あ、エロはないです。
大きなばら。小さなばら。色とりどりのばらはいつ見ても美しさを保っている。たとえ手折っても次の夢では必ず完璧な庭に戻っているのだ。
そして夢は覚めない。覚めたと思った瞬間に次の夢の中にいるのだ。時間の流れもここではよく判らない。ただゆっくりとした時が流れているように思える。都子はぼんやりと空を見上げていた。
雲一つない紺碧の空。鳥すら横切ることのない空だ。影のない世界。夢以外ではない世界。それが自分の全てだと思うと少し寂しくなる。多分、いや、ずっと永遠にこの夢は破れないだろう。そしてどれほどに待っても誰も迎えになど来てくれないのだ。都子は小さく笑ってベンチにもたれかかった。
噴水が飛沫を散らす。柔らかな日差しを浴びて水面がきらきらと揺れている。花園はいつも穏やかだ。だから時折、夢が消えることを望んでしまう。それは思ってはいけないことだ、と都子は自分を嘲笑した。情けない気分になる。だがそれでも都子の心とは全く関係なく、花は鮮やかなままだ。少しも衰えたりしない。
こうしていつまで私はここにいるのだろう。時折、そう考える。その瞬間に心にいつも答えが浮かぶ。永遠に。あの人が生きている限り、自分はこの夢の中にいるのだ。そう心の何処かが応えるのだ。
やがて来る破滅の時を待つためだけに用意された花園。あの人の命が潰えた瞬間に、きっと私もここも消滅してしまう。そしてあの人にはきっと会えない。都子はぼんやりと空を見上げながらそう呟いた。口に出してみると余計に寂しくなる。
だが愛しいと思ってもあの人を望んではいけない。もう、二度と会えない人なのだから。
風が吹く。花が揺れる。ばらに囲まれた都子は一人、静かに泣いていた。だが次の瞬間、都子は慌てて顔を上げた。聞き慣れない音がする。それはばらの枝をかき分ける音だった。
「ああ、ここにいらっしゃったんですね」
穏やかな笑みを浮かべて一人の青年が都子の前に現れる。都子は驚きに息を飲み、口許を押さえた。夢に誰かが出てきたことなど一度もない。しかも見知らぬ青年だ。柔らかな印象を持つ青年を都子は凝視した。
青年は元々はスーツを身につけていたらしい。だがそのスーツは見るからにぼろぼろになっている。ばらの刺に引っかかれただけではない有様だ。都子は慌てて青年に駆け寄った。よろけた青年が苦笑している。都子は迷わず青年に手を伸ばし、その身体を支えた。
「すみません。あなたを探している間に変なところに迷い込んでしまいまして」
「早く座った方がいいわ」
都子は夢が始まってから初めて人に声をかけた。そして気付く。今まで自分ははっきりと喋ったことがない。相手がいないのだから当り前だ。だがその些細なことが都子にとってはとても嬉しかった。話す相手がいる。そのことだけでも都子にとっては大きな異変だったのだ。
二人は並んでベンチに腰掛けた。青年は無言でばらの花を見つめている。都子も青年にならって静かに花園を見渡した。
しばらく二人は黙っていた。都子は時が経つに従って緊張してきた。相手のことを自分はきっと知っている。どこかで会っている。そんな気がした。困惑して青年を見る。すると青年はにっこりと笑って首を傾げた。
「僕ですか? 僕は吉良瀬立城といいます。あなたは木村都子さんですよね」
「あ、はい」
吉良瀬。そう頭の中で繰り返した都子は絶句した。吉良瀬といえば木村とちょうど対極にある財閥の名前だ。まさか偶然、同じ名前ということはないだろう。しかも立城と言う名は恐らく、当主であることを示している。しかも吉良瀬の当主といえば。
都子は真っ青になった。立城というのは財閥の当主であると同時に木龍神のトップに立つ存在ではなかったか。もしかして自分は敵を夢見ているのか。都子は焦ってベンチから飛び離れた。だが立城は穏やかに笑っているだけだ。
都子はしばらく立城の様子を伺っていた。けれどどれだけ待っても立城は攻撃の気配を見せない。やがて都子は全身の緊張を解いた。確かに立城は木村と対立している組織のトップかも知れない。だが攻撃して来ないのなら反撃もする必要がないということだ。都子は訝りながらもベンチに座り直した。横では立城が柔らかな微笑みを浮かべている。
「私に何の用?」
恐る恐る訊ねる。立城は都子に用があるのだ。そうでなければ危険を冒してまで夢の中に入ってこなかっただろう。そのくらいのことは都子にも判っていた。
「用というほどのことではないんですけれど」
苦笑を浮かべ、立城が肩を竦める。ぼろぼろのなりをしていても、何故か立城には貧相な雰囲気はない。都子は自然と立城に見入っていた。
二人はしばらく他愛ない会話をした。最近の社会についての知識は都子には全くない。立城は周囲に起こっている出来事を判りやすく解説してくれた。どうやら龍神との戦いそのものは終わっているらしい。どちらが勝ったの、という都子の問いかけについては立城は明言しなかった。さあ、と笑っていただけだ。
もしかしたら決着はついていないんじゃないのかしら。都子は立城の話を聞きながらそう思った。元々、どうして始まったのかも判らなかった争いだ。ひょっとしたら決着などつきはしないのではないか、とこの夢に入る前にも思ってはいた。だが実際に自分の予想が当たるとは思わなかったのだ。
そして立城が笑う。
「ここの時間の流れは特殊です。ここで一日が過ぎたからといっても、あちらの一日に相当するとは限りません。恐らく、都子さんが思っているよりはるかに現実の世界の時は流れているんですよ」
戦いが終結してから既に数十年が過ぎているのだ。立城ははっきりとそう告げた。都子は愕然としてその言葉を受け止めた。龍神という存在自体が人などよりはるかに長命であることは知っている。だが数十年といきなり言われると、その時の長さに眩暈がする。数十年。では現実の世界にある自分の身体はどうなっているのだろう。
そのことに関しても立城は簡単に答えをくれた。
「都子さんの身体は見た目には全く衰えていません。眠りに就く前の状態とほぼ同じと思われます」
「何故わかるの?」
思ったままを問い返す。すると立城は鮮やかな笑みを浮かべて都子を見つめた。都子はつい、そんな立城に見入った。立城の綺麗な紫色の瞳がすうっと細くなる。
「あの人があなたの身体を守らないと思いますか? もしも都子さんを守りきれなかったら、その時点であの人も滅びることを選んでしまうでしょう」
だから大丈夫だ。立城はそう付け足した。都子は呆然と立城の瞳を見つめ、そして慌てて目を逸らした。
キャラが(ry
まあ、理由があるのですがー。
書いてないことは判らないですよね……(汗)