アーグラ城の裏手の林にひっそりとある石碑、その石碑が内側から動かされ中から男二人這い出てきた。
「ふう~こんなところに繋がっているとは俺も知らなかったぜ」
領主の一族であるクラウンは感心したように言う。
「気を緩めるな。安心するなら帝都に着いてからにしろ」
しかし運命というコインは何処でひっくり返るか分からないものだな。予想すらしなかった魔族の存在によって窮地に追い込まれたが、今度はその魔族の存在が俺の切り札になる。アーグラは魔族に支配されている、この情報をヴィザナミ中央が知れば、ヴィザナミの大義は人類を魔族から守ること、軍を出して威信に賭けて魔族を排除するだろう。生き残りの領主の血縁を担いでクーデターを起こすよりよっぽど確実だ。
尤も俺が帝都に行ってアーグラが魔人に支配されていると言っても取り合って貰えないどころか、アルヴァディーレ人の俺じゃあ逆に捕まる可能性すらある。そこで成り行きで助けたオッサンが重要になってくる。このオッサンことクラウンは正真正銘貴族、訴えれば確実にヴィザナミ中央は動く。
尤も魔族に乗っ取られた罪でオッサンの家は取り潰しになるかも知れないけどな。其処までは俺の知ったことじゃないし、ノブレスオブリージュ、庶民のため尊き方には犠牲になって貰おう。
「厳しいね~年長者をもう少し労って罰は当たらないぜ」
オッサンは貴族であるのに俺に対して気さくに接してくる。こいつがステレオタイプの貴族だったら何も思わずにすんだんだがな。
切り捨てろ。大事なのはアーグラからバーホが取り除かれて孤児院の安全を確保すること、所詮全ては救えない。
「捕まるよりましだろ、謂わば若者からの愛の鞭だよ」
それに、生きて自由、それだけでもありがたいってもんだ。
「んじゃま、ノブレスオブリージュ、出来損ないの三男坊だが義務は果たしますか。これで家は取り潰されちまうかも知れないが、アーリアと二人どこか田舎でやり直すさ」
馬鹿じゃ無いな、俺が誘導し隠すまでも無く自分の行く末が分かっている。事が終わったあとを見据え、アーリアとの再出発に希望を見いだしている。貴族らしくなく財産より大事なものを知っている。
したたかな奴だよ。
心の重荷が一つ消え、別の重荷がのしかかる。
見いだした希望、アーリアの現状をこの男は知らない。まさかバーホが妹にあんな事をすると思い至らないのは、身内の甘さか。
そして俺は敢えて言いはしない。言ったところで事実はもう変わらない、なのに下手に事実を告げれば未来は望まない方向に行ってしまう可能性がある。悪いが絶望するのも自棄になるのも事が終わってからにして貰う。
「急ごう」
俺は込み上げる苦さを飲み込むように告げた。
俺とクラウンは街へと続く道に出て急ぎ繁華街に向かう。夜中だがマギレウを叩き起こして馬を用意させるつもりだ。俺も昨日からの強行軍に加え城への侵入、プスィッタの戦闘で体力は限界に近い。オッサンだっておどけて見せているが長い監禁生活で体力はかなり落ちている、だが休憩している余裕は無い直ぐさま帝都に向かうつもりだ。
例えこの強行軍途中で落馬でもしてあっけなく死のうとも不滅の闘志で・・・、うん死んだら意味がないな。疲れて変なテンションが入っているぞ。馬は辞め馬車を用意させよう。それなら交代で業者をすれば休める。いやいっそここは大金をはたいて御者ごと雇うか。
などと計画を練っているつもりで、やはりどこか疲労による夢うつつの妄想をしていたようだ。背後からの気配に気付いた時には、もはや隠れる余裕は無く、あっという間に騎兵の一団に追いつかれてしまった。
「けっけ、手柄こんな所にいやがったぜ」
「ああ、褒美でいい酒飲めそうだぜ」
こちらを警戒し徐々に距離を縮めてくる騎兵は五人。騎兵と言ったが、兵士が跨がっているのは馬では無い。そして俺がここまで接近させてしまった理由でもある。
臭い息を吐き散らかす醜悪な犬の顔と真っ赤に染まった目を持つ巨大な黒き犬の魔獣「カーネイジー」。集団で行動し人を見つければ、馬と違い蹄鉄などしていない柔らかな肉球で足音を極力消して駆け寄り、狂ったように涎を垂らしながら襲いかかってくる。多くの旅人や隊商が貪り食われている。
