マギレルの後に付いていくとアーグレ各地から集めた食料を一旦保管しておく倉庫街に来た。帝都の食糧補給の一角を担う巨大な倉庫が整然と建ち並び、盗難防止用に塀で囲まれている。特徴のない同じ倉庫が無数に規則正しく立ち並んでいる為、勝手の知らない者にはどれが目的の倉庫が見分けが付くものじゃないが、逆に規則正しい為番地が分かれば簡単に目的地に付けるらしい。城を失ってもここが無事ならアーグレは再建できる、ある意味アーグレ城よりもアーグレにとって重要な区画である。
俺達は篝火で浮かび上がる巨大な倉庫の影に圧迫されながらも、迷うことなく進んでいくマギレルに付いていく。いつもなら五月蠅いくらいに巡回している警備員に会うこともなくある倉庫の前まで連れてこられた。
「さあ、殿下この中です」
倉庫の重苦しい巨大な扉を開いて中に入ると、そこには積み重ねられた食料でなく武装した者達がざっと50人ほどいた。
彼等は剣や槍それぞれの得意な獲物を携帯しつつ、5~6人づつ集まっては木箱をテーブル代わりに飯を食いつつ談笑している。どの顔も意気揚々としてどこか使命感を秘めている。
「どうです殿下、集められるだけの戦力を集めました。50名ほどとはいえ、今城には兵はほとんどいません、十分勝算はあります。今こそバーホを討ち取る絶好の好機」
そうかマギレウは当初の予定を繰り上げてクーデターを決行する気だな。まあクラウンの救出、城のガラ空き、好材料が揃いすぎて血気に流行るのもいかしかたなし。むしろ好機を捕らえてこれだけの手勢を揃えるのは流石といったところか。
普通ならこれで7割くらいの勝算はあるんじゃないか、あくまで普通ならだが。
「マギレウ」
「なんだ」
これからクラウンをその気にさせようって所で水を差されてイラッときたのか、言葉に険が籠もっている。
「少し別室で話をしたいんだが」
「今忙しいんだ、後にしてくれ」
遊んでと付きまとう子供を追い払うように言われた。
ムカッとくるが堪えろ。マギレウとしてはここでクラウンを兵に紹介して一気に士気を上げる積もりなのだろうが、そうなってはもう止められない。何も知らないまま地獄に行進することになってしまう。クラウンを紹介する前に止めようと再度俺が口を開く前にクラウンが先に口を開いた。
「いや、俺からもお願いする」
「分かりました。しかし時間はそんなにないですぞ」
マギレルはクラウンの提案は無碍に出来ないのか、何かを感じ取ったのか渋々といった感じで了承した。
マギレウに連れられて倉庫に併設してある事務所に集まった。中央にテーブルが置いてあるだけの打ち合わせ用の部屋で八人も集まれば狭く感じてしまう。密閉された空間に女が半分以上を占めていれば甘い匂いのする桃源郷になるとか現場のオッサン共がよく下世話な話で盛り上がっていたがるが、別に甘い匂いなどせず戦闘後だけに汗臭い。
オッサンになれば、こんな匂いでも甘く感じるようになるかも知れないが、今の俺には臭いだけだ、かといって話の内容上窓は開けられないのが辛いところだ。これから話す内容は下手に伝わればパニックを起こす危険がある。
「それで話とは」
それぞれが席に着くとマギレルはクラウンに向けて口を開いた。
「辞めておけ。あそこにいる全員で城に攻めても無駄だ、返り討ちに遭うだけだ」
「聞き捨てなりませんな。皆街を思う勇士達、人数で勝れば遅れを取るとは思えません」
「まあ聞け。バーホが連れてきた宰相、あれな魔族だわ」
「えっ」
あまりに意外なことだったのかマギレウはクストーデの幹部に相応しくない間の抜けた顔を晒した。
「バーホの奴何処であんな奴を引っかけたのか、それともつけ込まれたのか。どちらにしろ今までバーホが暗殺されなかった理由がこれで分かっただろ」
「殿下、冗談では・・・」
「冗談じゃない」
「しかし魔族とは言え、50人で掛かれば」
マギレウは脂汗を流しながらも辛うじて抗弁して見せた。
確かに通常街の外で徘徊している魔族なら数を集めるかマスタークラスを投入することで大抵は退治できている。彼がそう思うのも可笑しくはない。
どう説得したものかとクラウンは数瞬考えた後口を開いた。
「お前なら騎士団長を知っているだろ」
「はい、アーグラの至宝と呼ばれる、剣技を極めたマスタークラス。そうです、騎士団長と何とか連絡を取れば。彼は政治的に中立の立場を取りましたが、宰相が魔族と知れば力を貸してくれます」
そう言えばいたな。地方都市とは言え、騎士団長とも成ればそういった逸材が就いていることがある。
俺では彼奴の本気を引き出す事は出来なかった。そこを逆手にとって此方を侮っている隙を突いて逃げ出しただけだ。だがマスタークラスなら彼奴がナイトクラスの上位だとしても魔族に対抗できる。最悪倒せなくても時間が稼いでくれれば、その隙に俺がバーホを暗殺することもできる。俺が策を模索し始めるとクラウンは次の言葉を吐く。
「それは不可能だ。騎士団長と副騎士団長、アーグラの二枚看板と言われたマスタークラスとその弟子の二人だったが勝てなかった。それも騙し討ちとかじゃないんだぜ、真正面から挑んで負けたんだ。
ありゃ、バロン級かも知れないぞ」
「バロンですと!!」
「マスタークラス二人掛かりで底が探れなかった。倒すなら魔道部隊とマスタークラスのチームがいるな」
まじかよ。
魔王大戦後、公式記録では人類が交戦した魔族はバロン級までしかない。その為、魔王大戦でヴィスコンテ級以上は全て勇者に討伐されたと言われている。そのバロン級ですら、記録では交戦時に軍が出動することで討伐できたとある。バロン級以上はもはや個人レベルで対応できない軍レベルの驚異なのだ。
もしクラウンの見立てが正しければ、プスィッタはその気になればアーグラなど一夜にして廃墟に出来る。アーグラがまだ廃墟になっていないのは、プスィッタが悪の宰相ごっとをして遊んでいるからに過ぎなくなる。
アーグラはプスィッタのおもちゃ箱、おもちゃは人間、弄ばれ飽きたら捨てられる。
「それが本当なら、どうあがいても倒せないではないですか」
半刻前まではあんなに意気揚々だったマギレウが肩を落としてがっくりと項垂れた。
説得するなら落ち込んでいる今が好機だな。
「絶望するのはまだ早いぞ」
「バロン級相手に何が出来ると」
「お前の目的は何だ?」
「ん」
「魔族を倒した栄誉が欲しいわけじゃないんだろ」
「当たり前だ」
「なら、任せればいいだろ」
「誰に魔族退治を任せるというのだっ!
