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水輝は静かに目を戻した。順は僅かな間で元の表情に戻っていた。片頬にだけ笑みを浮かべ、報告書を眺めている。そんな順の様子に水輝は口笛を吹いた。
「さすが当主となると違うな。お前、どことなく立城に似てる」
何気なく言うと順が苦笑する。それ以外の反応を順は見せなかった。心の中に思いを綺麗に封じ込めている。感情が無意識に流れ出すこともない。水輝は舌打ちをして順の手元を見た。
内容はともかくとして、一枚ずつ丁寧に書かれた報告書だ。手書きということもある。作成には随分と時間がかかったのではないだろうか。それを簡単に笑い飛ばしてしまっているのだから、自分も順と同等か、もしくはそれ以上に性格が悪いかも知れない。水輝はぼんやりと思いながら無言で報告書を見下ろしていた。
色鉛筆で塗られた絵を見ていると、何故か幼稚園児の描く絵を連想してしまう。智美は高校一年生と聞いた。もちろん、智美の絵は器用に鉛筆を使って描かれている。通常の幼稚園児のつたない筆遣いではない。だがどうしてだろう。智美の絵にあどけなさを感じるのだ。そしてある種の残酷さがあるような気がする。
水輝は自然と食い入るように智美の絵を見つめていた。順がふと顔を上げる。そこで初めて水輝は自分が順の手元を覗き込んでしまっていたことに気付いた。慌てて頭を上げる。
「あいつに似ていると言われるのは心外だけど、水輝ちゃんがそんなに熱心に見つめてくれるのは嬉しいかもね」
茶化した調子で告げた順に水輝は渋い顔をした。誰がお前を見てるか、と言い返す。順はくすくすと笑いながら報告書を閉じた。
「でもオレの足止めしても無駄かもよ?」
「何でだよ」
さらりと言った順に水輝は不機嫌なままで言い返した。順が軽く肩を竦めて立ち上がる。窓際に歩いて行く順の姿を水輝は黙って目で追った。手から伸びた鎖が音もなく床を這いずる。ふと、順は足を止めて床を見下ろした。鎖をそっとたぐり寄せて小さく笑う。
「だってあの多輝って子、見当違いのところに行ってると思うから」
そう言って順は肩越しに水輝を振り返った。口許には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。水輝はため息をついて報告書を指で叩いた。つまり、順は優一郎の見立てに間違いがあると言っているのだ。
「へえ?」
ぴたりと指を止め、水輝は目を細めた。報告書を指先でなぞっていく。おもむろに目を戻すと順は既に窓の外を眺めていた。背中に伸びる髪は長く滑らかだ。水輝は静かに立ち上がって順の隣に並んだ。
順が黙って空を指す。水輝は素直に順の指先を目で追いかけた。青い空に雲が押し寄せてきている。もう少ししたら雨が降るだろう。水輝は片方の眉を跳ね上げてああ、と呟いた。
「もうすぐ雨になるな」
「そうだねえ。雨かあ」
そう呟いて順はしばし沈黙した。そしてふと水輝を見る。水輝も黙って順と目を合わせた。視線がぶつかると順が小さく笑う。水輝は黙って顎をしゃくった。
「あのね、多輝って子が行ってる学校なんだけどねえ。実はうちの科学研の実験場なんだよ。んだからまあ、全くの大外れって訳でもなくてね」
水輝は腕組みをして目を細めた。一睨みすると順が言いにくそうに続ける。
「だ、だからね。ほら、実験場なだけに色んなものが落ちてるんだけどね。でも目的の物は落ちてない筈……なんだよねえ。多分だけど」
「つまり、機械人形はないってことか? くそがきの潜入先には」
「そ、そんな殺気立たなくてもいいじゃん」
低い声で言い返した水輝に順が慌てる。だが水輝は順の振った手を無造作につかみ、にっこりと笑った。
「要するにお前、最初っからくそがきがどこに行ったのか知ってて、さらにおれに黙ってたってことか?」
「ちょ、ちょっと待った! いや、だからね? 水輝ちゃあん」
急に順が情けない声になる。だが水輝はあくまでもにっこりと笑っていた。ゆらりと腕を動かして順の手をねじり上げる。順は悲鳴を上げて床に膝をついた。
「痛い痛い! マジで痛いってば!」
「ったりまえだ。痛くしてんだからな」
笑みを崩さず、水輝はそう告げた。順は涙目になっている。水輝はふっと笑いをおさめ、窓の方を見つめた。暗い雲が空の端から段々と広がっていく。それを眺めて水輝はまたにっこりと順に笑いかけた。
「これは、今から嵐になるなあ」
「うわ! ちょ、ちょっと待ってってばあ!」
「家の一つくらい吹き飛ぶかも知れないな。ひょっとしたら地盤も緩んでどこぞの河が決壊するかもなあ。あーあ。順の家も巻きこまれるかも知れないぞ?」
「うわっ、卑怯技!」
「誰が卑怯か、誰が」
そう告げてから水輝は順の手をおもむろに解放した。慌てて順が自分の腕を胸の前に引き寄せる。肩や腕をまんべんなく手で触れ、順は情けない顔のままで目を上げた。さながら苛められている小動物だ。
「もう。仕方ないなあ。判ったよ」
肩を落としてため息をつき、順はがっくりとうなだれた。水輝は浮かべていた笑みを消し、黙って腕組みをした。見下ろしていると順がゆらりと顔を上げる。疲れきった笑いを浮かべ、順は深々と息をついた。
「だからね。最初から探す場所を間違えてるんだってば。そんなにむきになって探らなくてもいい場所に転がしてあるんだから」
「探らなくてもいい場所、ねえ」
そう返して水輝は窓に寄りかかった。口許に指を当てて目を閉じる。順はもう諦めたのだろう。さっきまで心の外側に張り巡らせていた鉄壁のガードを解いている。流れてくる思考を読み、水輝は次に頭を抱えた。
「……お前、それは悪趣味だろう」
「勝手に勘違いしたのはあっちだもん。オレは悪くないもん。第一、オレは水輝ちゃんがここに来たときからあの子たちを止める気なんてなかったんだしさあ」
唇を尖らせた順は一回り幼くなったように見える。思わずお前幾つなんだ、とぼやく。だが順はまだそっぽを向いてふて腐れたままだ。水輝はさっきの順に負けないくらいの深いため息をつき、額を覆って低く呻いた。
そもそもプロット組んでいないので、何となく書いた挙げ句、自分でびっくりする展開になることが多々あります。
それが楽しいので書いてる節もありますねw