※この作品はR-18です。

夢の隙間   作:伊駒辰葉

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エピタイはなかなかいいのを思いつかない……
ほぼ自分のためにつけてます。
あ、エロシーンはないです!


倒れて保健室に

 何とか許可を取り付けたのは昨日だった。あれからしばらくの間は主人から全く連絡がなかったのだ。それも当然だ。通常、智美に主人が直接に話し掛けてくることはない。仕事の依頼は全て、別の人間から流れてくる。だが報告書だけは主人の許に毎日、確実に届けられている。

 

 そんな主人から昨日、初めて直接に許可するという旨の連絡をもらった。智美はそれでやっと安心することが出来たのだ。こちら側の生徒会に弱みを握られてしまったことをまさか報告する訳にはいかない。そんなことをすれば、即座に自分は首になる。それだけはごめんだった。かといって、無許可で部に所属する訳にはいかない。智美は懸命に考え、何とか科学部に入部しなければならない理由をでっち上げたのだ。

 

 だがそれは全くのでたらめではない。この学校の地下に何かの施設があることは間違いない。そこが一番怪しいのも確かだ。けれど地下を探るには科学部員にならなければ無理だ。智美は主人と生徒会長の要に何とかそれで納得してもらうことにしたのだ。

 

 智美は教室を出てあの開かないドアに向かった。生徒が帰宅するのを待っていたために、もう日は西に傾いている。試しに科学部のことをクラスメイトに訊ねてみたのだが、誰もまともには答えをくれなかったのだ。ああ、あの変な部でしょ。そんなコメントはまだいい方だ。ある男子生徒などは真っ青になって、俺は知らないと何故か智美に叫び返してきた。

 

 結局、クラスメイトに出来るだけ見つからない時間を選び、科学部にコンタクトすることにした。別に他人の目など気にしなくてもいいのかも知れないが、自分の場合は普通の生徒ではない。無意味に目立つのはご法度だ。智美は周囲の様子を伺いながら東校舎の一階の廊下を歩いた。西に日があるために、こちら側の校舎の中は少し暗い。智美は緊張しながらドアを目指した。

 

 要が智美を急かさなかったのは幸運だった。科学部を探れ、とあの日に言ったきり、要はコンタクトしてこなかったのだ。もしかしたら忘れてくれてるかも。智美はそんな甘い期待も抱いたが、時折、誰かの視線を感じるたびにその考えを拭い去った。そんなことはある筈がない。学校の中にいる限り、生徒会の諜報部とやらは自分を見張っているに違いないのだ。

 

 廊下を歩く。だが智美は途中でふと足を止めた。ドアの前に誰かが倒れている。それを見つけた智美は反射的に駆け出した。倒れている男子生徒に声をかける。

 

「あのっ、大丈夫ですか?」

 

 智美が焦りながら声をかけると、うつ伏せに倒れていた男子生徒がゆっくりと動く。頭を上げたその男子生徒を見て、智美はあっと声を上げた。あの日、自分を助けてくれた生徒だったのだ。

 

 雨宮多輝。メモした生徒のフルネームはすぐに智美の耳にも入ってきた。多輝はどうやら去年まで悪名高いカップル破壊者だったらしい。らしい、というのは智美も噂しか耳にしなかったからだ。

 

「あ……悪い。そ、か。おれ、倒れたのか」

 

 多輝は苦しそうに顔を歪めながら震える腕をついて身体を起こした。壁にもたれて座り込む。智美はどうすべきか判らず、ただうろたえていた。明らかに多輝は身体の調子を崩している。

 

「あれ? あんた、確か……ええと、木崎智美ちゃん?」

 

 多輝は力なく笑いながらそう告げた。智美は慌てて頷きながら多輝の足元にしゃがみこんだ。ごめんなさい、と詫びて多輝の額にそっと触れる。そして知美は目を見開いた。多輝の顔が赤かったのは、やはり夕日のせいではない。熱があるのだ。

 

「凄い熱ですよ。すぐに病院に行った方が」

「大丈夫だ。そんな、やわじゃ、ねえから」

 

 荒い息をつきながら、多輝は智美の手を額からそっとはがした。智美はまだ熱さの残る手を握り締め、黙って多輝を見つめた。

 

 どうしよう。ここに置き去りにする訳にもいかないし。智美がそう思っていると、ふと多輝が苦笑した。

 

「智美ちゃん、いい子だな。心配ねえって。おれならすぐ、治るから」

 

 だが多輝が言うように簡単に回復するとは到底、思えない。智美はしばらくためらっていたが、ふと思い出した。そうだ。学校には具合の悪い生徒をみてくれる保険医がいる。今ならまだ保険医もいるかも知れない。智美は自分の考えに力強く頷き、多輝の顔を覗き込んだ。

 

「あの、雨宮先輩。保健室に行きましょう」

 

 そう言って智美は多輝の腕を取った。多輝の身体を支えながら立ち上がる。多輝も智美の言うことを理解してくれたのだろう。智美に寄りかかりながら素直に立ち上がる。

 

「ごめんな、智美ちゃん。ありがとう」

 

 言われた智美はいいえ、と笑顔で応えた。多輝は力なく笑って懸命に足を進めている。智美は出来るだけ多輝の速度に合わせ、ゆっくりと保健室へ歩いた。だが時折、多輝がよろけてしまう。智美はその度に抱きしめるようにして多輝の身体を支えた。どうして自分はこんなことをしているのか。だが智美はそのことすら考えなかった。確かに仕事は大切かも知れない。だが、やはり困っている人を見過ごすのは嫌だった。それだけのことだ。

 

 何とか保健室にたどり着く。多輝はドアの前で足を止めた。智美も立ち止まる。

 

