エロシーンはないです。
さいってー。
多輝はゲームのコントローラーを握って低く呻いた。顔が勝手に引きつる。いい案だと思って試したことが全て裏目に出てしまった。主人公が画面の中央に倒れ、上からはスポットが当たっている。黒い背景の中に倒れる主人公に被さるように、ゲームオーバーの文字が現れる。多輝は無言で手を伸ばした。無造作にリセットボタンを押す。
画面が切り替わる。再び現れたゲームの初期画面に向かい、多輝は歯軋りしながら呟いた。今度はぜってー負けねえ。だがそう言うのもこれで三度目だ。多輝は昼食を採ることも忘れ、ひたすらゲームを続けていた。
そろそろ学校も昼時間が終了する。だが多輝は全くそのことを気にかけなかった。気にする余裕などなかったというのが正しいだろう。プレイするのも久しぶりということもあり、多輝はいつも以上に熱中していた。掛け声と共にボタンを押す。セーブしておいた場面まで一気にジャンプする。
不意に背中が冷たくなる。多輝は掠れた声を発して振り返った。いつの間にか誰かが背後に立っていたのだ。
「よく続くね」
にっこりと微笑んだ相手に息を飲む。多輝は慌てて手にしていたゲームのコントローラーを放り出した。慌て過ぎて声が出ない。多輝は口だけを動かして相手の名を呼ぼうとした。
が、目を見開いて硬直する。確かによく知る相手の筈だ。多輝はその相手を指差したままで動けなくなった。姿形は知っている。だがどうしても呼べないのだ。
「驚いてもらえたのなら光栄だな。けれどいつまでも固まっているというのはどういうことかな?」
青年が笑う。多輝の突きつけようとしていた指をやんわりと押さえる。青年の滑らかな肌が触れた途端、多輝は顔を引きつらせて畳の上で後ずさりした。背中にテレビが当たる。
「誰だ、お前」
乾いた喉から何とか声を出す。多輝は青年を睨みつけてそう言った。だが青年は多輝の動揺など微塵も気にしていないらしい。感心したように部屋の中を見回している。多輝はおい、と再び青年に声をかけた。
その青年は立城にそっくりな姿をしていた。見た目にはどこにも違いはない。だが明らかに流れてくる波動が異なっているのだ。多輝はきつい眼差しで青年を睨みつけた。青年は苦笑を浮かべ、なるほどと呟いた。口許に指を当てる仕草までもが立城によく似ている。多輝は自然と口の中にわいてきた唾液を音を立てて飲み下した。
「その程度のことが判るまでには成長しているということか」
そう告げた途端、青年は浮かべていた笑みを消した。腕組みをして多輝を見下ろす。僅かな変化の筈なのに、そうしただけで青年はまるで立城とは別人に見えた。多輝は瞼を擦って瞬きを繰り返した。
「だから、さっきから誰だって訊いてるだろ?」
多輝は低い声でそう訊ねた。本当ならこんな風に見下されるのは嫌いだ。だがどうしても立ち上がれない。悔しい思いをしている多輝に、青年は微かに笑った。その笑みはだが、さっきまでのものとは全く印象が違う。薄ら寒くなるような冷たさがあった。
「どうせ聞いても君には理解できないだろう。それなら聞くだけ無駄というものだと思うがね」
そう言いながら青年はゆっくりと多輝に近づいた。多輝は慌てて周りを見た。だが元々六畳しかない部屋だ。しかも青年は一つきりの入り口を背に近づいてきている。逃げるなら青年を避けなければならない。だが多輝はそこまで考えて、自分の思考に笑いそうになった。どうしてわざわざ逃げなければならないのだろう。勝手に部屋に上がりこんできたのはこの青年の方だ。出て行くべきなのは自分ではない。それにたとえ多輝が逃げることになっても、わざわざ青年の手をかいくぐる必要はないのだ。思うだけで瞬間的に移動することが可能なのだから。
そこまで考えた時、青年は多輝の真正面に迫っていた。腰を屈めて多輝の顔を覗き込む。
「君たちの新婚ごっこも悪くはないが、生憎、わたしは気が短いんだよ」
身構える間もない。多輝が息を飲んだ一瞬の隙に、青年は指を閃かせた。唐突な闇に襲われる。多輝はそれきり、意識を失った。