アーグラは農業都市で帝都ソフィアフォスへ食料を販売することで経済が成り立っている。その為アーグラの街壁から出れば、何処までも畑が広がっている。そんなアーグラ郊外に、森と崖に挟まれた土地があった。細長い土地の入り口にはヴィーヴェレ教のこぢんまりした教会と併設する孤児院があり、そこから先は畑と小さい牧場がある。
俺は崖の上から土地を見下ろすと、畑でヴィーヴァレ教のシスターと子供達が笑いながら畑の雑草を毟っている光景が見えた。子供達は二桁の年にも行かない幼子が多く遊びたい盛りだろうに、嫌な顔せずシスターを手伝っている。いやシスターを手伝うことが嬉しいんだろう。
「おねえちゃん~、こんなに一杯とったよ~」
金髪を両側で結んだ少女が笑顔一杯で舌っ足らずの口調でシスターに雑草を得意気に見せる。
「よく頑張った、フクちゃん偉い」
シスターは可愛くてしょうが無く今にも抱きつきたそうだが、手が汚れているので辛うじて堪えているのが丸わかりだ。だがフクの方は言葉だけじゃ我慢できなかったらしい。
「ずさーーー」
フクはシスターが躊躇して止まった隙を突いてその胸にダイビングした。
「こらっ汚れちゃうでしょ」
シスターも怒ってはいるがまるで迫力無い。そしてそんな二人のじゃれ合いを他の子達も大人しく見ていない。私も私も~とシスターに飛び込んでいく。
「ちょっとちょっと、参った参ったから辞めて」
シスターは子供達に潰され畑に埋もれていく。
「何をやっているんだか」
崖の上から見る光景は幸せそのもの、何処にも不穏は感じられない。
そんな和気藹々とした集団から離れて一人黙々と作業をしている十代半くらいの少年を見つけた。他の年長組は見かけない、狩りにでも行っているのか? まあいい、こちらにとっては都合がいい、俺は懐から鏡を取り出すと少年に向けて光を反射した。少年は顔に光が当てられると直ぐに崖の上俺の方を見上げた。
「よし」
取り敢えず仕事は終わった。俺は崖から離れて行った。
シスター達に見つからないように離れたところから崖を降り、今度は反対側の森の中に入っていく。手つかずの森はうっそうと草木が生い茂り獣道さえ無い中を歩いて行くと、大木のうろを利用して作られた小屋に付いた。どこか子供の秘密基地めいた雰囲気を持つこの小屋の粗末なドアを開けて入っていく。
中は何ならごちゃごちゃとした物も置かれているが、適度に清掃されていて新品の藁も敷かれている。俺の為に部屋を整えた? 彼奴が、まさかな。
「まっ少し休ませて貰うか」
俺は干し肉を囓りながら藁に寝転がった。昨日から馬を飛ばして一睡もしていない、体が鉛のように重くこのまま寝てしまいそうだ。
何かあったら直ぐ起きれるように浅い睡眠を取っていると誰かが近付いてくる気配を感じた。
「ふう~もう少し寝ていたかったな」
俺は起き上がり体に付いた藁をはたくと、大木を切って作った椅子に座った。座って程なくしてドアがノックされた。
「入れ」
「入るぜ」
先程合図した十代半のどこかハスっぽいへらへらした少年フリッゾが入ってきた。赤毛のそばかすで体つきも細い、良くてチンピラぐらいにしか見えない全然強そうで無い此奴こそアーグレにおける俺の唯一の手駒だ。
「随分早く抜け出せたな」
「ああ、森の見回りは俺の仕事だから楽勝だったぜ」
森には時々危険な野獣や魔獣が表れる、それをいち早く発見し報告しなくてはならない森の見回りは重要な仕事だ。それを任されたのか、シスターも此奴の資質を見抜いたか。
「そうか。では、それで俺を呼び出した理由を聞こうか。先程見た感じじゃ差し迫った危険は感じなかったが」
いつぞやみたいに、森に強力な魔獣が紛れ込んだとか盗賊団が孤児院を狙っているのかと思って急いできたが、先程の光景で少し気が抜けた。
「まあ、一刻を争うって状況じゃ無いけど、結構追い詰められてるんだぜ俺達。まあ、シスターは餓鬼共に心配かけたくないって明るくしてんけどな」
「彼奴らしいな」
彼奴は明るいノー天気の馬鹿のようだが、根は頑張り屋でまじめだ。きっとみんなに心配掛けまいと自分で何とかしようと頑張る。
だからこそ信用できない。
だからこそ此奴を手駒にした。
「でどこから話すか。そうだ事の発端だな。少し前だけど領主の息子って奴が孤児院を視察に来たんだ。そのときにシスターを見て気に入ったみたいでさ、妾にしてやるから城に来いって命令したんだ」
「あ~何か言わなくてもその後の行動が見えるようだ」
「そうシスターはきっぱりその場で断った、もう容赦なく婉曲な表現も無し」
はあ~彼奴は自分が美しい花だと言うことを自覚して、少しは大人になって欲しいもんだな。
「そんでよ、馬鹿息子が怒っちまってよ。馬鹿息子がお供の兵士にシスターを連れ去るように命令したけど、シスターがみんなのしちゃったもんで、ますます馬鹿息子は立場無くなって、けっけ痛快だったぜ」
フリッゾが愉快そうに笑うのはいいだが、ほんとにチンピラだな。此奴の柄の悪さ、直してやった方がいいんだろうか。
「それで、今度は何だアーグラ軍が侵攻してくるのか?」
地方都市とは言え、アーグラは食料供給基地として結構潤っている。常備軍千人はいるだろう。
「いや城に帰ったときに領主に怒られたらしいからそれは無い」
