※この作品はR-18です。

夢の隙間   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。
2,500字近いのですが、分割しませんでした。


果穂のつぶやき

 あの子供は私たちの子供じゃありません!

 

 今でも心の奥深くにその言葉が突き刺さっている。特別生物室の窓から月を見上げ、果穂は小さく笑った。特別生物室の奥には果穂の生活空間がある。ベッドにたんす、机にソファ。これだけのものを学校に持ち込んだのは他でもない果穂の両親だ。そして学校側もそんな両親に何一つ文句を言わない。当然だ。木村財閥にどうにかして取り入ろうとしている理事長にとっては大した痛手ではなかったのだろう。そして限りなく細く頼りないものではあるが、果穂の両親と木村財閥の間にはパイプがある。理事長はそのパイプを使おうとしているのだ。当然、両親もそのことには気付いている。つまり、問題児の果穂を保護する変わりに恩恵に預かろうという算段が、既に両者の間で出来てしまっているのだ。

 

 つまらないわ。果穂はベッドの上でそう呟いた。ほっそりとした身体全体で枕を抱きしめる。両親が果穂の欲しい言葉をくれたことはない。一度もだ。なのにどうして彼らは自分を利用しようとするのだろう。

 

 生まれた時、果穂の将来は決められていたも同然だった。生まれる以前から人の手の加えられた命だったからだ。木村の科学研は生まれる以前の果穂の脳に手を加えた。だが計画は完全には成功しなかった。

 

 どこからみても失敗作と言えれば、あるいは問題なかったのかも知れない。果穂は中途半端に失敗した、所謂できそこないだった。科学研の狙いは今までの人類よりずっと脳の発達した存在を作る、というものだったのだ。使用していない部分の脳を使用させる。果穂はその実験体だったのだ。

 

 姉の保美は肉体を強化させようとして失敗。妹の果穂は頭脳強化に失敗。二度の失敗が二人の両親の態度を著しく悪化させた。最悪だったのは、生まれて間もない果穂が人の言葉を理解できてしまったことだろう。

 

 生まれてすぐに存在を否定されたらどうすればいい? その時、果穂は愕然とした。だが同時に諦めもついた。ああ、自分は望まれてなどいなかったのだ。こうして実験体という形でしか生かされない存在だったのだ。そう、思うことが出来た。それが幸せだったのかそうでなかったのかは今でも判らない。

 

 結局、果穂の身体はごく僅かずつしか成長しなかった。今でもそうだ。高校生の年齢に達している筈なのに、肉体は小学生並みにしか成長していない。果穂を通りすがりに見る人々は間違いなく小学生と思うだろう。この学校に来ても大抵の生徒たちは奇妙な顔をした。だから果穂はなるべく休憩時間中には学校の中をうろつかないことにした。

 

 ばかばかしい。呟いて布団を目元まで引き上げる。果穂は小さく息をついて目を閉じた。

 

 科学研の望む通りの頭脳を持っていれば良かったのだろうか。だが失敗と言われながらも果穂の頭脳は同級生たちのそれよりはるかに発達している。それでも科学研の望みからは随分と遠いらしい。彼らが欲したのは、単なる天才ではない。脅威的な頭脳を持つ、天才を超える存在だった。

 

 だがもし、研究が成功していたとして、研究者たちは素直に喜べただろうか。実験対象が自分たちよりはるかに賢いと判っても、それでももろ手を上げて歓迎しただろうか。そこは怪しい。今でも果穂はそう思っている。

 

 科学研の研究は次段階に入っていると聞く。この情報も果穂が独自に築いた情報網から得た物だ。科学研は当然、果穂が情報を探っていることにすら気付いていない。果穂はそっと目を開けて月をじっと見上げた。

 

 窓にカーテンはかかっていない。単純なアルミの窓枠に嵌った窓は、これでもかというくらいに磨き上げられている。窓磨きは果穂の日課だ。そして透明な硝子を通して月を見上げる。それが果穂のささやかな楽しみなのだ。

 

 失敗作にすらならなかった果穂は処分されなかった。データ収集を目的に飼われることになったのだ。そして当然のように果穂は卵子、精子提供者である今の両親が預かることになった。

 

 印象的だったのは姉の姿だった。果穂は初めて家に入った時のことを思い出した。ベッドにくくりつけられていた保美の穏やかな笑みが今でも忘れられない。保美の身体は通常人より弱かった。少しでも転ぶと骨を折る。風邪をひくと肺炎を併発する。両親はそんな保美を厄介者と思っていたらしい。そしてさらに両親にとっての厄介者が増えてしまったのだ。

 

 果穂は家政婦の手で育てられた。両親たちは少しも家庭を顧みなかった。当然だ。保美も果穂も、細胞を提供しただけで自分たちで育てるつもりで生んだのではない。両親たちは二人の子供を放ったまま、仕事に明け暮れた。実際に二人の世話をしたのは穏やかな性格の家政婦だったのだ。

 

 家政婦は驚くほど優しく子供たちに接した。仕事だからという理由でないことは果穂にもよく判った。時には笑い、時には叱り、家政婦は母親代わりとして二人を大切に育てた。それがあったからこそ、保美も果穂も愛情だけはたっぷりと注がれて育つことが出来たのだ。

 

 そうでなかったらいまごろはふたりともしんでいるかもね。果穂は呟いて小さく笑った。生きる意志をなくしてしまえば人は簡単に死んでいく。そして両親はそうなっても少しも悲しまなかっただろう。あの二人にとっては保美と果穂など生きているだけ邪魔なだけなのだ。そしてきっと両親は二人の子供のことなどそっちのけで、次の手段を探しているだろう。今度はどうやって木村に取り入ろう。そのことしか頭にない人たちなのだから。

 

 保美が機械の身体を持つことも、果穂が種々のデータを駆使して研究を進めていることも、何も知らない。あの優しかった家政婦ももういない。果穂は目を細くして月を見つめた。淡い月光が硝子越しに果穂を照らす。

 

 やがて二人の子供が消息を絶ったとしても、両親は全く気にしない。せいぜい、厄介払い出来たと喜ぶくらいか。果穂はそう思いながら自嘲を込めて笑った。保美もそのことにはとっくに気付いている。両親は形骸だけの優しさすら見せたこともない。そして保美はもう、自分の道を決めてしまっている。そして果穂も。

 

 木村に抗するために。




果穂の一人称は多分、ここだけだった気がします……。
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