「冥冥さん、1000万で私を抱いてくれませんか」
そう依頼したのは昨日の夕方頃だった。時間が経つのは早いもので、もうすっかり空が黒に染まってから4時間は過ぎていて、我ながらよく体力が持ったな…若いって素晴らしい。と、軽く過去を振り返りながら現実逃避をしてみたが、やはり現実からは逃げられない。
「おはよう。昨日は少し無理をさせてしまったね。けど、私に抱かれるのは良かったろう?」
「オ、オハヨウゴザイマス…?」
「おやおや、ふふふ。どうしたのかな?ひょっとしてまだ抱かれたりないかい?」
「なっ…!さ、さすがにもういいです!!あんだけヤったんですから!!」
「ふふふ。すまないね。君が子猫のような顔をしているからつい…ね」
「………あの、どうして」
「ん?」
「どうして、私が起きるまで待っててくれたんですか」
「それは勿論、良いリピーターになると思ったからさ。先行投資の為にアフターケアをするのは当然だろう?」
「そう、ですか…」
もう冥冥さんから抜け出せない事くらいお見通しだろうな。しかも、タチが悪いことにそれを分かって言ってくるから私はもうお手上げ状態。誘蛾灯に誘われる蛾のごとく、何度も何度も求めてしまうのだ。手を伸ばさずにはいられない、渇望するればするほど、溺れていく。
「これは私の個人的な質問になるのだけど…君は何故私に抱かれたいと依頼したんだい?同じ同性よりも…ほら、五条がいるじゃないか。彼は性格はアレだけど、夜凄いらしいし、アフターケアもバッチリだと思うよ?…嗚呼、もしかして君はソッチの人なのかな?」
「……違います……私は、冥冥さんに抱かれたいと思ったから依頼したんです。多分、ソッチ系ではないと思いますけど…でも、どうしても、冥冥さんが良かったんです。……変、ですよね…恋をした訳じゃないのに…抱かれたい、なんて」
「いいや?そんな事はないさ。君は私に性欲の発散を頼んだ、ただそれだけ。相手が男か女かなんて、些細な事だよ。それよりも…時間は大丈夫なのかい?私は今日1日久しぶりの休日だけど、君はそうでもなかったんじゃなかったかな?」
「えっ……あ」
やばい、今日は確か昼頃から2級呪霊一体頼まれてたっけ…!今は…11時、今から準備したら十分間に合う。とはいえ、油断して遅刻をしたら大目玉を食らう。それは絶対に避けたい事態なので急いで着替えをして……!
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「すみません、遅刻をしたくないので今から出ます。お金の方はキチンと銀行振り込みで済ませま…んっ!んぅ…?!」
「…んふふ。行ってらっしゃいのキス。言っただろ?アフターケアは当然だって」
「………はっ、…なぁっ…?」
…これだから、この人には一生勝てる気がしないな。女としても呪術師としても。
それからいくつかの月日が流れて、いつの間にやら月に1回抱かれる事が当たり前になった。流石に1回1000万はキツイかな、とお財布を心配していた矢先に冥冥さんから、「固定客になってくれたお礼だよ。毎回1000万は辛いだろ?」との事で、何と半額の500万に割引してもらったのだ。正直、とても困惑した。だって”あの”金の亡者と名高い冥冥さんがだ。これはかなり幸運だと思いもしたが、彼女はそうやって最初は高い金額を支払ってもらい、後々からわざと安くする。いわゆるアンカリング効果というやつで固定客を増やして繁盛してるのだろうという考えが頭をよぎり、何故だかちくり、と胸が痛くなったのは恐らく気の所為。冥冥さんに抱いてもらえるだけで十分贅沢すぎるくらいなのだから、これ以上の事なんて、それは欲張りすぎにも程がある。それに今より欲張るとはどういう意味だろうか?サラリと思考に混じってきた訳の分からないモノを弾き飛ばしつつ、今月も抱かれに行くとしよう。
「やぁ、今回はいつもより激しめとの御要望だったけど…大丈夫かい?」
「はい、大丈夫、です。たまには激しくされたいので…」
「了解。それじゃ、今夜は激しくするよ。子猫ちゃん」
……朝。最近、朝が少し嫌になってきた。それがなぜなのかは分からないが、何となく憂鬱にさせる。いつもの如く冥冥さんは私が起きるまで待ってていて、私の大好きな匂いが嗅覚を擽る。朝の目覚めにとカフェオレを作ってくれたみたいだ。
「はい、カフェオレ。熱いから少し冷ました方が良いよ」
「ありがとうございます………あつっ!」
「ふふっ。言ったそばから…」
熱い、と言われてもこの癖だけは治せる自信がない。だって、目の前に大好物を置かれちゃ、誰だってがっつきたくなる。
それにしても、今の、この時間は─
「幸せ、だなぁ」
「それはどうも、嬉しいね。そう言ってくれるなんて」
「あー、声に、出てましたか…?」
「それはもうバッチリとね。……何かあったのかな、良ければ聞かせて欲しい」
「…呪術師界隈って、結構人が死ぬじゃないですか」
「…うん」
「私もいつ死ぬか分からないなって…ついこの間も、私の知り合いが特級呪霊に殺されたんです。だから、せめて…せめて、今この時だけはそんなしがらみを忘れたくて…後悔はしたくないし…」
「…そうか、それじゃあ今度から目いっぱいサービスするよ」
「えっ、良いんですか?今でもすごく良くしてもらっているのに…」
「良いんだよ。さぁ、何をサービスして欲しい?言うのはタダだからね」
言うのはタダか…冥冥さんらしいな。それにしても、そう言われたら少し悩んでしまう……あ、そうだ…あれが良い。
「それじゃあ…今度、ワインを一緒に飲みたいです。出来れば赤ワインを」
「それは構わないが…君、未成年だろ?不思議だね。赤ワインを飲みたいなんて」
「未成年でもバレなきゃいいんですよ。前に何度か内緒でお酒飲んでますし。それに……赤が冥冥さんに合う色だと思ったんで、勘で赤ワインにしてみました」
「…あぁ、参ったな。これはもう高い赤ワインを奮発せざるを得ないじゃないか」
「……え、い、良いんですか…?そんな、冥冥さんが奢るなんて…」
「気にしなくていいよ。これは稼がせてもらってるほんのお礼さ。今度が楽しみだね?」
「…はい、冥冥さん。今度を楽しみにしてます」
そんな今度は訪れなかった。彼女は、2級呪霊一体の依頼の最中、突如として現れた未登録の特級呪霊に襲われ、死亡したらしい。せっかく彼女の為にと、私にしては珍しく奮発して買った赤ワインが無駄になってしまった。それなりには楽しみにしていたのだが…しょうがない、それが呪術師界隈の常識だ。昨日会った人が必ずしも今日会えるという訳では無いのだ。むしろ、幸運な方に入るのだろう。だが…
「いつか私とワインを飲みたいって言ったのは君だろ?これは立派な契約違反だ。例え地獄の果てまで行っても絶対に対価を支払ってもらうよ」
”契約”を破ったのは君の方なのだから。私がそちらへ行くまで、そこでずっと待っててくれ