決して馬のように人と共存できるような生き物じゃ無い。なのにカーネイジーに人が跨がり従えている。どんな手品を使ったんだか、機会があったらプスィッタに教えて貰いたいぜ。魔獣を手懐けるノウハウ、うまく使えば金になる。
とは言え、まずはこの危機を脱しないとな。走って逃げるのは無駄だな。
アーグラはアーグラ城が街の中心にあり、その周りを林が囲み、林が切れると平原が広がり下々の者が住む区画との緩衝地帯を設けている。そして今いるのは林を抜けるかどうかの位置。住宅街に逃げ込もうとしても、障害物のない平原地帯に入ったところで人間の足では魔獣の足から逃げる術を失う。なら逆に林に逃げ込むかというと、それは城に逆戻りするのと同義になる。小さい林の中ウロウロ逃げている内に追っ手が次々と沸いてきてジエンドとなるのは明白。
逃げないなら潔く戦うかといえば、手持ちの武器は手裏剣が数本のみ。魔獣相手には決定打に欠ける。戦うならせめて剣が欲しい。
「まずい親衛隊だ」
目まぐるしく打開策を思考する俺はオッサンの漏らした声で思考を現実に戻した。
「親衛隊?」
「ああ、プスィッタが新たに編成した騎士団だ」
「騎士団ね~、山賊団の間違いじゃ無いか」
魔獣も醜悪ならそれに騎乗する兵士も、騎士と言うより山賊といった方が納得するベトベトと欲望滾る面構えだ。
「いい洞察力だ。プスィッタの奴手っ取り早く手駒を増やすために、山賊をスカウトしたんだよ」
オッサンはよっぽど気にくわなかったのか吐き捨てるように言った。
「よく山賊が傘下になったな」
山賊なんぞ人間社会の規律を嫌ったはぐれた者が行くつく果て、そんな奴らが規律を重んじる騎士になるなんて思えないが。
「老後が心配になったんじゃ無いか」
ふむ、プスィッタ、魔獣だけで無く山賊すら手懐けるとは意外とやり手なんだな。
しかし魔獣騎兵とは考えるほどやっかいだな。これが普通の騎兵だったら、騎兵を倒して馬を奪って逃げるという手を使えるんだが、魔獣を俺は乗りこなせない。山賊に出来るんなら怪盗に出来ないことはないと挑戦してもいいが、勝算は薄いだろう。多分魔獣は普通の馬が乗り手に従っているのと違って、プスィッタの命に従って人に従ってやっているというのが正解なんだろうな。あの魔獣が親衛隊の本体と言っても過言じゃ無いだろ。上に乗っている山賊を倒したら枷が外れたばかりに却って凶暴になりそうである。下手をしたら開放されたとばかりに俺達でなく獲物が多い街に向かっていくかもな。
下手なのか? 街は大混乱、混乱の鎮圧に兵を出せば隙が生まれ、脱出できる可能性が上がる。
無辜の市民が多数犠牲になるな。だが知ったことかヴィザナミ人が死ぬなら大歓迎だろ、なあアルヴァヴィーレのシチハさんよ。
それにどのみちプスィッタを放っておけば遅かれ早かれ市民に犠牲者は出る。下手をすれば街が一つ滅びる。ならばこれは必要な犠牲。ヴィザナミの為政者ならまずそう答えを出す。
復讐者としてもヴィザナミの流儀に従っても答えは同じ。
所詮クーデターすら考えていた俺じゃないか。
「おい、一つ確認するが」
俺は親衛隊に上から話しかける。この手の手合いに下手に出るのは悪手。
「なんだ、命乞いか?」
「残念だが、それは聞けねえな~」
「女なら生きてた方が色々と楽しめるが、男なんぞさっさと殺して眠りたいぜ」
「そうか俺は男でも楽しめるがなら~、そっちの若い兄ちゃんならそそるぜ。げらははは」
下品な連中が下品な話題で盛り上がりやがって、その話題が俺のこととあって益々苛つく。
「俺を殺してもいいのか?」
俺は馬鹿笑いしている親衛隊に問いかけという楔を打ち込んだ。
「ああっ?」
「プスィッタに厳命されなかったか、生きて連れてこいと。
俺が確認したかったのは、その命令を覚えているかってことだ」
「おっおい」
先頭にいた一人が振り返ってこの中でリーダーらしき男に問いかける。
「そうだったけな?
