その日、絵美佳は学校を休んでいた。正確に言えば学校にはいる。だが全ての授業をさぼっていた。地下の部室にこもり、コンピュータと向き合う。そんな絵美佳に声をかける者もいない。教師には既に欠席届をしてある。ちなみに頼んだのは智美だ。智美は最初、ためらっていたが、絵美佳の迫力に負けて仕方なく地上に戻って行った。今の時間、他の部員は誰もいない。絵美佳は心置きなくコンピュータを操っていた。
そもそもおかしい点が幾つもある。智美はどうしてこんな時期に科学部に興味を持ったのだろう。確かに時期を外した入部者もこれまでにいなかった訳ではない。だが智美は元々、科学がさほど好きな訳ではない。入部の動機がはっきりしないのだ。
そして絵美佳はついでに智美のプロフィールについても調べた。生徒会の保有するデータバンクにこっそりとアクセスすることは可能だ。そして絵美佳は速やかに智美の個人データを引き出した。
木崎智美。だがその名前は本当の名ではない。本名は不明。住所、生年月日も不明。学校側に提出された履歴についての殆どが虚偽だったと智美のデータには記されていた。怪しいどころの騒ぎではない。大体、どこの誰が高校に入るための履歴をわざわざ偽るだろう。智美にはつまり、偽らなければならない事情があったということだ。
生徒会諜報部の握るデータバンクにはそれだけの情報しか入っていなかった。後は別口から探らなければならない。絵美佳は手際よくデータバンクから抜け出し、息をついた。
さすがの絵美佳も形跡を全く残さずにデータバンクにアクセスするには時間がかかる。智美に関することを調べるだけで午前中いっぱいの時間を使ってしまった。絵美佳は硬くなった肩を手で揉み解し、首とこめかみも指先で揉んだ。重かった頭が次第に軽くなっていく。しばらくマッサージを続けてから絵美佳は椅子の上で大きく伸びをした。
壁の時計を見やる。ちょうど、上も昼食時間だ。絵美佳は立ち上がって食堂に向かった。食べられれば何でもいい。そのくらいの気分で食堂に入る。明かりをつけてから絵美佳は目を見張った。白い机の上に皿が乗っている。その上にはサンドイッチが並んでいた。ラップがかけてあり、その上にメモが乗っかっている。
『吉良部長へ。お腹がすいたら食べてくださいね。 木崎』
智美が用意してくれたものらしい。そのことを知り絵美佳は素直に喜んだ。ポットから熱い茶を淹れ、早速サンドイッチを口に運ぶ。絵美佳の好みを既に把握しているのか、サンドイッチはマスタードをきつめに効かせてある。
そういえば朝から何も食べていない。絵美佳はサンドイッチを半分ほど食べてしまってからそのことに気付いた。智美も判っていたのだろう。サンドイッチは一人分よりは多く用意してある。中には果物を挟んでいるものもある。そのフルーツサンドはきっとデザート用に作ってあるのだ。絵美佳は心の底から智美に感謝しつつ、美味しくサンドイッチを平らげた。
これだけ助手向きの部員は他にいない。絵美佳は真面目に智美を助手にすることを考えていた。それだからこそ、智美の経歴ははっきりさせておく必要がある。今はまだ在学中だが、じきに自分は研究所を持つことになるだろう。そうなった時に木村財閥と下手な揉め事を起こす訳にはいかないのだ。
絵美佳の家は科学のためなら何でも許されるという、少し特殊な約束がある。それは主である総一郎の言により取り決められたことだが、そのルールはいつでもどこでも通用するものではない。一度、外に出るとルールがまるで通用しないことを、絵美佳は小学校で知った。科学の研究のために同じクラスの男子生徒の下着を剥き取ろうとした時だ。担任の教師が真っ青になって絵美佳を止め、聞きたくもない説教をされた。その時に初めて絵美佳は知った。幾ら科学のためだと説明しても担任が許してくれなかったからだ。
だから智美の経歴ははっきりと知っておく必要がある。助手に迎え入れるために妨げになる要素をなくしておきたいのだ。後は木村財閥と交渉すればいい。そうでもしなければ幾ら科学のためと説明したところで、揉め事は起こるだろう。小学校の時と同じように。
最悪の場合は木村財閥の下で働くことになるかも知れない。だが絵美佳はその最悪については全く考えていなかった。少なくとも総一郎と敵対する立場で仕事をするつもりなど、毛頭なかったからだ。
紙コップに残っていた紅茶を飲み干し、絵美佳は研究室に戻った。スクリーン上で文字が躍っている。絵美佳の設定しているスクリーンセーバーだ。先日、苛立ちのままに入力した「多輝のばか!」という文字をしばらく見つめ、絵美佳は軽く頭を振った。マウスを小さく動かす。すると黒い画面を泳いでいた文字が消える。
今度は簡単にはいかないでしょうね。絵美佳はそう呟いて指を鳴らした。何しろ次に挑戦するのは学校のデータバンクのような生易しい代物ではない。財閥の抱える巨大な情報網を探ろうというのだ。今までの方法では到底、目的の情報にはたどり着けないだろう。絵美佳は思案しつつ何気なくメール受信をした。届いたメールはない。だが過去に届いたメールを見ているうちに、絵美佳の脳裏に何かが閃く。絵美佳は手を止めてじっと画面を見つめた。見慣れた画面を睨むようにして見つめる。やがて絵美佳は唇で笑みを刻んだ。
このマシンではない、自宅にあるマシンになら可能なことが一つだけある。絵美佳は薄く笑っていた。
これ以上判りやすいタイトルもない気が……自分用ですが(汗)