雫ちゃんは靡かない 作:リデウス
僕、白峰雫は女でありながら女の自覚なく16歳まで育ったオタクである。
一人称も僕だし、男に対して未だ恋愛感情を抱くことはない。
だからといって過去に男だった記憶があるわけでもなく、シングルマザーで育ててくれた母親と妹と三人でこの歳まで育ってきた。
通う高校は家から電車で20分の普通校だし、別に制服が可愛いから選んだわけでもない。
けれど制服に袖を通してみたいからという気持ちで遠い地域からやってくるうわついた女子が多くを占める女子校だった。
別に男との出会いを求めているわけではないので良いんだけどね。
趣味の小説やアニメにそれだけ没入しやすい良い環境だ。
女子校といっても一般家庭の子でも入れる学力しかないしね。
◇
ある朝、妹が慌ただしく僕の部屋をノックもなしに入ってくる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「朝から何事?」
「ナプキン切れちゃった! 貸して!」
「いいけど柚子はまだ生理の時期じゃないよね? 何に使うの?」
「生理じゃないけど多い日なの!」
よくわからないけど迫真に迫る顔で詰め寄られたので圧に押されて使いかけのやつで良ければと手渡した。
「ありがとう! 後で買って返すねー」
「期待しないで待っとく。あんたもお小遣い少ないの知ってるし」
「ううう、本当にできたお姉ちゃんだよ」
「そういう演技いらないから」
「うん、ごめん。助かりました!」
お礼だけ言って妹は来た時と同じようにバタバタと帰っていった。
何に使うんだろうなどと年頃の少女に聞く必要はない。
答えはわかってる。薄い壁一つ向こうから聞こえてくる甘ったるい声。そして多い日。
僕くらいの年頃には多いアレだ。
母がたまに男を連れ込んでそういう声が聞こえてくるのもあって、妹が真似したら取り返しがつかないレベルでそっちの方面に育ってしまったようだ。
僕? 僕はいまだに興味が湧いてない。
眠りが深いというのもあるけどね。大体は夢の中で異世界を魔王から救ってることが多いかな? どうにもお姫様ってタチではないみたいだ、僕は。
あとはなんだ、女三人で住んでるだけあってお互いの生理周期は把握してる。
うちの経済状況でもう一人を養う余裕がないのは自明の理。
今は僕がアルバイトしてその収入を入れてるからなんとかこうして僕と妹は学校に通えている。全てを出してるわけではないけど、細かい教材とかは僕のアルバイト代から出ていくことは多かった。
そして話は生理に戻る。
妹はそんなにおりものが多くないけど、僕のは多いのだ。
最悪に気分が悪くなるし、世の中全てが憎くなる。
僕が特に男に嫌悪を抱くようになったきっかけは間違いなく生理がきてからだと思う。
周りはそれを境にどんどん女の子らしくなっていったけど、僕の体はとても平坦だった。
周囲の目が胸の大きい子に行くのが救いだったが、その後に僕を見て落胆するのが不快だった。
そんな理由で僕は共学だった中学を卒業後、晴れて女子校に通う事になったのである。
母や妹のように男を追いかけられないのは女としては致命的だとは思うけど、僕は僕だ。
生き方は早々に変えられない。
女という生き物は生まれながらにしてそういう運命を背負って生きてる。
ネット小説に再度没入しようと携帯に意識を傾けた時、ピコンとポップ音が鳴った。
「うげ、この近くじゃん。最悪」
どうやら最悪は続くらしい。
丁度通学先に使ってる電車の通り道で痴漢の報告が何軒か上がるニュースが出ていた。
携帯を使わせてもらうときに契約したいくつかのお約束の一つがこのニュースアプリの導入だった。
地域を設定して近隣のニュースを拾い上げてくれるもの。
世間では女性優位と社会が認めている昨今ではあるが、こう言った痴漢が今もなお減らない現実は泣き寝入りする女性が多数存在するからである。
男の人は女は強くなったというけど、それは一部で取り上げられてる人だけで、まだまだ弱い事を知っている。
だからこういう犯罪が減ってくれないのだ。
「はぁ、朝から憂鬱にさせないで欲しいね」
僕はこの家の長女として、長男として育った。
疲れて帰ってくる母。甘えたがりの妹。
その板挟みで強くあろうとした結果が少々男っぽい性格になった。
当時読み込んでいた少年漫画に多大に影響を受けていたことも大きいが。
とはいえ性別は母や妹と同じ女ではあるのだが。
「さて、少し憂鬱ではあるけど通学しますかね。幸にして女性専用車両もある事だし」
僕はニュースアプリのいくつかの箇所を見落としていた。
痴漢現場がどこであるか。
何時頃に多発しているのか。
そして被害者の年齢がどれ程なのか。
女の敵に割く時間を惜しんだ結果、あんな目に会う事にあうとはその時の僕には知る由もなかった。
