「っく待ちなさい」
レーネが慌てて俺を追いかけ出すが、甘い甘い、単純に追いかけてフォックス様を捕まえられると思うなよ。俺を捕まえたければ、大部隊を用意して先読みに先読みを重ねて罠を張るんだな、あの女みたいに。
俺を追いかけてくるのはレーネを含めて6人ほど。相手も中々鍛えている、単純に真っ直ぐ走っているだけじゃ流石に振り切れそうもない。何か仕掛けがいる。
俺は倉庫区近辺の地図を思い浮かべる。アーグラには孤児院のトラブル関係でちょこちょこ帰ってきている。その為、この街で盗みをする予定は無いが怪盗の嗜みとして主要部分の地図は頭に入れてある。
地図を浮かべ、策を模索しつつ、走っていると、はあ、はあ、はっ、はっ。
呼吸が変わった。空気を切り裂き突き進む内に疲れで重かった体も徐々に重さが抜けていき羽毛のように軽く感じてくる。このまま空でも飛び上がれそうな絶好調。
まっ別に覚醒したわけでも何でも無く、単なるランナーズハイって奴だ。ランナーズハイが抜けた揺り戻しで体が鉛のように重くなる前に仕掛けるか。
俺は真っ直ぐ進めばゲートへと続く道を左に折れた。
「いい加減諦めなさい」
「待ちやがれっ」
「今止まれば、殴らないでやるぞ」
怒声をバックミュージックに軽快に疾走していく俺の目の前に倉庫街を囲む塀が見えてきた。ここでT字路を更に曲がって出口を目指してもいいが、俺はギアをトップにあげると同時に俺は腰に下げた剣き抜いた。
「あっ観念して勝負する気になったか」
「お嬢の下着を見た野郎を生かしておけるかっ」
「反転して斬りかかってくるかも知れません注意して」
一人完璧な嫉妬混じりの私怨の奴がいないか。
「はいはい、うるさいなっっと」
俺は振りかぶって剣を投げた。
投擲された剣は放物線を描き見事狙い通り塀の手前の地面に突き刺さった。
「よっしゃー」
喝采と共に俺は突き刺さった剣に向かって跳躍した。
トンと剣の柄に降り立つと同時に屈み込み、バネを溜めて更に跳躍。
鳥人の如く飛び上がった俺は塀の上僅か一歩手前への放物線を描く。
「馬鹿が、とどかねえでやんの」
失礼な、計算通りだ。俺ですらギリギリ届く位置に剣を配置したんだよ、でないと簡単に同じ方法で追撃されてしまう。先行者は常にパクリされないように一工夫するもんだ。
俺は腕を伸ばした。
塀の上に掌は届かない。
だが指の先は塀の上、第二関節まで届く。
上出来、上等。鍛えに鍛えたピンチ力でぐっと起点を生み出すと同時に背筋に力を込めた。足は上に揃って持ち上がり、体は一直線に伸び上がる。
自画自賛美しいフォームで塀の上倒立一回転を決めた。
くるっと回って、そのまま塀の下に膝のバネを効かせて着地。
どうよ、この華麗なる怪盗フォックス様の妙技。今頃塀の向こうでは俺の華麗さに心奪われ呆然と立ち尽くしていることだろう。孫の代までの語り草にするがいい。そう思って高笑いを上げようとした俺の視線の先に影が映った。
嫌な予感と共に振り返れば、塀を跳び越えてくるレーネが見えた。
「んなっ!!!!」
「天誅!」
「パンツ見えてるぞ」
「死ねっ」
頭上からの長刀の一閃を地面に転がって躱す。転がるがままに起き上がり、そのまま再び走り出す。
「男らしく勝負なさい」
レーネは長刀を振り上げ追いかけてくる。
そうか此奴には長刀があったか、長刀を使って棒高跳びの要領で越えてきたか。
「いやなこった」
さっきの塀を跳び越えるので剣は使ってしまって残された武器は暗器のたぐいのみ。真正面から長刀とやりあうのは厳しい。加えて塀を跳び越えてきたことからレーネの基礎能力は高いとみる。ここで振り切れなかった以上、どこかで勝負をする必要があるが、一工夫は欲しいところだな。
俺はどこかでこんな予感をしていたのであろう、第二プラントとして用意しておいた倉庫区の傍を流れる水路に向かった。
「こんな夜更けに男のケツを追い回すなんて慎みは無いのか?」
「あら、私ほど慎み深い美少女はいないわよ。ちゃんと、連れ帰って父さんに会わせるから」
「そいつはご免だな」
減らず口を叩いている内に篝火を反射して揺らめく水面が見えてきた。なんとか追いつかれること無く水路まで辿り着けたようだ。俺は右手側が土手になるように水路岸に飛び降りた。
「水路に飛び込んで逃げる気っ。残念だけど私は泳げるわよ」
「そうかい。今度は濡れて透けたブラジャーを披露してくれるのかな、サービス満点だな。お前もしかして俺のことが好きなのか?」
「世迷い言を」
レーネは顔を真っ赤にし鬼の形相で追撃してくる。その気迫に押し出されるように俺は慌てて走り出す。
まじめな娘をからかいすぎたか?
