「なんなんだ彼奴は」
典型的貴族服を纏った中年、傍目にはそう見える。なのに彼奴と目が合った瞬間本質を本能が捕らえたのか全身の鳥肌が一瞬で立った。
そして男の正体を掴むとか、アーリアのこととか頭から吹き飛んだ。逃げろと本能が告げ俺は逃げ出した。
くそっ俺が誇りも何もかもかなぐり捨てて脱兎の如く逃げるだけとは無様だ。同時に今まで暗殺が成功しなかった理由も分かった。あんなのがいたらどうにもならい。そもそも彼奴は殺せるか? 俺は彼奴に手裏剣二つを命中させ剣で切りつけた、なのに殺せた気がしない、それどころかダメージすら与えられた気がしない。
「賊だっ」
「逃がすな」
「全員叩き起こせ」
ちっ遠くから衛兵達が叫ぶのが聞こえてくる。なら走るのは辞めた方がいいな、一応衛兵の格好をしているんだ堂々としていた方が怪しまれない。しかしどうやって逃げる。正門は当然封鎖されているだろうし。定番の城の上から堀に飛び込むも肉食魚がいる。切り札を使うか。まさか初日でいきなり使うことになるとは思わなかったな。それには地下に行かないと。
地下へと続く階段の前に来たが、前情報通り衛兵が二人いる。ここにも響いてくる城内の喧噪に衛兵二人が浮き足立っているのが手に取るように分かる。これなら強行突破をするまでも無いか。
俺は小走りに二人に近寄っていく。そして主導権を握るため話しかけられる前に息を切らして話しかける。
「先輩、賊が潜入したそうです」
「そうかそれで城が騒がしいのか」
「それでお前は? あまり見ない顔だな」
想定された質問だな。
「交代です。私は補充として入ったばかりなので、賊の追撃戦では却って足手纏いになると判断されて、ここの見張りをしろと言われました。先輩達ベテランは賊の捕縛に向かって下さい。ここは私が見張っています」
「分かったが、一人で大丈夫か。何なら俺が残っても」
ちっいらぬ親切心を。しかし、疑うより後輩の身の心配をするとは、ここの衛兵は甘すぎるぜ。
「こんな袋小路に誰が逃げ込むというのですか、飾りの見張りなんて一人で十分です」
「それもそうだな」
この先に出口が無いことになっていることを知っている二人は俺の説得に簡単に納得した。いいのか?この先にある物を守るように言われてるんじゃないのか。俺ですら心配になるほどにお人好しだな。
「早くっ急いで、賊が逃げてしまいます」
「わっ分かった」
二人の衛兵は急いで喧噪の方に向かっていく。
「さてと」
俺は壁に立てかけてあった松明を手に取ると、二人の気配が完全に消えたのを確認してから悠々と地下へと続く階段を降りていく。
これで地下の脱出路から逃げられる。
ほっとする。
俺は今ほっとしたのか?
何がほっと出来るんだ?
何の成果を上げた?
クストーデの協力の下やっと城に潜入できたと思ったら変態の変態行為をデバガメしただけじゃないか。それで何の解決に繋がる。城は今日のことで警戒が厳重になり、今日ほど易々と潜入を許さなくなるだろう。それだけじゃ無い、この失態で失望されたらクストーデの協力も得られなくなる可能性がある。
ちきしょうがっ、俺は壁を殴りつけた。
世の中結果なんだよ。過程なんかどうでもいい、結果が無ければ意味が無い。過程が大事とか言っていても、結局最後のオチは結果が出て大成功、目出度し目出度しだ。
今から上に戻るか。
戻ってどうする?
衛兵にでも捕まって最悪の結果を出すか。俺は何だって真っ直ぐ逃げようなんて思ったんだ、地下なんかに来てどうするんだよ。
地下! そう言えばアーリアは地下に叔父が捕まっていると言った。噂でも反対派は地下に連行されている。そして地下の封鎖。絶対に地下には人に見せられない何かがある。せめてそれくらい掴めばクストーデの関心は引き留められるかもしれない。
逃げるなら秘密の抜け道があるこの階で終わりだ。この階より下に降りたら袋小路逃げ場は無い。だが逆に考えれば人に見せたくない物があるのなら、城の衛兵が数に任せて押し寄せてくることは無い。精々腹心数名が追跡してくるくらいだろ。
だったら。
勝算は十分にある。
だが更に逆に考えれば、一人に恐怖して逃げ出したんだぜ。それが数名とはいえ護衛を連れてきたら勝てるのか俺?