寝ているところを叩き起こされたからな。寝ぼけていてよく覚えてねえんだが。
お前はどうだ」
「そう言えば、そんなこと言っていたような」
各各が首を傾げ始める。
最低だな。命令すら覚えていないなんて役に立つのか此奴等? 騎士で無く山賊だとしても役に立たないぞ。尤もこちらは其処につけ込ませて貰うがな。
「ええい、めんどくせええーーーー。いつものように殺しちまえばいいんだよ」
「プスィッタに叱られるぞ」
考えを放棄しようとした親衛隊にぼそっと言葉を滑り込ませる。
「ぐっ」
親衛隊の顔に恐怖が浮かんだ、予想通りプスィッタは部下に徹底して恐怖を刷り込んでいる。まあでなきゃ、山賊なんて部下の手綱は握れまい。
「殺してしまってはもう戻せないんだぞ」
俺の言葉にプスィッタを重ねたのか、親衛隊共の顔は青くなっている。
「おい、殺すのはいつでも出来る。取り敢えず連行しようぜ」
「そっそうだな」
ここまで思惑通りに思考を誘導できると爽快だな。
「おい」
オッサンが困惑顔で俺を見る。
「死ぬよりいいだろ」
俺は両手を挙げて親衛隊の方にゆっくりと歩いて行く。親衛隊も二人ほど魔獣から降りてこちらに向かってくる。そして、間合いが近付いたところで一人が槍を突きつけ、もう一人が背後に回る。
「ほら、座れ」
「はいはい、それにしても凄いな」
「何がだ」
「魔獣を乗りこなすなんて普通の人間に出来ることじゃない。どうやって乗りこなしているんだ?」
「けっけ、コツなんてねえよ。馬と一緒だ」
「そんなことないだろ。俺じゃあ出来ないぜ」
「そうかっ。まあ強いて言えば才能かな。プスィッタさんに選ばれて、乗れと言われて乗ったら乗れたぜ」
なるほど、やはりプスィッタしか分からないと言うことか。
俺に対峙する二人の武装は槍を持ち、剣を腰に差している。まあ安物だろうが、魔獣あいてなら槍は有効だ。
一人が縄を取り出し俺に近寄る。
「おら、手を前に出せ」
此奴等は槍を突きつけ俺が座ったことから警戒が緩んでいるのが手に取るように分かる。俺が座っていても爪先を寝かせず立てていることに気付きもしない。
俺が両手を素直に前に突き出す。
「たくっめんどくせえな~」
縄が俺の手に触れたときがチャンス。此奴の意識が俺の手首に集中した間。その間を盗んで相手の意識の外にするりと潜り込む。
息を吐き体の緊張を解き、その間を見計らう。
間
間
間
っと間を計る俺の目の前で近寄る親衛隊の眉間に矢が刺さった。
「へっ?」
男はドサッと地面に倒れ、俺はその間に紛れて地面を転がった。訳が分からないが、狙撃されるわけにはいかない。
「なに・・・」
狼狽し立ち止まっていた親衛隊の頭にも矢が刺さり倒れる。
どこから?
状況を確認すべく、地面に転がったまま矢が来た方を見れば、シーリが突っ込んでくるのが見えた。
「マスター助けに来ました」
シーリは桜色のブラウスに黒のタイトスカートと町娘風の衣装の上に、天女の羽衣のような布を纏い靡かせている。
俺の前を突っ切り、残った親衛隊三人に突撃していく。
「なっなんだ」
弱者をいたぶることに慣れている山賊上がりの親衛隊は強襲に腰が定まらない。何とか槍だけは構えるが、シーリはその槍の間合いの手前で急停止。その反動か羽衣がまるで鉄の重量を持っているかの如く勢いで親衛隊二人の顔に投げ付けられ、その顔に巻き付く。
「リヴレーア流布縛術、馬上返し」
シーリが腕を返すと、魔獣の上にいた親衛隊二人は天に舞い上がり地面に叩きつけられた。
止まったシーリの両脇からヴァドネーレと赤に近いブラウンをサイドテールに結び、手甲、ブーツそしてナックルで武装した少女ベレッタが飛び出てきて、主を失って一瞬動きが止まったカーネイジーに襲いかかる。
「喰らえっ」
ヴァドネーレは飛び上がって大上段からバスターソードを叩きつけ、カーネイジーの頭がスイカの如く真っ二つに割れた。
「砕けろっ」
ベレッタは雄叫びと共にナックルをカーネイジーの頭に叩き込み、ぐしゃっと頭蓋がはじけ飛び脳漿が辺り一面飛び散った。
「くそっ、がはっ」
踵を返して逃げようとした生き残りの親衛隊の胸を槍が貫いた。
「ふふん、まだまだ腕は鈍ってないな」
見ればオッサンが得意気な顔で投擲後の姿勢を取っていた。この混乱時に倒された兵士の槍を奪ったのは、まあ抜け目ない奴と言えるが、その武器を躊躇わずに手放せるとは考え無しなのか思い切りがいいのか。突撃してきたヴァドネーレ達が味方だと分からないだろうに。
