足音を殺し、心音を殺し、気配を殺す。
いつものように存在を偽り現世から我が身も心も残さず消す。
給仕服の中に仕込んだ暗器の感触を確かめ、今日の標的を冷ややかに見る。
豪華な装飾に彩られ、煌びやかな衣装を纏った人々がグラスを片手に会話に花を咲かせている。
商談や世間話、その内容は様々だ。
「では今後の奴隷取引のレートは例年の2倍で…」
「私の娘が今年15になりまして是非そちらの御子息と…」
「黄河から門外不出の珠がカルディナに流れたと言う噂だが…」
「彼が浮気をしていたんです!しかも相手は娼婦で…」
どうでもいい話、私には過去の後悔も未来への不安も縁遠い話ね。
パーティを楽しむ人に紛れ、給仕係に扮した私は会場進み、グラスを乗せたトレイを片手にターゲットに近づく。
「失礼いたします、お飲み物をお取り替えいたしましょうか」
給仕服のスカートを少しつまみ上げ挨拶をした後、トレイに乗せたグラスを示す。
こちらを向いた男は、ネイビーのスーツ姿に真っ赤なネクタイという出立ちだが全身脂肪だらけな上膨らんだ腹でスーツのボタンが弾け飛んでしまいそうになっている。
「おおありがとう、新しいものを頂こう」
空いたグラスをトレイに乗せ、赤いワインが注がれた新しいグラスが男の手に渡る。
「失礼いたします」
グラスを渡し終えると私は深くお辞儀をする。
すると狙い通り男の瞳が私の胸元に吸い寄せられる。
ああ、今夜も楽な仕事だわ。
その後私の足元から腰、足の付け根、そして再び胸元を見た後男は私の顔を見た。
値踏みするような視線の後、男は口を開く。
「君はここの給仕だね、名前は?」
食いついた。
「はい、エリーと申します、何か御用でしょうか」
この仕事のために用意した偽名、もともといたエリーという従業員は今はホテルの倉庫に放り込んである。
「パーティの途中だが少し酔ってしまったようだ、それで部屋に戻りたいのだが部屋番号を忘れてしまってね、よければ案内してもらえないか」
「かしこまりました、部屋までご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
「すまないね」
男を伴ってパーティ会場の外へ出る。
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「ああーーーー。だよ」
フロントで宿泊者名簿を見ながら、対象の名前を確認する。
「3階の342号室です、こちらへどうぞ」
再び男と歩き出し階段を登り3階へ上がる。
「こちらです」
扉を開けて男を部屋の中へと促す。
すると男は私の腕を掴み部屋の中へ押し入れた。
「私はここのホテルへかなり出資していてねえ、給仕係一人の首を切ることぐらい造作もない」
そして男は私を壁へと押しやると耳元で囁いた。
「君も子供じゃないだろぅ?今夜だけ私の相手をしてくれればいいんだ」
そういうと男は私の尻を掴み揉みしだく、欲望を満たすだけの自己中心的なアピールに体が嫌悪感を伝えてくるが、私の心は酷く落ち着き冷えている。
「……はい」
俯き諦めたように返事をする。
男は気を良くしたのか、その顔に醜い欲望の笑みを浮かべ、ジャケットを脱ぎスーツのベルトをせき立てられるように外す。
馬鹿な男だ。
「君も脱ぎたまえ、早くベットに行くぞ」
ズボンと下着も脱いだ男は全裸で私の方を見る。
自身の下半身についた性器を勃起させ、早く身体を差し出せと主張しているようだ。
なんて身勝手な要求なのかしら。
私が相手でなくてもこれでは女性は寄ってこない、経験があるというわけではないがこの男が致命的に女性を誘うのが下手なのは明らかだ。
「何をしている、早く来い」
男はそう言うと私に背を向け、綺麗にメイキングされた白いベットへと向かう。
ああ、もういいか。
私は給仕服の腰リボンをほどき、そこに固定されていた暗器を握る。
逆手で握ったナイフをくるりと回して持ち直し、悟られないように静かに、心を殺してスキルを発動する。
「《襲撃者の一撃》」
ただ静かに、私の振るったナイフが男の首を切断する。
華奢な私の腕でも、刃渡りの短いナイフでも、誰であろうと殺せるように身につけた技術、そしてスキル。
一切血飛沫を上げることなく、男の首がごとりと床へと落ち、床に敷かれたカーペットに血溜まりがひろがり赤く染まる。
そんな光景を目にしても、私の心は冷たく落ち着いている。
ああ今日もーー。
「汚れているわね」
解いたリボンを結び直し、私はその場を後にした。
「それじゃあユーちゃん!私はこれから一夜のアヴァンチュールに行ってくるから!」
夜、カルディナのとある商業都市の一角に、2人の女性と1人の男性がいた。
女性のうちひとりは赤と白のツートンカラーの髪に、これまた同じ色調のジャケットにインナー、健康的な脚をあられも無く露出したホットパンツを着ている。
彼女こそはカルディナの【撃墜王】AR・I・CA。
もう1人は一言で表せば全身真っ白。
ロシアのコサック帽にも似た白い帽子に、全身白のコートの少女。
男の方はどこかの軍隊を思わせる服装に整った顔をしているが、今は眉間に皺を寄せて連れの女性へと視線を向けている。
元ドライフ皇国トップクラン【叡智の三角】所属のマスター、ユーゴー・レセップスとそのエンブリオ【白氷乙女 コキュートス】である。
「師匠の趣味に文句を言うのはもう諦めましたが、明日の朝遅刻だけはやめてくださいね、仕事にも支障が出ますので」
「わかってるって、もー!ユーちゃん心配性なところはほんとお姉ちゃん譲りだよね〜」
師の悪癖を咎めるユーゴーに彼女がからかうように言い返す。
「姉さんは関係ないでしょう、わかっているならいいんです」
ユーゴーはそう言い残すと、コキュートスを伴って宿屋の方へと歩いて行ってしまう。
「ありゃりゃ、ちょっとは反省するふりしたほうがよかったかな?」
心から反省する気はないとでも言うかのようにこぼした言葉は、男女問わず数多くの逢瀬を繰り返してきた彼女の紛れもない本心なのだろう。
「まあいっか!あとでちょっとだけフォローしよ、でも今日も素敵な美少女美少年その他大勢を求めて!」
そう言うと彼女は夜の街へと歩き出した。
皆さんの想像するAR・I・CAを描けるように頑張ります。
大体週一で続けていく予定です。