彼女たちは猿轡を咬まされ自殺も抗弁も封じられ涎が赤子のように滴り落ちている。腕は後手に胸と一緒に亀甲縛りにされ、豊満な胸が強調させられ縄が体を彩る。足だけは自由になっているが首輪を嵌められ家畜のように白スーツに男に引っ張られ、よたよたと部屋の中に連行されてくる。人間の女性としての尊厳を奪い取られた屈辱極まりない姿を晒され、三人とも頬を赤くし目を伏せている。
ギリッ、女共の姿には奥歯が割れるほどに噛みしめていた。あれだけお膳立てしてやったのに、逃げろという命令すら遂行できないというのか。
この無能がっ!
心の中で力の限り叫び、頭の中で思い付く限りの罵倒をしているが、代わりに表面には一切感情を出さない。女共を虫けらでも見るように眺める。
「くっく、これが権力者を敵に回すと言うことだ。お前の大事な女達は俺の手の中だ」
ご満悦の顔で誇らしげに言うバーホの顔に血が滲むほど握り締めていた拳を叩き込みたい。だがここで殴りかかっても事態は何も好転しない、俺の気が少し晴れるだけだ。俺はゆっくりと静かに息を吐き出しつつ、閉じた拳を開いていく。
「マギレウ」
俺はマギレルを睨み付けた。今までは何となく全てが終われば有耶無耶に出来そうな感じが余地があったが、もう違う。ここまでやってくれた以上明確な敵だ。それに此奴はソネーレのことを知っている。俺の急所を知る人間がバーホに接近するなど看過できることじゃない。知られれば、バーホは躊躇なく利用する。
こんなことならレーネを明確な決裂を避けたくて五体満足で返したが人質として確保しておくべきだった。
いや逆か。俺はレーネのことを知り、レーネは無事であるからこそ、十分脅迫のネタになる。いざとなれば使うしかない。
俺は弱者、追い詰められれば誇りなどかなぐり捨てていく。
「お前は勘違いしていたかも知れないが、これはクストーデだけの意思じゃ無い。街の有力者を集めた合議の結果、すなわち街の意思だ。街を敵に回して隠れていられるわけがなかろう」
ちっボスに相談すると行って離れていた間に街の有力者を集めて相談していた訳か。街の意思、どうりで慎重派のマギレウがクラウンを捕らえるなどという賭に出るわけだ。
「なら俺が街の人間を一人残らず皆殺しにしても文句はないんだな」
馬鹿が。誰が敵だか分からないからこそ手を出しにくいが、全てが敵なら幾らでも戦いようがある。弱者の戦いはえげつないぜ。
「っ」
俺ならやりうると感じたのかマギレウは自覚は無いだろうが少し後ずさった。クストーデの幹部と言っても所詮中間管理職か。
「虚勢を張るな」
マギレウは俺を恐れたが、バーホは俺を一笑した。
ふっ空気を読まない奴は場合によっては強いな。
「見ろっ。これが王たる権力の力だ」
バーホはヴァドネーレの背後の回るとその縄により強調された胸を鷲づかみにした。掴む指から肉がはみ出る。
「ぐっ」
屈辱で顔を歪ませるヴァドネーレ。
「さあ、降伏しろ。女を助けて欲しくば土下座して懇願しろ」
勝ち誇った高笑いをするバーホに、切ない視線を俺に向けてくる女達。
「馬鹿かお前」
全てを俺はばっさりと切り捨てた。
女達の目が驚きに見開かれる。何を驚いている? 俺がここで見捨てることくらい分かっていただろうに。土下座して事態が好転するならしてやる。だがそんなことはない。ここで屈するということは、俺は殺され女達は慰み者になるということ。情を捨てきれない俺だが、そんな未来を選ぶほど馬鹿じゃ無い。
「なんだと」
「お前将棋って知っているか?」
「ああん?」
「今まさに飛車角の取り合いをしているのにそんな歩なんかに構ってられるか。
プスィッタ、これで分かっただろうバーホなど所詮こんな程度だ」
「おっおまえ。自分の女がこんなことされても何とも感じないとはそれでも男かっ」
バーホはこれ見よがしにヴァドネーレの胸を両手で揉み拉く。
「お前に言われたくねえよ。
歩ごときお前にくれてやるが、その間に飛車を取って一気に詰みだ」
「いい加減にしろ」
「「「えっ?」」」
ヴァドネーレは猿轡を噛み千切り、拘束していたはずの縄を一気に引き千切ると、素早くバーホの背後に回って羽交い締めにした。
「どっどういうことだ」
事態の急変について行けず慌てふためくバーホ、自分の想定外の出来事にはこういう奴は弱い。一方この事態を急変させたヴァドネーレの怒りに染まった目は、なぜか俺に向けられている。
