時間はあるようで無い。俺は視点の違う情報を収集するためアーグラの街に直ぐに戻った。馬を走らせ1時間ほどで城壁が見えてきた。帝都ソフィアフォスの五重の城壁には及ばないが、20mを超す高さは圧巻であり突破するのも一苦労だろう。正門が近付くに連れ俺は馬の足を緩め帽子を深く被る。この街には孤児院を卒業した奴らも働いていたりする、これから俺は何をするか分からないんだ目撃されないに越したことは無い。
別に検問はない。目立たないように馬車がそこそこ行き交うトンネルのような城門に入っていった。薄暗い城門を暫し歩いて抜けると陽光が突き刺さり一気に開放感が広がった。城門の先はロータリーの役目を果たす広場が広がり、真っ直ぐ伸びるメインストリートの先を見れば領主の城が見えた。
ここのロータリーは都市の各地区へと繋がる六本の道が放射状に延びていて、農作物を目的地に素早く運べるようになっている。経済を活性化させるにはいいが、戦時にはこの城門を破られた場合都市の重要施設が一気に制圧されてしまうことになる。
まあ、ここの領主は戦時より平治の経済を取ったのであり、今のところ正解である。大帝国ヴィザナミの治世下ここまで攻めてこれる人類軍は無いだろ。しかし、平治にて乱を忘れずの格言、魔王が復活した暁にはここの領主は思い知るだろうな。
まっ今は関係ない便利さを享受させて貰おう。俺はメインストリートを進み商店街に向かった。程なくして付いた商店街、俺は金を払って馬の繋ぎ場に馬を預けると、歩いて商店街の外れに向かうとアーグラ干物店の看板を掲げる寂れた干物屋が見えてきた。ドアを開けて中に入ると薄暗い店内に中年の店主がカウンターにいるのが見えた。
「いらっしゃいませ」
愛想のいい店主の声が響いてきて、さっと店内を見渡すと俺の他に客はいない。俺は適当に干物を掴むとつかつかと店主に近寄っていく。
「久しぶりだな、マギレウ。状況は知っているな?」
「ああそろそろ来ると思っていたよ。何が知りたい?」
「そうだな」
ここアーグラの裏に蔓延るマフィア「クストーデ」、有益な情報を揃えているだろうが漫然と聞いていたら、嘘は言わないだろうがうまい具合に思考を誘導されてしまい、いいように利用されてしまう。がっ黙り込んでいては話は進まない。
まずはジャブから行くか。
「まずは前領主のことでも教えて貰おうか。その死に疑問は無いのか?」
いきなり物騒な話を店内で始めたが、ここは曇りガラスになっていて外から中は見えにくい上に壁は厚く防音材も仕込まれている、会話はまず外に漏れない。なら下手に店の奥に行く怪しい行動を目撃されるより、ここで堂々と話していれば客と気さくな店主の雑談だと思ってくれる。これはマギレウの受け入りだがな。ひっそりと社会の裏に潜むことを信条としているクストーデの長年の知恵らしい。
「ある日突然体調を崩され、そのまま亡くなられたらしい」
「毒か?」
「一応主治医により検死はされた。毒とかは検出されなかったらしいがな」
「一応ね」
未知の毒を疑っているようだが、お伽噺に聞く古代のカガク文明でも無い限り、正確な死因なんて今の時代特定できない。手段なんかどうでもいい、死んだのか殺されたのか、周りがどう思うかが重要なのだ。そしてマギレウは殺されたと思っている。ここ重要。
「そして長男のバーホが後を継いだ。バーホは強欲で無能だが、本当に無能だからな。多少の我が儘はさせつつ周りの者が政治をすることでなんとかなると思われていた」
「いた?」
「ああ、あの馬鹿に権力を掌握する力など無い。それが先代から使えていた家臣達が次々と急死行方不明になっていき、気がついたときにはバーホが権力を一手に握っていた」
「定番の血みどろの権力闘争か。それに生き残るとは意外と有能だったんじゃ無いか?」
粛正される方だってば馬鹿じゃ無い。最初の一人は兎も角その後は警戒するだろうし、殺られる前に殺ってやると考える者だっているだろう。本当に無能だったら二番目の死体になっているはずだ。
「どうだかな。だが権力を握った背景にはある人物がいるらしい」
なるほどね馬鹿を御輿に上げて権力を握ろうとする野心家且つ有能な奴がいたわけか。
「其奴の正体は?」
「名はプスィッタ。経歴出身は不明、気がついたらバーホの側近になっていた」
「クストーデで調べられないとは、少なくともアーグラの出身じゃ無いのか。どこでバーホはそんな上玉と知り合ったんだ」
「さあな。プスィッタは権力を握ると同時に親衛隊を結成して、権力闘争で敗れた家臣の一族どころか使えていた使用人に至るまで反逆罪で捕らえて城に連行していった」
「犯行の芽は徹底的に摘むか、甘い奴じゃ無いな。
それで連行された者達は処刑されたのか?」
「地下にまとめて連行されたところまでしか確認できていない」
さっさと広場で公開処刑でもすれば手間も掛からないのに、わざわざ手間を掛けて地下に監禁。
慈悲に目覚めということでもなければ、何がある?