生きていてこそ、結果も掴める。最悪一人で頑張ればいいじゃないか。
このフォックス様が恐怖に負けて尻尾を巻いて逃げられるか。人生七転八倒、窮地にて九起を掴む。今が九起を掴むときじゃないのか。
俺は決意を固めた。
俺は最下層部を目指した。別に迷路になっているわけじゃ無い、程なく俺は地下最下部の地下牢に辿り着いた。だが誰もいない。地下牢は空だった。
どういうことだ? 地下に連れ去られたと聞いたからてっきり地下牢に入れられていると思ったんだが。それに隠すくらいだ、人造勇者計画に匹敵するくらいの非人道的なことは最低でもしていると思っていたのに。既に内々で処刑済みで、死体は堀の魚の餌にされた後なのか? だが、それなら隠す必要は無い。
「まさかっ」
これは地下に何かあると思わせ、地下を探ろうと袋小路に自ら入ってくる馬鹿を誘き出すためのトラップ!?
その推理に俺は全身が震え上がった、まずい早く逃げ出さないと。
俺が踵を返そうとしたときだった、何かが引っかかった。
「なんだ」
俺は思考を放棄することを良しとしないが、直感を捨てるのも良しとしない。俺は引かれるがままにその場に立ち止まり、体の緊張を解き全神経を研ぎ澄ました。
松明の炎が僅かに揺れた。
俺は松明を自分を中心に一回転させ尤も揺らめいた廊下の突き当たりに近付くと、壁を松明の炎で撫で回す。
「ここか」
一番の炎が揺れた場所に剣の柄を当ててみる。
コンコン。音が響いていく。間違いないこの裏は空洞になっている。
「スマートじゃ無いが、おりゃ」
俺は壁を思いっきり蹴った。
ガコンと音がして壁が内に開いた。
「隠し扉かよ」
クストーデの情報には無かった。知らなかったのか俺に隠したのか。まあいい、夜な夜なプスィッタが地下に入る理由はここだな。なんだなんだ、お宝でも隠しているのか。
壁を潜って中に入ると、人一人くらいが通れる洞窟が下の方に続いていた。松明の揺らめく炎を頼りに洞窟を十分ほど歩いて行くと洞窟は唐突に広がり、松明の光を向ければ地獄があった。
「あーーーあーーーー」
苦しみの合唱が耳に染みこんでくる。
大教会の礼拝堂並みのドーム状の空間が広がっている。広い地下空洞の床の各所には何らかの規則性を持った半径5m、深さ3mほどの穴が開けられている。その開けられた穴の中に金銀財宝でも詰まっていたらどんなに良かったか、開けられた穴の中には丸肌にされた老若男女が放り込まれていた。そして放り込まれた人々の肌には無数の紫斑が浮かび上がり、苦しみの怨嗟が合唱されていた。
「なっなんだこれは」
ここにいるのはもしかして連れ去られた反対派の人々なのか? だとしても何のためにこんな事をしている。ここまでするほど恨みがあったのか、それとも背筋がキーと擦られる嫌な想像だが、ここまでするほどの娯楽なのか。
「よおそこの兄ちゃん」
当たりを見回っていた俺に声が掛けられた。声の方に松明を向けると洞窟の中央に高級レストランにでも設置されているような、豪華なテーブルクロスが掛けられ燭台が飾られた四人掛けのテーブルが置かれ、二脚用意された椅子の内の一つに中年が鎖で括り付けられていた。
「悪いが俺を助けてくれないか?」
誰だ此奴は?