「智美ちゃん、科学部に用があったのか? もしかして」

「あ、はい」

 

 智美はストレートに訊かれて素直に答えてしまった。慌ててええと、と視線を泳がせる。だが多輝はそんな智美に苦笑した。

 

「そっちのポケットにさ。携帯、入ってるんだ。ちょっと、出してくんねっかな」

 

 目で示されて智美は多輝のブレザーのポケットに手を入れた。折り畳み式の携帯電話を取り出す。多輝は力なく垂らしていた右腕をゆらりと上げ、智美の手から携帯電話を受け取った。焦点が合わなくなりつつあるのだろう。目を細めて苦しそうに顔を歪めている。そんな多輝にはらはらしながら智美は黙っていた。

 

「ああ、繋がった。……おれだ。科学部に、用があるって子がいるぜ。……ああ、おれは後で……だから……」

 

 電話で話していた多輝の顔が段々と不機嫌になる。それを見ながら智美はさらに不安になった。多輝が目を細めて智美から顔を背ける。

 

「だからおれは後で行くっつってんだろ!」

 

 多輝は急に大声を張り上げた。廊下に響き渡った声に智美はびくりと身体を震わせた。思わず首を竦める。多輝はそれで電話を切ってしまったらしい。息をついて電話を握っていた腕から力を抜く。だがそれだけで多輝は動きを止めなかった。手から携帯電話が滑り落ちる。そしていきなり多輝の身体から、完全に力が抜けた。智美は廊下に沈む多輝にすがりつきながら悲鳴を上げた。

 

「なに。どうしたの?」

 

 智美の声を聞きつけたのか、ノックもしないのに保健室のドアが開いた。現れたのは保険医の名倉玲花だ。智美は安堵のため息をつきかけ、慌てて多輝を目で示した。玲花も多輝を見下ろし、焦ったように屈みこむ。

 

「雨宮くん? あなた、雨宮くんよね? どうしたの、一体」

 

 上ずった声で言いながら玲花は多輝の頬に手を当てている。智美は泣きたくなりながら多輝が廊下に倒れていたところから説明した。玲花は頷きながら多輝の身体を支えている。だがそうしている間も多輝は全く動かない。だが呼吸はある。

 

「あの、あたし、どうしたら」

「慌てなくて大丈夫。熱があるようだからとりあえずはベッドで休ませましょう。手伝ってくれる?」

 

 落ち着いた玲花の声に智美は何度も頷いた。言われた通り、多輝の身体を支えて保健室に入る。玲花と一緒に多輝を支えながらベッドに近づく。二人は力を合わせ、何とか多輝の身体を抱え上げ、ベッドに横たえた。

 

「あなたは……ええと」

 

 玲花は困ったような顔で智美を見つめている。智美は慌てて名乗った。玲花は頷きながら智美の名を繰り返す。そして改めて顔を上げ、玲花は微かに笑った。

 

「もう大丈夫よ。雨宮くんは私が看ているから」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 何となくそう答え、智美は頭を下げた。玲花は小さく笑っていいのよ、と告げる。大人しく保健室を出た智美は釈然としない気分であのドアへと向かった。

 

 どうして玲花はあんなに落ち着いていたのだろう。保険医だからだろうか。だが、生徒が意識を失っているのだ。普通はもう少し……別の対処をするのではないだろうか。智美はそう考えながら東校舎に戻った。

 

 それに先生、笑ってた。智美は口の中でそう呟き首を傾げた。病人が運ばれてきたことが嬉しい? まさかね。智美はそう続けてふと顔を上げた。そして目を見開く。先ほどのドアの前に、知らない誰かが立っている。白衣を着た女子生徒だ。壁にもたれて立っているその女子生徒はなぜか泣いているように見えた。だが智美が近づくとその女子生徒はぱっと顔を上げて微笑を浮かべる。さっきのは錯覚だったのかしら。智美はぼんやりと思いながら何となくその女子生徒に頭を下げた。

 

「あなたが科学部に用があるって子?」

 

 言われて智美は頷いた。そして目を見張る。さっき、多輝が電話をかけていたのはこの女子生徒なのだ。それを理解した智美に微笑みかけ、その女子生徒は軽く頭を下げた。

 

「あたしは吉良絵美佳。科学部の部長を務めているわ」

 

 にっこりと笑う絵美佳からは全く涙の気配を感じない。やはりさっきのは錯覚だったらしい。だがすぐに智美は自分の勝手な想像に恥ずかしくなった。思わず俯いてしまう。

 

「あの、あたし、木崎智美です。その」

 

 智美はしばらく視線を彷徨わせてから意を決して顔を上げた。今はとにかく地下に入らなければならないのだ。多輝のことも他のことも、今は考えないようにしよう。智美は内心でそう呟き、絵美佳に深々と一礼した。

 

「あのっ、あたし、科学部に入部したいんですけど!」

 

 智美の懸命な訴えを聞いた絵美佳はすぐには反応しなかった。だが一瞬の間を置いてにっこりと笑う。そう、と嬉しそうに告げて絵美佳は智美の手を取った。

 

「検体に? 嬉しいわ! うちの部、明日から合宿なのよっ!」

「……はい?」

 

 聞き間違いだろうか。そう思いながら智美は絵美佳につられて愛想笑いをした。だが絵美佳の方は真面目に喜んでいるように見える。確かに明日から連休が始まる。だから合宿も出来なくはない。三日間だけの短いものにはなるが。

 

 でも、けんたい? けんたいってなんだろう。智美は疑問に思いながら、どうしてもその意味を訊くことが出来なかった。




4,000文字ちょっとだったのでこのままアップします。
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