◇
通学中の電車内。
少し小説に没入しすぎた結果もあり、余裕を持った通学は出来なくなり、遅刻ギリギリの電車で息席切ってギリギリ。
この時間に電車に乗るのは初めてで、それでも同じ制服に袖を通す女生徒を見れば少しホッとした。
それはこの時刻に通学してるのが自分だけではないと知れたからか、或いは悪い事を一緒にしてくれる仲間がいたからか。どちらともわからず警戒をといた。
ここには女しかいないという油断と、ここなら痴漢は起きないだろうという慢心に根拠のない安心感に包まれてしまったのだ。
通学時間は電車に乗ってから3駅だ。
それまでは小説の続きでも読んでやり過ごそう。
音楽を聴いて乗り過ごしたら遅刻確定だからと、出口側に立って携帯に意識を落とし込んだ。
◇
ガタンガタン──ガタンガタン──ガタンガタン
キキッ、プシュー。
反対側のドアが開き、一気に人がなだれ込んできて僕の体はドアに押し付けられるようになった。わっとっと。携帯を落としそうになって慌てふためく。
あぶないあぶない。没入しすぎも危険だね。
小説に栞を挟んで意識を外に向ける事にした。
降りる駅はあと一駅だ。
いつの間にか一駅を気付かずに通り過ぎていたらしい。
没入中の隙の多さは僕の弱点の一つだ。注意しないと。
タタンタタン──タタンタタン──タタンタタン
次の駅まで直線が多く、距離が長いから電車も走る速度を変えたようだ。
景色が右から左にゆっくりと流れていき、そしてそちらに没入しかけた瞬間、僕の体に何かが触れる感覚があった。
「!?」
なにこれ?
すかさず今朝のニュースを思い出す。
痴漢の出現場所を思い出し、確かこの辺だったよなと把握する。
心のどこかで女性専用車両なら安心だという驕りがあったのは確かだ。
でも、僕が小説に夢中になってる間に車両内の顔ぶれは様変わりしていた。
どこも満員で女性専用車両に男が紛れ込んでいたのだ。
完全に警戒意識は高まる。
背後に通学カバンを置いてガードする。
しかしそれは僕の力以上に強い何かにどかされ、ゆっくりとお尻を撫で上げられた。
ひどい屈辱である。
僕は泣きそうになるのを堪えながら努めて冷静にその腕を掴んで冷めた声をかけた。
「なにをしてるんですか?」
やはり下手人は男だった。冴えない感じの大学生くらいのお兄さんだ。
僕は精一杯の去勢を張って見下すような目で男の人を値踏みする。
「う、いや、あの」
「満員電車だからとどさくさ紛れにお尻を触って。恥ずかしくないんですか?」
多分僕はこの時気持ちよくなっていたのかもしれない。
ちょっとした正義感から痴漢を検挙。
被害を未然に防いだ女子生徒として表彰されるところまで想像していた。
何せ証拠がある。掴んだこの腕だ。
「いい加減離してくれないか、何かの間違いだ。そうやって男全てを悪と決めつける女もよくない、と思う」
抜け抜けと。ならば女は常に邪な男の発散に付き合えとそういうのだろうか?
「自意識過剰と取られても困ります。今回は見逃します。ですが次はありませんからね?」
僕の意識は近づいてくる学院前の文字に意識が入っていた。
早く学園に逃げ込んでやり過ごそう。
男は何を考えているのかわからないから怖い。
僕みたいに背が小さくて胸も小さい子の尻を撫で回す小児性愛者だ。
捕まったらなにをされるかわかったもんじゃない。
脳内では最大の警鐘が鳴らされているというのに、僕はどこか勝った気でいた。
だから駆け降りていくところで周囲への意識が散漫になり、男子トイレへと連れ込まれたと思った時にはもう遅い。
「ひゅう、ヒヤヒヤしたぜ。でも残念だったな? お楽しみはこれからなんだぜ?」
口に男の靴下を突っ込まれて、僕は満足に呼吸ができずにもがき苦しむ事になった。
どうあっても敵わぬ男の力で押さえ込まれ、僕の全身はくまなく男の欲望の濁った両眼の前に曝け出されてしまったのだ。
「うぅ……屈辱だ。なんでよりによって僕なんだよぉ。僕がなにをしたっていうんだ」
「おっ、僕っ子? いいねいいね。俺の興奮材料にプラス一億点だぜ?」
僕が抵抗しなくなったことを良しとしたのか、口を塞ぐ靴下を取ってくれた。
そういう優しさは認めてないです。
さっさと解放して欲しいという願いは聞き入れてくれないものか。
そして僕のお腹に男のジーンズ越しに膨れ上がった固いナニカが押し付けられた。
押し付けられた場所がじんわりと熱い。
「これを、今から君のお腹の中に押し込みます。わかる? セックス」
「知ってるよ。女子高生舐めんな」
「オーケー、正解したご褒美をあげないとな」
そう言って僕の顔の前に差し出されたのは大きく張り上げられた男性器だった。
授業で習ったものより大きく、グロテスクなそれは威圧するように僕に迫ってきた。