そこらの魔獣程度だったら傭兵や冒険者に頼めるが、バロン級なんだぞ」
帝国において、傭兵は登録制で隊商などの護衛に雇われる者達で宮使いが出来ない連中だが、質的には帝国正規兵と互角ぐらいである。
冒険者は登録でも何でもなく、彼等の自称である。自称故に彼等は別に国の庇護を受けることなどなく、勝手にチームを組んで勝手に魔王大戦前のカガク文明の遺跡を漁っていたりする。
俺も昔冒険者チームを組んで遺跡を漁りに行ったことがある。その時に見つけたのが相棒さ。冒険者は食い詰めた者達が一発逆転を賭けて成るもので、碌でなしの集まりで間違いない。ほとんどの者は冒険の果てに朽ち果てるか、俺のように一発当てて起業したりして足を洗う。
だが極希に冒険という未知に取り付かれ長年続けている者達もいる。彼等こそ真の冒険者で、そのチームはナイトクラスの上位でも渡り合えると言われている。そんな奴らならバロン級でも何とかなるかも知れないが、当然そんな奴がアーグラの田舎に都合よくいるわけがない。
「帝国正規軍に出張ってもらえばいい。折角納税してそれ専門の奴らを養っているんだ、任せりゃいいんだよ。
まあお前等の成り立ちから政府に頼るのは嫌だろうが、今はそんなことを言っているときじゃないだろ」
「どうやって軍を動かすというんだ?」
確かに普通一般の民衆が中央軍に訴えたところで追い払われるだけだ。皇帝直轄の中央軍はそのトップである皇帝の命がなければ動かない。ならその皇帝を動かすにはどうするかと言えば、コネのある貴族にお願いするか死刑覚悟で直訴するしかない。
だが今回は切り札がある。
「クラウン殿下を帝都まで無事送り届けだけでいい。後はクラウン殿下が何とかしてくれるだろ」
地方領主、それも帝国の食糧事情の一角を担う地域の領主の一族となれば、皇帝に直接会えなくても用件は取り次いで貰えるだろ。
「確かに中央軍が動けばバロン級とはいえ退治出来る」
流石力こそ正義のヴィザナミ、その威光は地方にまで行き届いているようで、マギレルも中央軍がバロン級を倒せることを疑いはしない。この信頼がある限り帝国の屋台骨が揺らぐことはないだろう。
「っで相談だが、裏からこの街を取り仕切るクストーデだ、街から出る抜け道を知らないか?」
出来れば秘密裏に抜け出して秘密裏に帝都に着きたい。城壁を強行突破して波のように次々と襲いかかってくる追撃を振り切っての逃走劇は、出来ればご免したい。
「密輸部門が昔使っていたかも知れないが、私は知らない。そうだな、街の存亡に関わることだボスに相談してくる。
少し待ってもらえますか、クラウン殿下」
「なるべく急いでくれよ」
「はい」
マギレウは希望が見えたからかいそいそと事務所から出て行った。
「ふう~、これで一息付けるな。
ん?」
俺の横にどこか驚愕しているヴァドネーレがいた。
「まさか、この街の存亡に関わることになるとはな。しかもバロン級まで出てくる始末。確かにレストが言ったようにお前には何かあるのかもしれないな」
「俺はただのこそ泥だよ」
「今は、まだな」
「変な含みを持たせるな。
それよりも俺は少し疲れた。ヴァドネーレ少し任せていいか」
どう転ぼうが、これからまた体力勝負がやってくる。なら今のうちに少し休息を取っておくが合理的だろ。
「いいぜ」
「少し肌寒いな。なあ添い寝してくれるとよく休めると思うだが」
「オッサンとでも抱き合ってろっ」
「喜んで抱かれてやるって言ったのに」
「黙れっ」
「怒った顔もそそられるぜ」
「黙れ」
声が据わってきた、ここらが辞めた方が賢明だな。
「はいはいと」
ヴァドネーレの怒った顔を肴に俺はそのまま瞼を閉じた。