「そして権力基盤が固まったらすかさず孤児院に手を出してきたか。とんだ色ボケ領主だな。それでも親衛隊を使って問答無用で拉致しないだけ、まだ統治者としての理性はあるのか」
権力握った無能の末路として暴走し続けて自滅が相場だが、プスィッタって奴がうまく手綱を握っているのか。
「その理性の箍もいつまで持つか分からないがな」
権力の味は麻薬と同じ、徐々に量が増えていき歯止めがきかなくなっていく。
普通地方領主が領民に横暴を働いたところでヴィザナミ中央が動くことはない。だがアーグラはヴィザナミにとって重要都市だけに食糧供給に支障がでた場合その限りではない。話を聞く限りバーホが暴走していくのはどう遠くないだろう。そうなれば領民も反乱を起こし食料生産に支障が生まれ、中央が動く可能性はある。
何もしなくてもバーホが失脚するかも知れないが、その前に孤児院が潰されるとあっては悠長に構えてられない。
孤児院にさえ手を出さなければ俺としては、アーグラのヴィザナミ人が地獄に落とされようが知ったことでは無いんだがな。
「一応聞くが裁判で一発逆転する方法はないのか?」
ヴィザナミでは一応権力の健全化のため領主とは別の家が法を司ることになっている、っま建前だけどな。
「ない。何をしても無駄だ、搾り取られるだけで結果は変わらない」
賄賂は無駄か、当たり前か下手にバーホに睨まれたら命が無いんだからな。そんな気概がある奴はとっくにプスィッタが潰しているか。
なら金以上のものを秤に掛けるしか無いが。
「裁判官に愛する家族はいるか?」
「いるが、お前には無理だ」
「理由は?」
「お前に泣き叫ぶ小娘を陵辱した後手足を切り取って裁判官に送りつけることが出来るのか? 出来ないのなら見透かされて脅しにならんぞ」
「人間追い詰められると何をするか分からないぜ」
俺達がかつて散々やられたことをやり返すだけのこと。俺には権利があるはずだ。
「そもそも、我がクストーデがそんな無法に荷担すると思うか? しようとした瞬間からクストーデは敵に回る」
クストーデは横暴な貴族に対抗することを目的として市民が集まって結成された自警団を起源とするマフィア。自らを正義と謳わないが、外道にも手を出さない。
「その正義感、孤児院を救うためには動いてくれないのかね」
「皮肉を言うな若造。クストーデとて黙って座していたわけでは無い」
「そうか」
つまり貴族の権力闘争時に、自分が支持する貴族に肩入れしていたわけね。それでバーホが未だ生きているところを見ると暗殺は無理か。
だが俺ならと思うのは、思い上がりか。
「孤児院を救う方法は一つだ。今日中に荷物を求めてアーグラから逃げろ。嵐が過ぎ去れば戻ってこれる可能性もある」
「どうかな。裁判に挑もうとしているから見逃されているが、孤児院の者全員が逃げようとしたら、その親衛隊が飛んでくるんじゃないのか」
今日孤児院の様子を見ているときに遠巻きに孤児院を監視する者達がいることに気付いた。俺に気付いた様子も無く、今は調査を優先して事を荒立てたくなかったので放置しておいたが、あの監視を欺いて孤児院の子供達を連れて逃げるのは至難の業だろうな。
ソネーレだけなら余裕なんだが、ソネーレが納得するわけがないし、そんな女ならとっくに見捨てている。
「なら残るは細い糸だが、手繰り寄せてみせるか?」
「参考に聞いておくぜ」
長々と続いたがこれこそが俺にやらせたいことなんだろうな。自分でやろうとしないところを見ると、かなりのハイリスクなんだろうな。
「バーホの血縁には叔父が一人に妹が一人いる。叔父のクラウン殿は軍隊帰りの苦労人で、妹のアーリア様はまだ15と若いが元気溌剌とした方だ。この二人がバーホ以外のアーグラの継承権を持つお方だ」
ここで一旦言葉を切る。
「そしてそのお二人とも現在所在が掴めていない」
「まだ生きていればいいな」
「そこだ。まだ生きていて城の外に連れ出すことが出来れば、生き残った反対勢力を結集してバーホと渡り合える可能性が出てくる」
「クーデターとは大きく出たな」
「そうだ、それ故に失敗しても確実に中央が動く」
「なるほどうまくいけば統治能力無しと判断されて領地没収。クーデターに参加した者達の死は無駄では無かったと、この地で語り継がれる感動の物語の出来上がりか」