そういえばグランドシスターの志に感銘してここの永年借用を認めたのは領主だったか。まっここが崖と森に囲まれて狭くアーグラから遠い余り価値の無い土地だってのもあるが。
「まともな領主で良かったな。じゃあ何で俺を呼んだ?」
そんな笑い話を俺に聞かせるためだったら、こいつシメる。
「そのまともな領主が死んだ。それも急死だ」
一気にきな臭くなったな。
「待ってましたとばかりに、この土地を返却するように通達が来たぜ」
「グランドシスターが前領主に認められて永年借用が認められているんだ、簡単に反故には出来ないはずだが」
「そんな前領主の約束なんて知らないと言われたよ」
「教会に証文があるだろ」
「そんなの偽物だったさ」
千人の暴力を背景に、道理も何もかもねじ曲げていく気か。やりたい放題する気だろうが、千人もいれば今回の行動に不満を覚える者いるだろう。下手すりゃ内紛だぞ。その馬鹿領主に千人をまとめる力があるってのか? あるなら馬鹿でも嘗めてかかれないな。
「それでシスターはどうしたんだ?」
「その証文を盾に裁判を起こすらしい」
「それで領主に勝てるのか?」
証文があろうが真実だろうが力のない者の訴えなど、力のある者の前には蟷螂の斧に過ぎない。この世は力が無くては、何も出来ない何も成し遂げられやしない。
力こそ正義なのだ。
「シスターもそこまで馬鹿じゃ無いよ。ヴィーヴェレ教のアーグレの支部に後ろ盾を頼んだらしい」
「無駄なことを」
「そう。綺麗事を並べてやんわり断られたらしい。有り体に言えば上納金を納めたことも無いような教会なんか助けるメリットがないってさ」
「それでも孤児院はヴィーヴェレ教の名声を高める役には立っていたはず。人気商売だ、孤児院を見捨てたとあれば商売に響くだろ。そんなことは分かっているだろうが、分かっていてまだ領主に逆らうデメリットの方が大きいと計算したか。
今から上納金、いや賄賂を納めるか」
うまくいけばそのぐらいで天秤は傾くかも知れない。資金は当然俺の持ち越しになるが、最近商売が上手くいってないので懐は苦しいが仕方ない。
「あのシスターがそんな気の利いたことするわけ無いだろ」
そんな金があれば子供達においしいものを食べさせようとするだろうな。
「安心しろそういう汚れ役はお前が全てやれ」
「!? ちょっ何処に安心するさ。あんたがやれよ」
俺が指差すとフリッゾは一瞬ぽかんとし直ぐさま反抗してきた。
「俺が表に出るわけにはいかない。その点お前はまだ関係者だ。・・・うん問題ない」
「いやいや、俺みたいな餓鬼がいきなり大金持って行ったら疑われるだろ」
「この孤児院にはパトロンがいるのは知っているな?」
「ああ、俺だって馬鹿じゃ無い畑や牧場、狩りなんかの収入じゃやって行けてないことくらいうすうす感じているよ」
「パトロンが持って行かせたことにすればいい」
「勝手に何処の誰とも知らないパトロンの名前使うのかよ。って名前知らないし」
「名前をハッキリ言う必要は無いというか言ってはまずい。匂わせろ。それだけで相手は勝手に都合良く解釈してくれるさ。
大丈夫お前ならそのくらいの演技は出来る。なんと言っても俺が見込んだんだぞ」
今度の為にも定期的に教会に謎のパトロンとして上納金を献上した方がいいかもな。
く~金が足りない。正義の味方ごっこしている場合じゃないな。
「えっへへ、そうかな」
あのフリッゾが褒められて年相応の少年らしいはにかんだ表情を見せた。意外と可愛い奴だ。
「まっいいけどさ。金は用意できるの?」
「裁判はいつやるんだ?」
「今月末」
「それなら何とかなる」
「何とかなるって、あんた一体帝都で何をやっているんだよ。って聞かない方がいいんだっけ」
そう知らない方が幸せだ。知ってしまったらお前も今日から怪盗フォックスのお仲間入り、裏街道まっしぐらだ。
「取り敢えず俺は街に戻ってもう少し調べる。お前は俺の命令があればいつでも動けるようにしておけよ」
「はいはいっ」
と言いつつフリッゾは片手を出してきた。
「ほらよ」
俺はフリッゾに銀貨を三枚渡した。働きに対する報酬だ。これで報酬はいらないって言うような奴だったら、俺はフリッゾを選ばなかっただろう。
「まいど~」
「頼むぞ」
「なあ?」
「なんだ」
それは不意打ちだった。
「シスターに会ってかないのか」
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「俺は会わない」
ジョンなら兎も角此奴がこんな事言うなんて意外すぎて素に響いてしまった。
「あんたでもそんな顔するんだな」
俺はどんな顔をしてしまったんだ。
「シスターいつも笑っているけど、一人になったときなんか寂しそうな顔を見せるときがあるぜ。今会えば感激のあまり抱かせてくれるかもな」
悪ぶっているが此奴なりに俺の背中を押しているんだろうな。
「お前も分かっているだろ、俺とは出来るだけ関わらない方がいい」
俺が処刑される日が来てもここまで累が及ばないようにしなければならないし、俺に恨みを保っている連中に知られれば人質にされるかも知れない。
俺がこの道に入ったときからソネーレと表で関わることはない。
「分からねえな~、抱けもしない女のために何でそんなに命張れるんだよ」
「なんでだろうな」
俺はそれ以上はフリッゾの相手をすること無く小屋を出て行った。