にシーラにワイヤーを外して貰った。
ふっふ演出は完璧。これぞ怪盗、これぞファントムマスターの真骨頂。
俺は観客が冷静さを取り戻す前に次なる演出を仕掛けていく。コツは心を掴んだら次々と繰り出すこと、決して現実に戻してはいけない。
シーラを抱えたままアゼルの元まで行くと、シーラを優しく降ろす。
「勇気ある青年よ。人妻を託す、亭主の元に返してやってくれ」
ああ言ってて歯茎がうずく。
「ああ」
俺はシーラの腰に手を回し優しくリードしてアゼルに託す。シーラも王族だけあって演技はうまい、神妙な趣をした顔をしていてくれる。
っにしても打ち合わせしただろ、アゼルお前まで演出に呑まれてどうする、お前は演出する方だろ。打ち合わせ通りに格好いい台詞を言えよっ。
「てめえ、その女をどうやって連れてきた。ガイフはどうしたっ」
ちっ演出が途切れた間隙を突いてこの中で一番上らしい禿頭の男が正気に戻った。
「さあな。ただ私は貴様等の正義に従ったまでだ」
これは嘘じゃない。力あるものは何を為てもいい、そう言ったのはお前等だ。
「おまえら此奴を逃がすな。逃がしたら明日からここで商売できなくなるぞ」
男は腰に差していたモーニングスターを構えた。
ん? 同じ禿頭の大男、こいつがもしかしてモーニングスター使いなんじゃ無いのか?
「アゼル、シーラを連れて逃げろ」
俺は小声でアゼルに指示する。
「お前はどうするんだよ」
「ここで足止めをする」
「おい、この人数を一人でか!!」
ざっと三十人、それも武装している。がっそれがどうした、これが例え千人だろうがやらねばならないときには粛々とやるだけだ。
「時間を稼ぐだけだ。俺達の勝利条件はシーラを無事救出することだ。お前だからこそ一番大事なところを託すんだぞ」
こんな役、金で雇った者には託せない。
「それに俺はファントムマスターだぜ、誰が俺を捕まえられる」
「私以外にでしょ」
俺がアゼルだけに聞こえるように囁やけばシーラが小声で補足してくる。
「最初はどうかと思っていたが、お前らいい夫婦だな」
「まあ、嬉しい」
一人納得したようなアゼルの言葉にシーラが満面の笑みを浮かべる。
「ちょっその言葉・・・」
「分かった。お前も無理するなよ」
アゼルは俺の言葉を最後まで聞かずシーラを連れて駆け出した。この場から一刻も早くいなくなることこそ俺へのサポートと理解してくれたようだ。脳筋のようで押さえるところは押さえる、誤解は後で訂正しておこう。
「逃がすか」
追いかけようとするヴィラの男達の前に俺が立ち塞がる。
「悪が逃がさせて貰う」
とはいえ、少々この人数荷が重いかな。大人数相手に翻弄してやるのは得意なんだが、それはあくまで俺に向かってくる場合。誰かを守る戦いは勝手が違う。
吹っ切れた俺に躊躇いはないが、無い袖は振れない。キューブはもう無い。結局は自分で積み重ねてきた技で切り抜けるしか無いという事よ。
っにしても、さっき大ボスを倒したばかりだというのにもう窮地か。
「人生七転八倒、九起に賭けろ。
こいっ」
俺はこれまでの人生で培った技に賭ける。チップを張った俺にヴィラの構成員達が一斉に襲い掛かってくる。全くここでタイマン張ろうという男気溢れる馬鹿はいないのか。
身構える俺。
その俺の前を一閃が走った。
「ぐやっ」
「ぎゃあ」
俺に向かって来ていたヴィラの構成員達は切り倒された。
「おまえ」
そこには牢屋にいた少女がいた。何処で手に入れたのか粗末な剣を持っている。
「ヴァドネーレだ。取り敢えず借りは返す。その上でマスターに相応しいか見定めさせて貰う」
血振りをしてさっと立つ姿が美しい。その無駄の無い姿勢から、実直さが覗える。
「馬鹿がさっさと逃げればいいものを」
「それではシーレに殺されてしまう」
シーレにお前が殺せるわけ無いだろうに、そんなことも分からないのか。まあいい、多少は借りを返して貰うのも悪くない。
「そのシーレはどうした」
「彼女は怪我が酷い。他の部下が安全な場所で匿っている」
そういやあと二人くらいいたんだっけ。
「そうか」
「取り敢えず、雑魚は片付けてやる」
何の気負いも無く軽く言い放つ。
「大将は倒してくれないのか?」
「私も今回の一件で男の嫉妬の怖さを知ったのでな、男を立ててやるよ」
そう言いつつもお前に出来るのかと?挑戦的な笑顔を向けてくる。そんなんだから敵を作るんだな。
「そりゃどうも」
俺が返事をするか早いかヴァドネーレはヴィラの構成員達に突撃していった。その獅子奮迅の強さ男の隊長が嫉妬するのも分かる。
さて雑魚がいなくなり開けた道を禿頭の男が歩いてくる。
「ありがとよ、ガイフを倒してくれて。これでお前を倒せば俺が明日からここのボスだ」
「ガイフに敵わなかったお前が俺に勝てるつもりか?」
「黙れっ。あの変な手品さえ無ければ腕は俺のほうが上なんだよ」
禿頭の男はモーニングスターをぐるぐる旋回させ始める。その風切り音は半端なく、空気を切り裂くと言うより空気を砕いているといった感じ。
確かにガイフより武術の腕は上かも知れない。
まっ無駄にはならなかったか。
「俺の名はマイド、貴様を殺す男の名だっ」
モーニングスターが襲い掛かってくる。遠心力が乗った一撃は強力無比、当たれば一発でミンチ。軌道も多彩で直線旋回と相手を幻惑する。剣や槍に比べれば使いづらいが熟練者が使えば恐ろしい武器となる。
っが、知っていればどうということはない。
俺は躱すと同時に懐から鋼鉄製の網を迫り来るモーニングスターに向かって投げる。対ガイフ用に用意しておいて無駄になったと思っていたが、無駄にならずに済んだぜ。
「なっ」
モーニングスターと網が絡まり旋回運動はあっさりと止まる。そこで慌ててモーニングスターを引き戻そうとしたマイドの力を利用して俺は一気にマイドの懐に潜り込んだ。
「殺すまでも無い。田舎に引っ込んで畑でも耕していろ」
足を払い腰を跳ね上げマイドを地面に叩きつける。
「がふっ」
マイドはあっさりと沈黙した。受け身なんて取らせてない、生きていたとしても頸骨が損傷し後遺症が残るかも知れないが知ったことでは無いな。
これで勝負は決まった。マイドが瞬殺されたことで生まれた恐怖による隙を突いて、俺はくるっとターン全力で走って逃走した。
「不条理あるところフォックスあり、また会おう諸君」
一応それらしいキザな台詞も残しておくのも忘れない。