まあこれで後はカーネイジーが三匹。想定外の事で想定していた状況になった、ここからどう状況を誘導するかと俺も槍を拾って立ち上がった。立ち上がって、状況を見れば一匹は輪切り、一匹は肋を砕かれそのまま心臓を握り潰され、一匹は布で捕縛され脳天を矢で貫かれていた。
状況をどうこうしようと介入する間すらなかった。することが無い、取り敢えず俺は兵士の死体から剣を奪っておいた。
「大丈夫ですかマスター」
シーレが駆け寄ってきた。
「お前等こそ、なんでここに?」
そうだそもそも此奴は帝都に置いてきたはず。
「レストの命令だ。絶対に危ないことをやっているからサポートしろだとよ」
ヴァドネーレが俺の危機を救ったとばかりに得意そうに答える。
確かにヴァドネーレ達はレストに一旦預けた。そのレストの命に従ったんなら文句の言い様はない、ないが疑問もある。
「なぜ俺の居場所が分かった」
孤児院のことを知られたくない俺は誰にも行き先を告げてない。レストにも暫く留守にするとしか伝えてない。
まあシーラは分かっているだろうが、シーラと此奴等に接点があるとも思えないが。
「それは私です」
林の方から弓を持った女が近付いてくる。長い銀髪を編み上げ、褐色の肌は引き締まっている。服装は体に密着したレオタードタイプ、防御より動きやすさを重視している。雌豹を連想させる女で確かハンターのティラ。
「獲物の追跡は街であろうが森であろうが得意です」
ティラは足音を殺して俺の目の前までくると、上目遣い覗き込む。
「ゆめゆめ、逃げられると思わないで下さいね、ま・す・た」
まるで新妻のように可愛らしく俺の胸をつんつんしながら言うが、目が笑ってないぞこの女。
確かに今回帝都から馬を使って一直線に来た。気が利いた奴なら簡単に追跡できるだろう。まさか追ってくる奴がいるとは思わず偽装工作をしなかった俺の失点か。
これで孤児院と俺の関係は知られたな。俺の一番の急所を知られた。
「馬鹿な女達だ。これでもう俺はお前達を手放せなくなったぞ」
手放すなら始末する時。
「あら私達はとっくにマスターと地獄まで行くつもりですよ。覚悟がなかったのはマスターだけですよ」
「くっ」
ティラは俺の顎を軽く指でなぞってひらりと離れていく。流石この中では一番の年上、小娘共にはない女の貫禄を感じてしまう。
「怪我はありませんか」
何処に隠れていたのか戦闘には全く参加してなかった長い銀髪をポニーテールにしたヴィオーラが寄ってきた。この少女はヴァドネーレの小隊で衛生兵をしていたらしい。その所為か白い肌は傷跡一つない滑らかさ。愛くるしい表情と声で聞いてくるが、よく捕まったときに真っ先に手込めにされなかったな。
シーレ、ヴァドネーレ、ベレッタ、ティラ、ヴィオーラ。これが俺がヴィアの地下牢から助けた自称押しかけ部下の5人だ。
戦争でもするつもりなら役に立つかも知れないが怪盗仕事には役に立たない。取り敢えず使い道が見つかるまでレストに預けておいたんだが、なぜかここにいる。
察するに体力馬鹿の此方を大人しくさせておくの大変だったんだろうな。厄介払いに近い形で仕事を与えたんだろうな。
まあいい。これをいい機会と捉えて此方が使えるか見定めてやる。
「手当よりも今は一刻も早く街を出るぞ」
「あ~それは無理だな。城門とか封鎖されて兵士達が篝火を焚いているぞ。あれは内部の者を一歩も外に出さないつもりだな。
俺達も宿で休んでいたんだが、兵士達が急に慌ただしく動き出したんで、俺達も絶対にあんたが何かしでかしたと思って急いで動き出したんだ」
ベレッタが少しハスの掛かった口調で言う。
「ちっ」
プスィッタ、なかなか官吏としても有能なんだな。
「おいおい、モテモテだな。オジサンにもその綺麗どころを紹介してくれないか」
「誰です?」
シーレが聞いてくる。
「ただのオッサンだよ。こうなったらマギレウの店に転がり込むか」
邪険にされて少し寂しそうな顔をするクラウン。
街が封鎖されていたのなら魔獣を街で暴れさせる計画は有効な手だった。それをこの自称部下の女共に潰された、本来なら憎々しはずなんだが、そんな気持ちが沸いてくるどころか、どこかほっとしている自分を感じていた。