「悪いがそんな余裕は無い。第一お前を助けると何かいいことあるのか?」
俺は警戒しつつ中年に近付くと鎖を固定している錠前を見る。随分と雑だな、これなら針金一本有れば解錠できる。
「ドライだね~。お前衛兵じゃ無いだろ、帝都の密偵か?」
中年は三十代くらいか。焼いても食えなさそうな顔に顎髭を生やし、ブラウンの髪を総髪にしている。
「残念だったな、俺は帝都の密偵じゃ無い」
「だとしたら随分な物好きだな。ここにゃあお宝は無いが地獄の鬼がいるぜ」
「戯れ言を。それよりもこの悪趣味にどんな意味があるのか教えろ」
俺は鍵穴に針金を差し込みながら尋ねる。
「私のディナールームに対して悪趣味とは許しがたい侮辱ですね」
声と共に洞窟全体が明るく輝きだした。
辺りを見渡せば、空中で浮かぶ光の玉に照らし出されアーリアの部屋で会った貴族趣味の男がいた。
「プスィッタ」
俺が何か言うより先に中年の憎しみが籠もった声が聞こえた。
そうか此奴が噂のプスィッタなのか。
まあ、そうだろうとは思っていたけどな。こんな恐ろしい男が何人もいてたまるか。
それにしても、冷や汗が止まらない。
ここまでの恐怖を感じて俺は勝てるのか? くそっキューブさえ有れば、こんなプレッシャー簡単に跳ね返せるのに。
違う! 何がキューブだ。俺は今までそんな物無くても数々の苦難を乗り越えてきただろ。歯を食いしばって乗り越えてきた自分を信じろ。
逆に考えろ追い詰められたんじゃ無い、護衛すら付けていない今がチャンス。
「逃げろっ。彼奴には勝てない」
逃げてたまるか。
俺は松明を地面に置き剣を抜くと青眼に構え剣先を真っ直ぐプスィッタの眉間に定める。
恐怖を飲み込み剣先に集中する。
剣先にプスィッタを捕らえた。
すぅううううううううううううううう、ゆっくりと息を吸い込みながら体を回しつつ青眼から剣を水平に後ろに回す。
「先程のように逃げないのですか」
プスィッタもレイピアを引き抜いた。
すうーーー、深く深く息を吸い全身に気を廻らしていく。澄み切っていく血液が全身に回った時、爆発させた。
一気に間合いを詰めると同時に体を回して剣を水平に払う。
「そんな見え見えの攻撃」
プスィッタはレイピアを剣に合わせて擦り上げ、払う。払われた勢いのままに、いや払われた勢いすら乗せて俺は体を回して追撃の一撃を振り払う。
「小癪な」
更に勢いを増した斬撃だったがプスィッタはそれでも対応し力尽くで振り払う。その払う力を更に上乗せして飛び上がった。
「なっ!」
「くたばれっ」
俺は斜め上から渾身の一撃を振り下ろす。
今までの攻防でプスィッタは体勢が崩れこれまでのような剣技を繰り出せない。袈裟斬りの一撃をまともにレイピアで受け止める。
「なっ」
驚くプスィッタの顔。
カキッンと金属が断ち切られる音と供に俺の剣はプスィッタの胸に深々と切り込まれていく。このまま両断してやる、と念じたところで手から手応えが消失した。見れば俺の剣も根元から折れている。折れた剣先はプスィッタの胸に深々と刺さったまま。
この技は剣の負荷が大きすぎる、名刀で無ければ成り立たない技だな。普通ならここで一旦引いて様子を見るが、此奴にはこれでも足りない。駄目押しの上に駄目押しを重ねないと。
俺は蹴りをプスィッタの腹に叩き込み頭を下げさせると、折れた剣をプスィッタの顔に突き込んだ。
ぐにゅ。
なんだあり得ない手応えが返ってくる。まるで粘土に突き込んだような。
「高貴たる私の顔に触れただと、調子に乗るな人間如きがっ」