走って走って、水路に架かる橋の下を通って抜けると、俺はワンステップで反転した。
「! 奇襲が何度も通用すると思うな」
レーネも走る速度を落とすこと無く長刀を構えようとして、目を見開いた。
レーネの視線が上、右と彷徨う。
今頃気付いても遅い。上は橋、右手は土手が邪魔して長刀なんて長ものは構えられないだろ。視線を彷徨わせている間に俺は間合いを詰めていく。
「狡猾なっ」
「策略と呼べよ」
迷って突きの構えを取ったレーネの間合いに入り込む。
「はっ」
レーネが突きを繰り出す。
走る勢いの乗ったいい突きだ。但しそれは攻撃の自由度があって初めて生きる。突きしか来ないと分かっていれば、それは約束組手に等しくそれこそ光速の突きでもなければ、対処もまた予め決めておいた動作で出来る。
迫り来る刀身の付け根を下から蹴り上げた。
「きゃっ」
長刀は見事に跳ね上がった。
俺が突きを躱して間合いを詰めてくると予想していたレーネは、経験不足を露呈する。 あっさりと長刀を持ったままレーネは丁度万歳をした格好と成り、正面がガラ空きになる。更には走り出した少女は急には止まれない、無防備のままに俺に飛び込んできてくれる。
「貰った」
俺は熱烈な少女に答えるべく、蹴り上げた反動を生かして踵をレーネの脳天に向かって振り下ろした。
流石才能はある、考えていたら躱せないタイミングだった。故に覚悟を決め思考が一瞬真っ白になったことで、レーネは考えるより早く感じて首を捻って脳天への直撃だけは辛うじて躱した。代わりにその細い肩に踵が叩き込まれ、柔らかい肌にめり込む。
「ぐっ」
長刀が地面に落ちレーネの眉が八の字に歪み眉間に皺が寄る。
この感触、最低でも鎖骨にヒビ、うまくいけば折ることが出来たな。それでも脳天に決まって終わっと思っていた俺としては最低限の結果、レーネにしてみれば上出来の結果だろ。
「まだまだ。足の一本貰いますわ」
レーネもお嬢様の割には根性はある。歯を食いしばって痛みに耐え、肩に食い込んだ足を掴み取ろうとする。
「逃げりゃあ~いいのに」
俺はレーネの肩に食い込んだ踵を起点として、くるっと飛び上がった。
「えっ」
レーネが一瞬俺を見失った隙に、真っ逆さまにレーネの背後に回った俺は足をレーネの首に引っ掛け、地面に激突する寸前にレーネの両足首を掴む。
「ぐおっ」
これで完全に決まったかと思ったが、このお嬢ちゃんはやっぱり才能はある。完全に首にギロチンロックが決まる前に辛うじて動く左手を挟み込んできた。
だがその才能が苦しみを長引かせる。決まっていれば苦しまずに楽に終わっていたのにな、こうなった以上俺も非情に徹するしかない。
少女の拷問。
気が乗る乗らないじゃ無い、必要ならする。でなければこの業界で舐められる。
下手に彼奴は女に甘いと噂が流れてみろ、今後俺への刺客は同情を誘うような訳ありの女だらけになる。俺が住む業界とはそういう世界なのだ。
「これから言う俺の質問に答えろ。正直に答えれば命だけは助けてやるぜ」
「誰が言うか」
顔を真っ赤にしているレーネに余裕はなさそうだが、まだこれだけ言う根性があるか。
ならばと、俺は更に足に力を入れた。
「げほっ」
「苦しいだろ、楽になりたきゃ答えろ。
アーグラクストーデのボスはどこにいる」
この事態を招いたのは間違いなく会ったことも無いアーグラクストーデのボスが原因だ。ボスと直接交渉が出来れば事態解決への一歩となる。
「知らないわよ。知っていても誰が言うぐぎゃっ」
知っているとは期待してなかったが、生意気言うレーネ首を更に絞め上がる。顔が赤から青に変わってきた。デスマスク一歩前ぐらいか、俺には死体で興奮する趣味は無いんだがな。
「一応信じてやるよ。なら次だ、アーグラからの秘密の脱出路はどこにある?」
「誰が言うか」
正直すぎないか? 嘘でも知らないと言っておけよ。
「おいおい、強情だな。言えば楽になるぜ?」
俺はちょっとだけ足に力を入れる。
「いっそころせ。おごぎぎご」
