足音を殺し、心音を殺し、気配を殺して人混みを進む。
従業員用の裏口からホテルを出た私は人混みに紛れるようにして大通りを進んでいた。
目立つ給仕服は頭まで隠せるローブを上から被り隠している。
私が殺した男に連れはいない上、部屋には鍵をかけてきたので発見は早くとも明日の早朝だろう、それまでにこの街を離れ私の雇い主がいる屋敷まで戻るなど雑作もない。
楽な仕事だった、対象は警戒心もなく戦闘経験すらない小太りの男。
護衛も伴わず給仕係を部屋に呼ぶなど頭の中が性欲に支配でもされているのだろうか。
いけない、珍しく少し心が乱れているわ。
そんないつもは絶対にしない考え事に耽ったせいで気付くのが遅れた。
(つけられている…)
先ほどから一定の距離で私をつけている人間が1人。
姿は夜闇と人混みに紛れてよく見えないが、おそらく女性。
私は素早く裏路地へと入ると、ゴミ箱や物乞い、その成れの果てを素早く飛び越える。
そしてまた別の大通りに出ると、再び反対側の裏路地へと入った。
これで巻けるといいのだけど。
戦闘系上級職のステータスを最大限に活かし、私は裏路地を疾走する。
そしてしばらく走った後、狭い倉庫の裏手で足を止めた。
背後にもう追っ手の気配はない。
「はー…」
私は少しだけ緊張解き、ゆっくり息を吐いて呼吸を整える。
「こんばんわお嬢さん、突然だけど私と今夜お付き合いくださらない?」
突然投げかけられた言葉に驚愕すると同時に、半ば自動的にスカートの中に仕込んでいたナイフに手を添える。
目の前にはどこからあらわれたのか赤と白の髪の女性。
こちらを見ながらにこにこと笑い右手を差し伸べてきている。
おそらく彼女が先ほどの追ってだろう、いったいどこから?何が目的?
いや、まだ言い逃れはできる。
彼女が私をつけ始めたのは大通りに入ってからのはず、私がホテルで男を殺したことまでは勘付かれてはいない。
「申し訳ありませんが急いでいますので」
「いやいや、こんな素敵な女の子と出会える機会なんてそうそうないしね♪ できればお茶だけでも一緒にどうかな」
私のどこが気に入ったのかは不明だが彼女は私を逃すつもりはないらしい。
それにさっきから頭の隅で何かが警戒を怠るなと念押ししてきている、身体が戦闘体制に切り替わっていき心拍数が上がる。
「いい加減にしてください、衛兵を呼びますよ」
私は少し声色に怒気を滲ませる。
それを聞いて、目の前の彼女は少し困ったように笑う。
「いや〜私も一応衛兵さんを呼ばれると困るんだけどね」
彼女は私から視線を外さない。
「衛兵を呼ばれて困っちゃうのは、君の方じゃないのかな?暗殺者のお嬢さん♪」
その瞬間、私は右手でジョブクリスタルを破壊する。
ジョブが【襲撃者】から【兇手】へと切り替わったのを感じると同時に、身体全体が加速し目の前の紅白カラーの女性へと疾走する。
「…っ!」
待機状態にしておいたスキルを発動し、彼女の首へとナイフが吸い込まれ…
「ざんねーん、私に奇襲は効かないんだよね」
そう言い放った彼女の首元で、私のナイフが何か2本の鉄の棒を交差させたものに挟まれ、彼女の首に届くことなく防がれている。
あれは確かドライフから輸入されているマジンギア用のメンテナンスペンチだったはず。
「ちょっとごめんね♪」
そう言うと彼女は大きく体を逸らすとペンチで挟んだナイフごと私を地面へと叩きつけた。
「くっ!」
咄嗟のことでナイフから手を離すのが遅れた。
ギリギリ受け身を取ることができたが打ちどころが悪かった箇所が少し痛む。
「それじゃ失礼して」
地面に横たわった私に彼女は慣れた手つきでロープを巻きつけると、そのまま拘束した。
「うっ」
私は口の中に仕込んだ毒薬のカプセルを噛もうと奥歯に力を込める。
「おっと、危ない危ない」
私のステータスを上回る速度で彼女が右手を私の頬に添える。
「ちょっぴり強引で申し訳ないんだけど、正当防衛だから許してね」
そう言うと彼女は私の顔に自分の顔を近づけ…
「っ!」
優しく口づけをした。
同時に口の中に何かが流し込まれる。
まずい、睡眠薬!?
「さーて、このあとどうしよっかなあ〜」
無邪気に笑う彼女の瞳を見て、私は脳裏にあった警戒心の正体に気づく。
なるほど、超級のマスターか。
これは勝てないわけね。
その思考を最後に、私は彼女の瞳を見つめながら意識を失った。
今かけてる分はとりあえず出します。