地獄から響く怨嗟の如き声に恐怖し俺は剣を離し後ろに飛んだ。飛んで逃げ切る前に腹に衝撃を受け俺は吹っ飛んだ。
「ガハッ」
投げ捨てられた人形のように地面に跳ね返り転がり、のたうち回った。
「ぐへがは」
胃液をゲーゲー吐き出しつつ生まれたての子馬のようにぷるぷる震えながら立ち上がった。苦しくても立て、寝ていたらそのまま終わってしまう。
何とか起き上がりプスィッタの方を見る。
「己おのれ己」
顔に掌を当てて何やら呟いている。
「報いを与えてやる」
プスィッタは顔を掴んだままにその手を振り払い、そのまま顔の皮が引き剥がれた。
「!?」
そして剥がされた顔の下から巨大な嘴を持つ鳥の顔が表れた。
「キシャーーッ」
嘴を開け俺に向かってブレスを吐き出した。
「避けろっ」
あまりの出来事に棒立ちとなった俺は後ろからタックルを喰らい地面に引き倒された。
「オッサン」
「あれを喰らったら、穴の底で苦しんでいる奴らと同じになるぞ」
「おい、あれは」
「初めて見るか。そこらにいる獣を強くしたような魔獣とは次元が違ぞ。人類の天敵「知恵ある悪意」、魔人だ」
初めて会ったときに感じた恐怖の正体が分かった。
知恵ある悪意の二つ名は伊達じゃ無い、魔獣と違い人に化け人に紛れ悪意を振りまき人を破滅へと導く。その過程で生まれる人の苦しみこそ彼等のご馳走。彼等はその欲望のままに悪意を振りまき人類を破滅寸前まで追い込んだんだ。
「まあお前等一般人は知らないだろうが、魔人による被害は今でも出ているんだぜ。俺も従軍していたときに一度対峙したことがある。あの時は対応が後手後手に回って街一つ滅びた」
「何が言いたい。オッサンの苦労自慢か」
工事現場にもいたな、若者を捕まえてやたら苦労話をするオッサン。どうせなら成功する秘訣でも話せと思ったもんだ。
「な~に、そんなに珍しいことじゃないから落ち着けと言いたかったのさ」
「ふっ、おっさんが経験を語っている所悪いが。俺はチェリーじゃ無いぜ。これでも魔人と会うのは三人目、オッサンより経験豊富だぜ」
「なっ」
尤もこれほどの悪意を放つ奴は初めてだけどな。むしろ彼奴の方が普通の魔人なのかもしれない。だが、オッサンと無駄口聞いて少し頭が冷えた、年の功か。
そして冷えた頭で状況を観察すると、魔族が放った照明弾のおかげで洞窟内が良く見えるように成って分かったが、この洞窟自然に出来たものじゃ無い。壁や天井が自然に出来た洞窟特有のゴツゴツした突起が無い。まるで薬品で溶かされたかのように異様に滑らかになっている。おかげで自然の洞窟にあるような岩影などないから、この洞窟の内の様子は一発で分かる。天上には大勢の人間が入っても窒息しないように換気口が空いていて、出入り口は入ってきたところだけ。天上の換気口から逃げようにも10m以上はある高さに引っかかりの内滑らかな表面、今の手持ちの道具じゃそこからは逃げられない。
「私を前にして無駄口とは、その余裕気に入りませんね」
最悪なことに唯一の出入り口の方に魔人が陣取っている。
「泣いて許しを請えとでも言うのか」
「そうです。私を前にした人間に許される行動は恐怖に怯えることだけです」
唯一の取っ掛かりは此奴とは会話が出来ることか。
「其奴は残念だったな。俺は恐怖に怯えない、俺は恐怖に奮い立つ男だ」
そうだ俺は恐怖に負けない、恐怖に飲み込まれない。恐怖をスパイスに力を奮い立たせる事が出来る男。だから、この恐怖を糧にきっと逆転できる。