レーネの顔が完全に青になり、口から泡が出だしている。このまま行けば窒息、もう少し足に力を入れれば首の骨がへし折れてしまう。
させとここまで追い込めばいいだろ。組織を裏切るようなことは、このまじめなお嬢さんが言うとは最初から思ってないさっ。本気で吐かせたいなら、もっと本格的な生まれてきたことを後悔するような拷問がいるだろうな。
ここでハードルを下げてやるか。
「OK、オーケー。お前が裏切るような女じゃ無いことはよく分かった。
なら、ここからは仕事の話だ。マギレウにはキューブの入手を依頼していたんだが、手に入ったのか?」
「・・・」
「おいおい、これは俺がお前の親父に頼んだ仕事だぜ。そして親父は引き受けた。こうなってしまったが、引き受けた仕事の成果を親父に代わって娘が報告してもいいじゃないか?」
「・・・」
レーネは黙り込んでしまった。
おいおい、頼むから何か言ってくれ、でないと。
「いっいう」
「おっそっそうか」
ほっとした気分のまま足の拘束を少し緩めた。レーネの顔に少し血色が戻る。
「父は一応部下に入手を命じたけど、流石に今日の今日では手に入れられなかったようです」
「そうか。さて、しゃべってくれてありがとう。お前は用無しだ」
俺はあっさりと告げた。
「えっそそんな。しゃべったのに」
一度折れた心は弱いな。さっきは殺せとまで言ったレーネがあからさまに動揺して慌てている。
「夜中に男を一人で追いかけて犯されなかっただけでもありがたく思いな。綺麗な体のままでいられるぜ」
「まっまって・・・」
涙声の懇願を無視して俺はレーネの首をきゅっと締め、拘束を解いて離れた。
レーネの体から力が抜けて弛緩し膝をつく。そして地面に崩れ落ちるレーネの体の下に水たまりが広がっていく。
「さてと」
吐いたから用無しとばかりに殺そうとした。そう感じてくれればいい。
「そんな甘さでよく生きてこれましたね」
立ち去ろうとする俺に声が掛かった。声を方を見れば最初リーダーだと思った男だった。
「お前は?」
もう二度と会わないと思っていたが再会したんだ。名ぐらい聞いておく縁はあるだろ。
「ハック。お嬢の付き人のようなことをしてます」
「そうか。もっと早く助けに入れば、お前のポイントは上がるし、大切お嬢さんはこんな醜態を最後に晒さずに済んだんじゃ無いか?」
此奴にとってレーネは邪魔だった恨んでいたとか? まあ、此奴とレーネの関係など俺には知ったことじゃない。今重要なのは俺と此奴の関係。殺気は感じないが、もう一戦するはめになるのか。俺はちらりとレーネが落とした長刀の位置を確認しておく。
「いえ、いい薬になるかと思いましたので」
「まるで俺が殺さないと分かっていたみたいだな」
まあ実際に首の骨を折ることも無く失神させただけだが、これも俺の質問に答えとても重要な情報をくれたからだ。しゃべらなければ殺すしかなくなっていた。
「ええ、必死に殺さない口実を欲しがっていたようなので」
「見透かしたようなことを。あんまり俺を見くびるなよ」
「とんでもない。恩義なのか惚れた女の為なのか知りませんが、一人必死に孤児院を守り通しているあなたは、同じ男として尊敬してやす」
ハックは素直に俺に頭を下げた。俺を前にこんな隙を作るとは、手裏剣でも脳天に打ち込まれたいのか。
やりにくい。
「サインでもやろうか」
「キューブですが、城になら確実にあります。保管場所についてはこれを」
ハックは丸めた紙を折れに向かって放り投げる。
キューブの保管場所は機密事項に値する。俺でも調べるのには時間が掛かるだろうが地元に根を張るクストーデなら掴んでいても不思議じゃ無い。
「なんでそれを教える?」
「お嬢の命にはこの程度でも釣り合いません。アーグラからの脱出路ですが・・・」
「口を噤め。お嬢さんが誇りに賭けて守った情報だぜ」
「これは考えが至りませんでした。お許し下さい」
また素直に頭を下げる。
「大事な主人なら、早く家に連れ帰って下着を替えてやるんだな。このままじゃ、風邪引くぜ」
「分かりやした」
頭を下げるハックに見送られ、俺はその場から去って行った。