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いつものように階段を降り、地下施設に向かう。だが今日は行く手を阻む人影があった。優一郎は隣にいた斎姫に目配せをし、人影に近づいた。階段の踊り場に腕組みをして立っていたのは絵美佳だった。珍しく絵美佳の白衣にはきちんとアイロンがかけられている。どうやら絵美佳の白衣の状態を気にするような部員が科学部にも入部したようだ。優一郎は苦笑しながら絵美佳の元へと降りた。斎姫は優一郎に無言で示された通りに階段の途中で立ち止まっている。
そういえばこうして絵美佳に会うのはいつぶりだろう。優一郎はのんびりとそんなことを考えていた。優一郎自身もしばらく家に戻っていないし、たまに家に帰っても絵美佳の方がいなかったのでここのところは会っていなかったのだ。
「久しぶりね、優一郎」
絵美佳の方も同じことを思ったのだろう。そう挨拶する。優一郎も微笑を浮かべてそうだね、と答えた。後ろで斎姫はどんな顔をしているのだろう。優一郎は絵美佳と話しながらそのことを気にかけていた。きっと緊張しているのではないだろうか。絵美佳は斎姫の正体を知る、数少ない人間だ。だが斎姫は絵美佳に自分の正体が知れていることをはっきりとは知らない。おぼろげに判っているだけにたちが悪い。どちらかはっきりさせられないために自然と緊張してしまうのだ。
優一郎と絵美佳はしばらく他愛ない会話をした。お互いが知っている家の状況を話し、続いて研究の進み具合について話す。そうしながら優一郎は何気なく斎姫を振り返った。思った通り、斎姫は鞄をきつく握り締め、軽く俯いている。傍を他の生徒が通る時、斎姫はさりげなく道を譲っている。礼や詫びを言われても頷くだけだ。どうやら斎姫なりに優一郎と絵美佳の邪魔をしないように気をつけているらしい。
そのことに絵美佳も気付いたのだろう。二人は絵美佳に食堂へと誘われた。断る理由はない。優一郎は斎姫と共に絵美佳に従った。
食堂は閑散としている。昼の休憩時間が過ぎると生徒たちは殆ど食堂を利用しない。調理人たちも昼を過ぎると帰ってしまうから、食券の販売もされない。ただ、茶だけは無料で飲めるので、時折は生徒もここを利用する。だが今日は誰もいない。絵美佳が悠々と進むその後ろを優一郎は黙ってついて歩いた。斎姫も無言で追ってくる。
並んでいるテーブルの一つを選び、絵美佳は腰を下ろした。斎姫は鞄を椅子に据えてすぐにどこかへと行ってしまう。優一郎は苦笑しながら絵美佳の真正面に腰を下ろした。すぐに済む話ではなさそうだ。恐らく、さっきまでのささやかな会話は単なる布石だったのだろう。本当の要件は恐らくここからだ。
斎姫が二人分の茶を運んでくる。優一郎は微笑みを返して紙コップを受け取った。絵美佳も明るく礼を告げる。斎姫がほっとした顔になったところで優一郎は顔を上げた。
「悪いけど先に部室に行ってもらえるかな。僕は後で行くよ」
そう告げると斎姫は素直に頷いた。斎姫には地下施設の鍵の開け方を教えてある。他の部員たちも斎姫がいれば地下に入ることが出来るだろう。静かに食堂を出て行く斎姫の後姿を見送り、優一郎は絵美佳に目を戻した。
紙コップを両手に包み、絵美佳は唇を引き結んでいる。よほど言いにくいことなのだろうか。優一郎はそう考えながら茶を啜った。すると音に反応したように絵美佳が目を上げる。
「鍵が開かないのよ」
絵美佳は唐突に切り出した。優一郎は微笑みを浮かべたまま首を傾げた。一体、どこの鍵が開かないというのだろう。のんびりとそう考えている優一郎を睨むようにして、絵美佳は身を乗り出した。
「だから、鍵が開かないのよ!」
「どこの?」
ストレートに問い返す。すると絵美佳は悔しそうに握りこぶしを震わせ、テーブルを強く叩いた。
「家のよ!」
そう言われて優一郎は眉を寄せた。変なことを言う。思ったままを顔に出すと、途端に絵美佳が優一郎を叱り付けた。姉をそんな目で見るなんてどういう了見か。そんなことを叫んでいる。優一郎はため息をついてコップをテーブルに戻した。
微妙な文字数だったのですが、三分割しました。