恐怖のエネルギーを脳内に注ぎ込み、必死に打開策を模索する。目覚めろ俺の秘めたる力、見せてみろ火事場の馬鹿力。
「おい、俺に提案があるんだが」
オッサンが俺の耳元で囁く。
「なんだよ」
人が考え事しているのに鬱陶しい。
「俺達で魔人に勝てるわけ無い、それは分かるな」
「ならどうしろと。土下座でもするのか?」
「恨みっこ無しだ。俺が左お前が右から回り込んで逃げろ、うまくすりゃ一人は逃げられる」
無難な作戦だ。どちらか一方の逃げられる確率が上がる。だが、俺が確実に助ける作戦じゃ無い。俺が殺されオッサンが助かる可能性だってある、それで意味があるのか? 俺が助けたいのは見も知らずのオッサンじゃ無い。
俺の勝利条件を思い出せ、例え外道になろうともそれ以外は切り捨てそれだけは果たす。
「んっん~ん。なるほどなるほど、ですがその作戦あなたには意味が無いですね」
作戦は筒抜けか耳がいいな魔人は。プスィッタは俺の方を指差して言う。
「なぜだ?」
「私は絶対にあなたを狙うからです。まあ、あなたが命を捨ててでもクラウン殿を助けたいというなら意味があるかもしれませんがね」
早速揺さぶりに来たか。
だがこれは好機だ。知ってるか、人を悪意の穴に落とそうとする者は、逆に自分が突き落とされる可能性が生まれるんだぜ。落とされたくなければ、悪意の穴には近付かないことだ。
「確かに意味は無いな」
「おっおいお前って、まあ名指しされちゃあしょうがねえか」
意外と物わかりがいいオッサンの口調だが、その目は諦めてない。小狡く違う策を見いだそうとしている。その図太さ、嫌いじゃ無いぜ。
「なんといっても俺の目的は既に達成されているのだからな」
俺は自信満々に言い切った。
「どういう意味です。アーリア殿かクラウン殿、どちらかを助け出すのが目的では無いのですか?」
「なんで助ける必要がある。俺は帝国エクソシスト隊、魔を狩るのが目的だぜ」
「私を狩る? 狩られるの間違いじゃ無いですか」
「お前は人間を舐めすぎだ。人間が隊を組むとき既に個は個であらず。目的を達成する為の機能となる」
「それが何か? あなたはここでその機能も果たせず、私の餌になるのですよ」
「密偵はツーマンセルが基本だぜ」
この一言で衝撃を受けたかどうか人間じゃ無い鳥顔なのでいまいち分からないが、言葉に詰まったのは分かる。
「これでも俺はなかなかの密偵でね。その俺が帰らないことイコール魔との遭遇と見なされる。相棒は俺が定時までに帰らない時点で本体を呼ぶ手はずになっている。
かっかっ、殺到してくるぜ魔を狩る精鋭達が、ここをお前の墓地にするがいい」
「なんですと」
これでいい。最悪これで俺がここで死んでも此奴はここから逃げ出すだろう。魔族の後ろ盾を失ったバーホならクストーデで何とかするだろ。
まっこれで最悪俺がいなくなっても、大丈夫だろ。
「この私が人間如きに負けるとでも」
気が抜けかけた俺だったが、そうはうまくいかない。
どいつもこいつも魔人はどうして人間を舐められる。お前等大昔にその人間に負けたんだろうが。
「ああっ、その人間が怖いから隠れてこそこそしてたんだろが」
「別にこれは趣味ですよ。人間を真っ向から殺すなんて簡単なことですが、それでは面白くないんですよ。愚かな人間の野望を影から唆し焚き付ける。そうすることで、私の想像が及ばないような極上の悪意が生まれる。
いやはや、その点に関してだけは人間には敵わないですよ」
ぐっこれじゃあ此奴は逃げない、ここに破滅するまで止まり続ける。
俺は何も果たせずここで嬲られて人生終わるのか?
