二分割してあります。
順の言う絵日記はけっこうな枚数があった。水輝はそれをめくりながらクッキーをつまんでいた。いつから書かせているのかを訊ねたところ、もう順も覚えていないという。
「おっまえ、これってかなり悪趣味じゃないか? その子は順が笑ってることなんて知らないんだろ?」
ベッドに腰掛け、水輝は顔を上げた。順は笑いながら手元を見つめている。どうやら別の報告書を読んでいるようだ。まめだなあ、と呟いて水輝は再び報告書の束に目をやった。
イラストつき……まあ、本人は図解のつもりなのだろう。とにかくその図の横には丸文字が並んでいる。報告はその日の朝食のメニューに始まり、次いで学校の様子、そしてクラスメイトと話した内容と続く。どう読んでも女子高校生の日記だ。水輝は苦笑しながらページを繰った。毎日の天気も用紙の隅にイラストで描かれている。
枚数にして数十枚か。水輝はざっと束を形成している紙を数えて内心で呟いた。つまりは清陵高校の入学式の日からのものだ。毎日、まめに報告しているあたり、この報告書を作った智美というのは几帳面なのかも知れない。だが報告がまめなのは、本人が諜報員だと思っているのだから当り前だ。
「悪趣味かなあ。そんなこと言ってたら、キミたちのやってるコトなんて悪趣味どころの表現では済まされないねえ」
「言ってろよ、ばか」
困ったような笑みを浮かべる順に水輝は低い声で吐き捨てた。そしてページを何枚かめくる。多輝のデータを見下ろしながら、水輝は小さく笑った。生年月日に始まって、趣味、性癖などについて連ねられている。次いで機械仕掛けの身体を持つことが書かれていた。
恐らく智美は独力でこのことにたどり着いたのではない。多輝を機械に閉じ込めたのは優一郎だが、彼自身がそのことを外部に漏らす可能性はゼロだからだ。そうでなければ多輝がスムーズに諜報活動を行えない。それに。
それに、と水輝は微かに口に出していた。順はだがまだ手元を覗き込んでいる。水輝は順が自分のささやかな声に気付かなかったことを確認してから、唇を嗤いの形に歪めた。
それに優一郎は多輝を外には出さないだろう。木村側の情報を探る以外の目的で多輝を使うつもりも、外の誰かに見せるつもりもない筈だ。安易に外部に情報を流せば、当然、優一郎の持つ別の人形にその情報を知られる危険性が出る。優一郎は他の誰よりも斎姫に多輝のことを報せたくないと思っているだろう。水輝はそこまで考えて再び報告書を見下ろした。
色鉛筆で彩色されたイラストがついている。多輝の姿をデフォルメしたものだ。見方によっては多輝に見えなくもないが、どちらかと言えば漫画的なイラストだ。決して写実的な表現の絵ではない。智美がこれをどんな風に描いたのかを想像するだけで笑えてくる。水輝はくすりと笑いを漏らし、報告書の束を軽く放り投げた。順が素早く手を上げてそれを受け止める。
「そういえばさあ」
順が俯けていた顔を上げる。水輝は黙って順を見やった。テーブルに戻す順の手は再び鎖で繋いである。目に見えないそれを持ち上げ、順は肘杖をついた。手にしていた報告書の束をテーブルに放る。
「水輝ちゃんっていつ帰るわけ? まさかオレのとこに遊びに来た訳じゃないんでしょ?」
順の喋り方はどことなく間延びしている。水輝は苦笑してベッドから腰を上げた。順の前に回りこんで椅子を引く。
「なんだよ。おれがいるのが不満なのか?」
微かに嗤いながら水輝はそう訊ねた。順は困ったような笑みを浮かべている。長く伸びた髪を無造作に背中に払い、順は真正面から水輝の目を見つめた。
「ただね、気になったから訊いただけ」
「まあ」
そう言って水輝は足を組み合わせた。机に乗っている紅茶に手を伸ばす。引き寄せて啜るともう中身はぬるくなっていた。顔をしかめて目を上げる。すると順がため息をついて水輝の手からカップを取り上げた。
「迎えに来たら帰るさ。心配するな」
「……迎え?」
水輝の言葉を受け、順がすっと目を細める。険悪な表情になった順はカップを手にしたまま水輝を睨みつけた。水輝はだが、平然としたままで順の手からカップをさらった。ぬるい紅茶を一気に飲み干す。
「そ。迎え。おれはそれまで順の足止めをしてればいいんだよ。単純な話だろ?」
笑って言いながら水輝は静かにカップを置いた。水輝の手の動きを順が目で追いかける。その目つきは何故か殺気じみた気配を帯びていた。だが水輝はあえて順の目に宿るものに気付かない振りをし、さりげなく天井を見上げた。
順が連想した人物は間違いなく立城だろう。木村当主としては当然の反応かも知れない。立城はそもそも、龍神としての役割を担うと共に吉良瀬財閥の当主としても存在している。順が敵意を見せるのも仕方がないことなのかも知れない。
だが本当はそれだけの理由で順が殺気立っている訳でない事も、水輝はきちんと理解していた。
あの大戦の折り、順は都子をある意味で失った。そして火藍も手中に収めてはいるが、またある意味では失ってもいる。結局、その戦いの勝敗は決しなかったが、順側の方が痛手は大きかった。……少なくとも順はそう感じているだろう。
だからこそ、順は対していた立城を憎んでいるのだ。そして恐らく順は気付いている。立城が最初からその戦いそのものには興味など抱いていなかったことを。
こいつらはキャラクターはブレてはいないのですが、喋り方が今とは違ってたりします。
修正するのが辛くて……すみません……