いい案のようでいて、そもそもの前提が血縁者がまだ生かされていること。成立する可能性は低い。
「死にたくなければ、お前一人で逃げろ」
「それができりゃあ、最初からこねえよ」
ここでシーラにお願いするという手もある。彼奴にとっても孤児院は俺との賭を成立させる為の大事なコマ。上手く交渉すればシーラも動くが、皇帝でも無いシーラに地方領主を問答無用で罷免する権限は無い。何かしらの口実がいるだろう。
結局まだまだ情報が足りないということだ。
「他に有力な情報はないのか?」
「今のところ無いな」
「なら、城の見取り図と衛兵の服を用意してくれ」
アーグラの城には此奴等の息の掛かった者が何人どころか何代も勤めている。其奴等を使って城内部の見取り図を此奴等は作製している。
問題はその秘蔵の見取り図を俺に見せるかどうかだか。
「地図については紹介状を書こう。それをここを数ブロック行った先にあるアーグラ市民不動産店で見せれば便宜を図ってくれる。流石に貸せはしないから頭に叩き込めよ」
「見せて貰えるだけで御の字よ。で服は?」
「今日の夜までに届けさせよう」
このサービスの良さ、平然と話していたがクストーデも相当追い詰められているな。
「幾らだ」
「無料でいい。その代わり何か情報が手に入ったらこちらにも知らせて欲しい」
「俺を信用していいのかな。まっ好意は貰っておく。そして好意ついでにキューブを用意して欲しい。出来るか?」
「キューブだと、お前魔術師になったのか? 何に使う気だ?」
キューブ一個と魔術師一人いれば、街中で爆破テロなど簡単に起こせる。そして大規模テロこそクーデター以外で中央の目を向けさせるもう一つの手。マギレウが警戒するのは分かる。
尤も俺はそんなまどろっこしいことをする気はない。いざとなったら俺の大事なものに手を出した代償に、バーホには城ごと消し炭になった貰うだけよ。
ただこれをした場合ヴィザナミ中央軍が本気を出す。徹底的に犯人を捜すだろう。孤児院も当然疑われる。最悪取り潰されるし投獄される可能性もある。
所詮殺しなんて下策よ。先を考える者が取るべき手では無い。
「それは見てのお楽しみって事で」
茶化す俺の目を殺す気かと思うほどの殺気を込めて睨んでくる。一般人ならおしっこ漏らほどだが、俺とて修羅場を潜り抜けている。この程度受け流せる。
「ふう~帝都でお前は何をしているんだか。だがお前の目はまだ殺戮に染まってない。分かった、確約は出来ないが努力してみよう。明日手に入れられるか回答する」
「分かった」
キューブは人間でも魔術が使えるようにした画期的な発明、新エネルギーと言っても過言では無い。アルヴァヴィーレでは民間でも医療とか土木で使われていたが、ヴィザナミの治世下においては民間に魔術は無い。ヴィザナミはキューブの流通を完全に国の管理下に置いている。これは魔術という力を独占することで帝国の基盤を盤石にするためとか、テロを恐れてのことだと言われている。おかげで民間でキューブを手に入れようと思ったら、闇ルートから手に入れるしかない。
その闇ルートだが、三つある。一つは軍からの横流し品、これは値段は高いが純度も高く信頼できる。二つ目は他国からの密輸入品、これは他国がヴィザナミに技術で一歩劣ることから少々純度が悪い、が使えないことは無い。そして最後が密造品だ、これは全く信用できない当たり外れが大きすぎる、使えるかどうかは運次第だな。
こんな地方都市に国や貴族に属さない闇魔術師がいるとは思えない、いても一人二人だろう。つまり需要が無い、需要が無い以上供給源もないだろう。倉庫の隅で眠っているかどうかくらいだろう。
クソッこんなことなら一日二日遅れようとも帝都で手に入れてから来るべきだった。いやそれは結果論か。
「但し茶化した代償だ、一つにつき金貨20枚貰うぞ」
「ふっかけたな」
「若造如きに足下見透かされるわけにはいかないからな」
なるほどね。無条件全面協力するほど溺れてちゃいないか。
「それとこれが紹介状だ」
会話の間にマギレウが書いていた紹介状を受け取った。
「じゃこれ」
俺はレジカウンターの上に大銅貨を置いた。
「これはどういうつもりだ?」
「何ってこれの代金だよ。ここは干物屋だろ」
マギレウの間の抜けた顔が見れたことだし、行くか。俺は烏賊の干物を囓りつつ店を出た。
意外と上手いな。