エロシーンというか……キスシーンくらいはあります。
結局、午後の授業もごく当り前に過ぎた。多輝はその間をぼんやりと窓の外を眺めて過ごした。何故か身体がだるい。絵美佳の喚き声もいつもより遠い気がする。多輝は何事かを喚いている絵美佳を振り返った。既に時刻は放課後になっている。
「あ? 何だって?」
瞬きしながらそう訊き返す。すると絵美佳が呆れたような顔になった。
「多輝ってば、約束、また忘れたとか言うつもり?」
約束。そう心の中で繰り返して多輝は今朝のことを思い起こした。そう、絵美佳と約束をしたのだ。多輝がそう思い出した時、絵美佳が怪訝な顔になった。手を多輝の額にあてがう。多輝は黙って絵美佳にされるがままになっていた。実際、抵抗する気も起きなかったのだ。
「なんか変よ? うわ、熱ある!」
「え?」
多輝は声を返して自分の額に手を当てた。確かにいつもより暖かい気がする。だが多輝は苦笑して大丈夫だ、と告げた。だが絵美佳は心配そうな顔をしている。そんな絵美佳に多輝は首を振った。
「別にお前がいいならおれは帰るけど? 合宿とやらをしたいんじゃなかったのか?」
すると絵美佳は困惑したような顔になった。だがすぐに力強く頷く。
「大丈夫よ! 特製の風邪薬を作ってあげる!」
握りこぶしを作って気合十分な返事をした絵美佳に多輝ははいはい、と笑った。絵美佳は何事かを口の中で呟き始める。どうやら風邪薬の材料を思い出しているらしい。それを見ながら多輝はのんびりと欠伸をした。
そんな時だった。
「はい、ちょっとごめんなさいよ。雨宮先輩は……ああ、いたいた」
教室に知らない声が入ってくる。多輝は訝りに眉を寄せて声のした方を見た。髪を茶色に染めた女子生徒がずかずかと教室に入ってくる。知らない女子生徒だ。大柄なその生徒に気圧されたのか、教室に残っていたクラスメイトたちは何も言わない。黙って様子を伺っているだけだ。
その女子生徒は真っ直ぐに多輝の席を目指して歩いてきた。隣に立っていた絵美佳をごめんなさいよ、と言いながら押しのけ、多輝の襟首を無造作につかむ。驚く間もなく多輝はその女子生徒に口づけられた。
口の中に乱暴に舌がねじ込まれる。多輝は思わず目を固く閉じて微かに呻いた。まるで相手を力任せに侵略するような攻撃的な口づけだ。ぼんやりしながら口づけを受けていた多輝はふと眉を寄せた。また、あの香りだ。その正体を確かめようとしていた時、不意に絵美佳が喚いた。
「あんた、何の用よ!?」
静かに唇が離れていく。多輝はぼんやりと目を開けて女子生徒を見上げた。腰を屈めていたその女子生徒は喚いた絵美佳を振り返って肩を竦めている。多輝はその女子生徒と絵美佳を交互に見やった。絵美佳は何故か怒り狂っているらしい。対する女子生徒はにやにやと笑っているだけだ。
「もう用は済んだよ。悪かったね。雨宮先輩にカノジョがいたなんて知らなかったからさ」
人の悪い笑い方をしながら女子生徒が絵美佳の肩を軽く叩く。絵美佳は真っ赤になって言葉に詰まっている。もしかしたら恥ずかしいのではなく、女子生徒の態度に圧倒されているのかも知れない。多輝はうろたえている絵美佳を眺めながらそう感じていた。
「それっておれにキスかますのが目的だったってことか?」
机に肘杖をついて多輝は女子生徒にそう訊ねた。すると女子生徒がちらりとだけ振り返る。好戦的な女だ。多輝は女子生徒の雰囲気をそう感じた。女子生徒は鼻で笑ってさあね、とだけ答えた。
「で、あんたってば誰なのよ! 大体、何でいきなりキスなのよ!?」
次々に絵美佳が喚く。すると女子生徒は小さく笑って絵美佳を眺め回した。ふうん、と呟く。絵美佳は女子生徒のそんな態度にも怯まず、胸を張った。腰に手をあててふんぞり返っている。
「うちは泉水カレン。先輩らのいっこ下。で、さっきのはキスじゃない。単なる味見」
味見。カレンと名乗った女子生徒の言葉を絵美佳が繰り返す。そして改めてカレンを睨みつけた。だがカレンは絵美佳をまだ観察している。多輝はため息をついてカレンの腕を引いた。自然とカレンの身体が後ろに傾く。その隙に多輝は耳打ちした。
「お前、機械だよな? 昼間のやつといい、お前といい……」
そこまで多輝が言った時、カレンは小さく笑いながら傾いていた身体を起こした。多輝の腕をやんわりと払ってにやりと笑う。それ以上は言うな。カレンの目は口よりはっきりとそう告げている。多輝はため息をついて窓にもたれかかった。まだあの香りがする。だが香りの正体が何かは判らない。多輝は深く息を吸ってその香りの発生源を確かめようとした。だがどうしても判らない。
「あ、味見ですってえ!? あんた、多輝のこと食い物と間違えてない!?」
「そんなに熱くなんないでよ、先輩。何だったら先輩にもお見舞いしよっか? とびきり濃いやつ」
叫んだ絵美佳にカレンがにじり寄る。絵美佳は慌てたようにカレンの傍から離れ、多輝の机の上に飛び乗った。多輝の背後に隠れようと思ったらしいが、生憎と背中は窓で塞がっている。それを見て取った絵美佳は思い直したように咳払いし、カレンに指を突きつけた。
「とにかく! 二度と、こんな真似、しないように!」
憤然と絵美佳が叫ぶ。教室に残っていたクラスメイトたちはとばっちりを受けるのが怖かったのか、既に全員いなくなっている。多輝は周囲をぐるりと見回してから絵美佳を見上げた。
「はいはい。もう何もしませんって」
そう告げてカレンは笑いながら教室を出て行った。絵美佳はまだ机の上で仁王立ちになっている。多輝はゆらりと身体を起こして絵美佳の足を腕で軽く払った。バランスを崩した絵美佳が悲鳴を上げて転ぶ。机に激突する寸前に、多輝は腕を広げて絵美佳の身体を受け止めた。そのまま膝の上に絵美佳を抱える。
「お前も二度とするなよ。机の上に立つなんて行儀が悪いぞ」
多輝は苦笑して絵美佳の顔を覗き込んだ。多輝の腕の中で身体を丸くしていた絵美佳が真っ赤になる。ゆっくりと絵美佳を下ろし、多輝は深く息を吸い込んだ。熱のせいなのか、何故か身体がだるいのだ。静かに息を吐き出し、多輝は絵美佳に力なく笑いかけた。
「悪い。先に部室に行っててくんねえ? おれ、ちょっと休んでから行くから」
そう告げて多輝は再び窓に寄りかかった。絵美佳が判ったと小声で答え、身を翻す。軽い音を立てて閉じたドアを眺めながら多輝は深呼吸をした。教室には他に誰もいない。急に静けさが身に染みる。耳を澄ませると自分の鼓動が鼓膜に伝わってくる。血の流れる音を感じながら、多輝はそっと目を閉じた。
メカ娘にかまされるだけで、ちゅーシーンというのは微妙かもです(汗)