翠見参w
あ、エロシーンはありません。
また生まれる気などなかった。そう絵美佳は静かに告げた。だが青年は笑って肩を竦める。その姿を早く変えろ、と絵美佳は続けた。けれど青年は首を横に振った。
だから気持ち悪かったのだ。絵美佳は内心、納得していた。青年が別の誰かの姿をまとっているから、掛け替えのない誰かの姿を模しているから、だからこそ自分は激しく青年を拒絶していたのだ。
「怒るわよ」
絵美佳は一言、そう告げた。すると青年が意外そうな顔になる。
「怒っている、の間違いだろう?」
そして青年の姿が溶ける。現れたのは全く別の姿だった。長い髪を背中に払い、青年が笑う。
絵美佳は目を細めて青年を見た。あれから全く変わってなどいない。その思いが心の何処かにある。だが同時に圧倒されてもいた。確かに魂は同じかも知れないが、絵美佳として生きた時の記憶の方が今は濃い。だから青年の纏う仄かな光に驚愕もした。
だが絵美佳は逃げなかった。真っ直ぐに青年を見つめる。
「
その名を呼ぶと青年が僅かに眉を上げた。翠というのが青年の名前だ。だがその名も真実の名なのかどうか、誰も知らない。時を司る天空の王と呼ばれている翠は、その正体が謎とされたままなのだ。
「何の冗談かは知らないけれど、あんまりばかにするともっと怒るわよ」
「わたしは残念ながら冗談を言っているつもりはない。あなたがわたしの名を知っていることが何よりの証拠だろう?」
そう言って翠は穏やかに笑って見せた。絵美佳はため息をついて頭を軽く振った。たとえ自分の魂の正体がわかったところで、別に何かが変わる訳ではない。人ではないと言われたところで、それが現実に力となる日にはまだ間がある。恐らく、自分は完全にはなっていない。そのことが絵美佳にはよく判っていた。
今、ここで翠に怒りをぶつけるのは得策じゃない。絵美佳はそう思いながらふと多輝に目をやった。懐かしい輝きが目の前にある。紺色の輝きが、絵美佳の目にも鮮やかに見えた。
「多輝を元に戻して」
小さく絵美佳は呟いた。翠は微かな笑みを浮かべたまま、首を傾げた。絵美佳は顔を上げ、翠に向き直った。お願い、と告げる。だが翠は薄く笑いながら息をつく。
「その方法はあなた自身がよく知っている筈だ。いや、今から知ることになるのかも知れないが」
「そうやってのらりくらりと逃げてばかりで! もっとはっきり言ったらどうなのよ!」
辛うじて怒りを抑え、絵美佳は小さな声でそう告げた。激して翠に攻撃を加えても、恐らく簡単に避けられてしまう。そして翠は攻撃した絵美佳に容赦など全くしないだろう。もしかしたら気紛れに移し変えた魂ごと、肉体を千々に引き裂くかも知れない。翠ならそのくらいのことはしてしまうのだ。
だが翠は絵美佳にそう言われても笑っていた。だが答えるつもりもないようだ。絵美佳は苛々しながら腕組みをした。けれどどれほど待っても翠ははっきりとその方法を教えてはくれない。
結局、絵美佳は諦めて智美のことを探ることを優先させることにした。その際、翠が幾つかの助言をしてくれた。お陰で木村のデータバンクに入り込むことに成功した絵美佳は、奇妙なフォルダを見つけた。
木崎智美に関するデータが一つのフォルダの中にまとめられている。絵美佳は貪るようにデータを読んだ。翠はその間、黙って絵美佳を見守っていた。
「結局、あいつはあたしと多輝を問答無用でここに放り込んだわ。空間を渡してね。ばかみたいな話だけど、あたしはつい悲鳴を上げちゃったわ。だってあたしには初めての経験だったんだから」
そう括って絵美佳は疲れた笑いを浮かべた。話を聞いていた智美が呆然としているのがわかる。これまでの絵美佳の話を聞き、一度で理解しようとする方が難しいだろう。そのことは絵美佳にも判っていた。だがどうしても先に話しておきたかったのだ。本来ならしなくていい話なのにね、と絵美佳は内心で呟いた。
智美はどうしても必要だ。今までももちろん、必要だと思っていた。だが真実の一端を手に入れた絵美佳には、智美は余計に必要な人材になっていた。
「あたしは力をつけなきゃならない。今よりもっとたくさん勉強もしなきゃならない。いつか」
いつか必ず覆すために。絵美佳は口を引き結んで心の中でそう続けた。智美が怪訝そうな顔になっている。ああ、と笑って絵美佳は何でもないと告げた。
今はとにかく智美の方が先だ。絵美佳はそう思い直して智美に向き直った。
「あんたのデータ、見たわ」
「あのっ、すみませんっ」
すかさず智美が頭を下げる。絵美佳は小さく笑って軽く手を振った。きっと智美は諜報活動が知れたことを恐れているのだ。だが絵美佳が見たデータには別のことが記されていた。
智美という人間は今はもうこの世にいない。智美という名は虚偽のものだから、正しくは巴という存在だ。木崎巴。今、生きていれば自分たちと同じくらいの年齢になっている。
巴は幼い頃、交通事故に遭った。そして肉体の殆どが潰れてしまったのだ。そして巴の両親は木村財閥の科学研に巴の遺体を譲渡する。
「あんたの本名は木崎巴で間違いないわね?」
絵美佳は静かにそう告げた。すると智美……巴が怯えたような顔になる。
巴自身に事故の記憶はない。木村に使われやすいよう、都合よく記憶の調節が為されているのだ。だから巴自身、自分がごくまっとうな人間だと思い込んでいる。だが絵美佳が探った巴に関するデータには様々な事象に就いての詳細が記されていた。
巴の身体は残った生体部品を組み込まれてはいるが、作り物だ。生きていた頃の巴とは全く別物と言ってもいい。たとえば斎姫は自分の脳を持っている。けれど巴には脳はない。思考している物すら、実は機械なのだ。だが絵美佳はそのことを巴には告げなかった。どうしても巴が必要だったからだ。
あたしもずるいかもね。絵美佳は内心で自嘲した。
「あの、吉良部長……怒ってないんですか?」
事情が知れたことに怯えたまま、巴が小さくそう呟く。絵美佳は笑ってそんなことないわ、と告げた。
翠とかいて「みどり」と読みます。
フリガナいれときますー。