「飛車を取る必要は無くなったぞ。歩である私が一気に王手だ」
根に持つ女だ。
「おい、どういうことだ。ちゃんと拘束しなかったのかスティンガー」
「こういうことですよ」
マギレウにスティンガーと呼ばれた白スーツに身を固めた青年は羽交い締めにされたバーホの首に短剣を突きつけた。
「おっお前、クストーデを裏切る気か」
スティンガーは金髪をオールバックに決め、鷲のような碧眼に頬が締まったなかなか不敵な面構えをしている。
如何にも野心が強そうな男だ。こんなリスクが高そうな男をそれでも連れてきたのは能力が高いのか、こんな命知らずの任務に他は誰も志願しなかったからか、まさかこんな場面で裏切られるとは思わなかったのか。
まあ、全てだろうと思うが、マギレウには俺を裏切った天罰が早くも下ったようだ。ざまあ。
「勝ち逃げできる老人共と違って、若い俺は先が長いんですよ」
「貴様街を滅ぼすつもりか」
「この街は魔族に入り込まれた時点で詰んでますよ。後はいつ滅ぶかだけだ。お前等老人共が決められないようなので、代わりに俺が決めてやろうと思いましてね。
俺は女でも焦らされるのは嫌いなんだよ」
「血気に逸りおって。自分だけは生き残れるつもりかっ」
「どうでしょうね。ただ真綿で首を絞められた後より今の方が生き残れる可能性は高いだろ」
「それはお前の話だろ。老人や子供などはどうする? 今生き残る力がない者に対してどう責任を取るつもりだっ」
「知りませんな。あなた達だって、鎖に繋がれるのが我慢ならない者達のことなんかしったことじゃないんでしょ」
スティンガーはあっさりと言い切り、そこに罪悪感は嗅ぎ取れない。
強いな、この割り切りは俺も見習いたいぜ。俺も此奴のように己の復讐のみに忠実に生きられたら・・・。
しょうがない夢想か、できないから今の俺がいる。
「このお嬢さん達は捕縛に行ったときに気に入りましてね。共闘を提案したら快く応じてくれましたよ」
ちっ馬鹿がたぶらかされやがって、そんなことで俺の命令を破ったのか。俺以外の奴に従うのならもう知らん。勝手にやってろ。
それにしても、街の意思はどうした? 言った言葉の響が消える前に内部分裂しているじゃ無いか。
プスィッタは、横目で確認すると面白そうに事態を眺めている。取り敢えず直ぐには介入する気はないようだ。
この展開俺にとって吉となるか凶となるか。
いや違うな、この展開どう持って行けば俺の利益になる。取り敢えずこのままじゃ俺は主役を奪われた可哀想な咬ませ犬。くそっ時間よ止まれ。いい流れを引き戻す手を熟考したい、だが劇は俺をモブにしたまま進んで行ってしまう。
「さて」
スティンガーの目が酷薄に薄められ、短剣を持つ手に力が入る。
ハッタリだな、如何にも殺すというパフォーマンス過ぎる。そもそも殺すならとっくに殺しているだろうに、修羅場を潜っていない素人は軽く引っ掛かる。
「まっっままままままっままま待て、取引をしよう」
「この期に及んで取引だと」
「ああそうだ。俺の命を助けてくれたら、お前達にもおいしい汁を飲ませてやるぞ。どうだ、一緒にこの街をゆくゆくはこの帝国を支配しようじゃないか」
まあ、そうなるよな。スティンガーは正義感からじゃない、野望を持って行動をしている奴だ。この提案はスティンガーに取ってまずまずで了承したいだろうが、組んだ相手が悪かったな。
「マスターご無事ですか」
「シーレか」
劇に見入っていたので近付いてくるのに気付けなかった。いつの間にかシーレもベレッタも拘束は解かれ自由になっている。
「スティンガーからマスターが単身城に向かったと聞いて懐疑的でしたが、取引に応じて良かったです」
へっなんで?
シーレが俺の裾を掴みつつ真っ直ぐに俺を見つめてくる瞳には安堵が覗える。こんなデューククラスの魔人を前にした圧倒的危機的状況で何で安堵できる。
もしかして俺が無事だったから?
もしかして俺は心配されていたのか?
今回の事件の一番のビックリだ。
「私達を危険に晒したくない優しい気持ちは嬉しいですが、同時に悲しいです。もっと私達を信頼して下さい。私達は可愛がられるだけの人形ではなく、マスターの理想の手助けをする僕なのです。どんな危険な仕事でもお供させて下さい」
俺の理想って何? そんなご大層なこと俺語った? 脳内妄想じゃ無い?