「そもそも、なんで私は退治されないといけないのですか?」
「なんだと!!!」
「ですから、何の理由で退治されるのですか?」
「これだけのことをしておいて」
「別に法には触れてないでしょう。私は私の主に仕え、仕事を果たしたまでです。主を殺そうとした者達を返り討ちにしたのは忠義。権力争いに敗れた者をどうしようと勝者の権利。人間達が普通にしていることでしょ」
確かに言われてみれば、普通の権力争いだ。ただ魔人が関わっていただけで、普通のことだ。俺だって孤児院が関わらなければ別に気にもしなかっただろう。
「なのに、退魔部隊が動き出した。何処でこうなってしまったのか、後学のために教えて頂けませんかね」
知るか。退魔部隊なんて動いちゃいない、俺のでっち上げ。そこの嘘には見事に食らい付いてくれたが、どうもその後がうまく誘導できない。だが、相手はまだ餌に食いついているんだ、まだチャンスは生きている。
「それを教えて俺に何の得があるんだ?」
兎に角策が何も思い付かなくても、口だけは滑らかに動かし続ける。止まったときが終わりだ。
「拷問して吐かせる手間が省けていいのですが、なるほどそれはあなたにとって得では無いですね。どっちにしろ私はあなたを拷問するつもりですので」
「そこは嘘でも見逃してやると取引を持ちかけるものだぜ」
「なるほど、面白い提案です。
では改めて、見逃してあげますからどうして私の存在がばれたか言いなさい」
人を馬鹿にし過ぎだろ、今の流れで白状しても見逃して貰えるなんて、これっぽっちも思えない。思えないが断ったら終わり、この流れに乗り続けるしか無い。
「お前馬鹿にしているだろ。この状況で誰が吐くんだよ。せめて俺を入り口まで行かせろ」
「いえいえ、依然似たようなときには小便を垂らしながらしゃべった人間がいたもので。あなたは多少スペックが違うようだ」
プスィッタはつかつかと脇に逸れて行き、俺はプスィッタが動いた分だけ入り口に歩いて行く。
「そこまでです。止まりなさい」
入り口まであと数メートルというとことでプスィッタの待ったが掛かった。ここからなら俺が走って逃げても捕まえられると見越してのことだろう。
「さあ、情報を言いなさい。内容によっては逃がしてあげますよ」
嘘だな。しゃべった途端俺を捕まえる気だ。だが、ここでしゃべらなければそれはそれで終わり。
まっここまで持ち込めただけでも自分を褒めてやろうじゃないか。
覚悟を決めてこの茶番を終わらす。
「なら教えてやるぜ。お前の敗因はただ一つ、たかが人間と舐めたことだよ。何が知恵ある悪意だ、お前達に知恵など無い、気取ったところで脳筋なんだよ」
俺が逃げようとするより早くプスィッタが迫ってくる。迫ってくるプスィッタの前に網の如くテーブルクロスが広げられた。
「ぶはっ」
見事にテーブルクロスに突っ込み視界が遮られる。その隙を突いて、穴からオッサンが飛び上がり鎖でプスィッタをぐるぐるにすると同時に松明で火を付けた。
プスィッタが俺との会話に夢中になっている間にオッサンはこっそりとテーブルクロスと松明を持って穴に自ら入って身を潜めていたのだ。必要とあらば、あの病魔の穴に飛び込める剛胆さは見事としか言いようがない。
鎖で巻かれて火を付けられたくらいで魔人が死ぬことは無い、多少時間が稼げるくらいだ。俺はその僅かな時間を無駄にしないべく、おっさんを待つこと無く全力で入り口から逃げ出した。
どっちが助かっても恨みこなし、と言ったのはオッサンだ文句は無いだろ。
兎に角走る、走った、走って、走りきって、気がついたら地下牢に戻っていた。
「はあはあ」
まだだ、ここから一階上に秘密の脱出路がある。
「おい待てよ。少しくらい待ってくれても罰はあたらねえだろ」
歩き出した俺の背後から息も切れ切れのおっさんの声が掛かる。しかし俺は止まらない、ずんずん走る。
それにしても俺に追いつくとは、従軍経験ありは伊達じゃ無いな。
「これはすいませんでしたクラウン殿下」
「うわーすげー敬意の無い台詞。全然足止めないし」
「クラウン殿下の犠牲を無駄にしないためにも絶対に逃げ切る覚悟です」
「俺死んでないし、自己犠牲をする気もないぜ。こうなったら仲良く逃げようぜ」
「おっさんを助ける趣味は無い」
「おまえ全国のおっさんに謝れ。おっさんだって精一杯生きてんだぞ」
俺とおっさんの掛け合いは続くが、「情けは人のためならず」故郷の諺が身に染みるぜ。