エロシーンはないです。
朝食が狭いカウンターに並べられた時、廊下をパジャマの姿の優一郎が通りかかった。顔でも洗おうと思っていたのだろう。最初は寝ぼけた顔つきでキッチンを見やり、過ぎようとする。だがすぐに優一郎は慌てた様子でキッチンを覗き込んだ。
「起きたのか? 悪い。ちょっと遅くなったけど飯が出来たぜ」
多輝は上機嫌でにんまりと笑った。どうやら間に合ったようだ。優一郎はただ唖然とカウンターの上を眺めている。そうしているといつもは大人びて見える優一郎も年相応に見えるから不思議だ。多輝は小さく笑いながら顎をしゃくった。
「顔、洗ってくれば?」
「あ、うん」
生返事をして優一郎が廊下に戻る。多輝は笑いを噛み殺しながら茶碗にご飯をよそった。味噌汁を注ぎ分ける。
やがて優一郎が戻ってくる。顔を洗ってさっぱりしたのか、さっきまでの寝ぼけた表情はない。にっこりと笑って挨拶する。多輝も明るく挨拶の声を返し、席についた。向かい側に優一郎が腰を下ろす。
穏やかな食事の時間が終わり、優一郎は学校に向かった。多輝もおう、と返事して優一郎を見送った。優一郎は地上で授業を受ける。そして自分はその間は地下で大人しくしていなければならない。多輝は優一郎に振った手を下ろし、ふとその手を見下ろした。
どうして自分はずっとここにいるのだろう。別に地下から出て自分の家に戻ってもいい。それを止められてはいないのだ。だがどういう訳か戻る気にならない。多輝は苦笑して特別室へ飛んだ。
まだ穏やかなクラシック音楽は流れている。多輝はそっと閉じていた目を開けた。食器も片付けたし、他にすることはない。多輝は欠伸をして服を脱ぎ始めた。きっちりとハンガーにメイド服を戻す。床に散乱していたパジャマを身につけ、多輝はのろのろとベッドに上がった。布団を頭から被る。
次に目が覚めたのは昼過ぎてからだった。多輝は枕元の時計を確認してから身体を起こした。眠りが浅かったためなのか、奇妙な夢を幾つも見た。だがその記憶は曖昧ではっきりと内容を思い出すことが出来ない。多輝はぼんやりとした眼差しをしてしばらく呆けていた。
いつの間にか音楽は止まっている。もしかしたらタイマーでもセットしてあるのかも知れない。多輝はまだ回転の鈍い頭でそれだけを考えた。身体の力を抜いてベッドに上半身を倒す。勢いよく倒した身体がベッドの上で軽く跳ねた。
そういえばどれくらいこの学校の人間と会っていないだろう。数日のはずなのにやけに長い時間、優一郎以外の誰にも会っていない気がする。外には確かに出たが、そこは多輝の知らない場所だった。果穂という知り合いも出来たし、加奈という傀儡もできた。だがそれはクラスメイトたちと楽しく話をしたりすることとはどこか違う。そうして考えるとこの機体になってからは誰かとのんびりと話をしたこともない。
多輝はベッドに寝転んだまま視線をずらした。天井から釣り下がっている銀色のイルカが僅かだけ揺れている。校舎の真下にある地下施設の間近を地下鉄が通っているからだ。音だけは完全に防いであるが、振動は殺すことが出来ないらしい。微かに施設の全体が揺れているのだ。多輝はしばらく揺れるイルカを見つめていた。
そういえば最近、ゲームもしてないなあ。多輝は何気なくそう呟いた。口にするともっとはっきりとした欲求が生まれてくる。クリア間際だったゲームがあるのだ。最後の敵を倒すのみ、というところでこの機体に入ってしまった。ゲーム機を動かしていないし、セーブデータも触っていないから、次にスイッチを入れれば簡単に同じ場面にたどり着くことは出来る。だが一度考えるとそのゲームのことが気になって仕方がない。多輝はしかめっ面になって天井を睨みつけた。
早くしないと攻略の仕方を忘れてしまいそうだ。ゲームで何度も最後の敵に倒されている多輝は段々と苛々し始めた。主人公の能力値、敵のヒットポイント、様々なデータが頭を駆け巡る。
そのうちに多輝は布団を跳ね上げて部屋の中をうろつき始めた。攻略法を呟きながら部屋の中を歩く。今までと同じ方法で戦っては駄目だ。新しい方法で敵と戦う必要がある。そのために用意しなければならないアイテムのことや、実際に敵と戦うメンツのことを呟く。そうしている内に多輝の目は輝いてきた。
「やっぱ、あいつを使わないと駄目なんだよ。出し惜しみしてっから負けるんだよなあ」
そう呟いて多輝はぴたりと足を止めた。部屋の真ん中に立って頷く。
次の瞬間、多輝は迷うことなく自分の家へと飛んだ。
飛んだ、と書くと今ひとつ判らないですよね……。
基本的には転移とかって書いてます。よーするにテレポートです。