「あたいは僕になったつもりはないけどな。けど世話になる以上、お飾りになるつもりはないぜ」
俺の待機命令をどう脳内変換すればそうなるんだよ。此奴等脳内で俺を少し美化してないか? 俺はもっと合理的な男で割り切る。ただ単純に必要ないからだけじゃなく、邪魔にすらなるから置いてきただけだ。
シーレはまだしもヴァドネーレはそんな俺の本性を知っているだろうに。
「うぎゃああああ」
バーホの叫び声が上がった。
「取引が出来る立場だと思うなよ」
見れば切れ気味のヴァドネーレがバーホを骨を砕かんばかりに締め上げていた。
「貴様、貴族たる俺に向かって」
「私は帝国を守る騎士だ。魔族に魂を売った奴なんかと取引などせん」
ヴァドネーレがバーホに言い放った。
「お前が選べる選択肢は、ただ一つだ。お前の持つ秘術とやらで魔族をこの街から退かせろ」
おいおい、そんなものあるのか。あるなら是非その秘術を知りたいが、ないだろ。
それにしてもスティンガーがヴァドネーレを丸め込んだ詐欺の手口が読めた。バーホを殺せば、腹いせでプスィッタが街で暴れ多数の犠牲者が出る。あのお堅い女騎士様がそんな犠牲ありきの作戦を承諾するのは可笑しいと思っていたが、これなら納得だ。
スティンガーの奴、なかなかいい絵を描くじゃないか。となるとこの後の絵にも期待できるか? あわよくば便乗したいところだぜ。
「そっそんなものはない」
締め上げられ絞り出すようにバーホは言った。
「なんだと」
スティンガーが今にも虫を踏み潰す目でバーホを睨み付ける。
「彼奴は俺の王たる権力に感服して従っているだけだ」
「嘘を付くな」
「本当だ。それにあの男もプスィッタが歓心を買って配下にしようとしていたじゃないか」
「シチハは貴族じゃ無いがあれでも心根は真っ直ぐな男だ、本気で魔人を配下にする気なんかないに決まっているだろっ」
ヴァドネーレさん、お前の中でおれはどんな男になっているんだよ。しかも褒めつつも俺を微妙に窮地に追い込んでいるぞ。これも褒め殺しというのか?
プスィッタが俺の方を睨みだしてるじゃないか。
「ヴァドネーレはあれでもマスターに感謝しているんですよ。マスターは勝ったのに犯しもしなかったし見捨てもしなかった。ちょっと色々あって素直じゃなくっているだけなんです」
シーレが小声でフォローを入れてくる。
「シチハは馬鹿じゃ無い、お前が魔人を従わせる秘術を持っている確証があるから乗り込んだんだ」
ねえよそんなもん。俺は本気でプスィッタをハッタリと詐欺で丸め込むつもりだったんだよ。ほんと敵より怖いのは足を引っ張る無能な部下と過剰に期待する部下だな。どっちも背中を押して窮地に追い込む。
「ほっほんとうに無いんだ」
しかしバーホも無能だな。ここは無くてもあるふりして時間を稼ぐところだろうが、すっかりヴァドネーレと無言の圧力を掛けてくるスティンガーにびびってやがる。
「ははっはっははははは、そうかそうか無いのか」
「ははっそうだ。なっ納得したのならさっきの条件で」
「なら用はない。死ね」
まずいっと思ったときにはスティンガーはあっさりとナイフをバーホの喉元に突き込み、血飛沫が上がる。
「なにっ」
スティンガーが突き込んだナイフの先にはネズミが刺さっていた。そうスティンガーがナイフを突き込んだ瞬間天井から落下してきたネズミがバーホの盾となったのだ。
こんな偶然あるか? あるわけ無い。
「プスィッタ」
俺は直ぐさまプスィッタの方を見た。
「くっく私はこれでもゲームを楽しむ為に全力を尽くすタイプなんですよ。その私を前にしてバーホ様を殺せると思っているのですか?
もしかして私のことを力だけの脳筋とでも思っているのですか?」
「貴様」
パチンとプスィッタが指を鳴らせば天井からネズミが雪崩の如く降り注いできた。
「なっあんんだこれは」
落下したネズミたちは直ぐさま俺達目掛けて走り寄ってくる。
「くそっ」
足で蹴り払おうともネズミの数は既に足首までを埋めるほどに増殖しプールに入って水を蹴り上げるようなもの、完全に払いきれるはずが無い。ネズミは俺達に纏わり付き這い上がって噛みついてくる。
「くそっ」
這い上がるネズミを手で振り払おうが、両手で払う倍の数のネズミが這い上がってくる。
くそっプスィッタに単体の攻撃力のだけで無くこんな能力まであったのか。
「撤退だ。各自撤退しろ」
悪いが他人を構うほど余裕は無い、撤退命令だけ出すと俺はネズミを振り払いつつ、バルコニーに逃げようとした。
「あなたは逃がすと厄介そうですね」
プスィッタは俺に向かって来ようとしたが、その体を押さえる者達がいた。
ヴァドネーレ、シーレ、ベレッタがその身に纏わり付くネズミに構わずプスィッタにしがみついた。
「マスター今のうちに逃げて下さい」
「無駄ですよ」
プスィッタがその怪力で女を払いのけようとしたが、それより早く動く者がいた。
「いや、これこそ俺が望んだ最高のシチュエーションだ」
「何ですと?」
「くっくバーホとプスィッタ、同じ場所にいたのが命取りだったな」
スティンガーは胸から出した筒状の物のスイッチを押すと同時にプスィッタの方に放り投げた。
やっやばい。俺は直感でこれこそスティンガーの本当の狙いだと分かった。バーホとプスィッタを同時に始末する切り札、ここに止まれば死ぬ、本能のアラートに従い俺は女も何もかも振り返ること無く全力で走ってバルコニーから外に飛び出した。
その数秒後、背後で大爆発が巻き起こった。