要するに自分の説明不足が原因だったのだが、この時の水輝はそのことに気付けなかった。いつもと同じように翠に頼んだのがそもそもの原因だったのだ。立城に対するのと同じ言い方をしたところで、他人には判る筈がない。そのことを水輝が知るのはずっと後のことだ。
この時の水輝はとにかく苛立っていた。翠が連れて来た機械の多輝を鋭い目つきで見やる。
穏やかな寝顔をしてはいるが、衣類は乱れたままだ。恐らく翠が無理に剥がそうとしたのだろう。水輝はため息をついて仕方なく布団をつかんで多輝の上にかけてやった。さすがに剥き出しになったままの乳房を見ているうちに気の毒になったのだ。服を着せてやれば良かったのかも知れないが、生憎とそこまで親切にする義理もない。これで我慢しろ、と水輝は独り言を口にした。ついでに布団の上を軽く叩く。すると多輝が僅かに身じろぎをした。
「これで一応、意識はあるのか?」
「眠っている状態と同じだな。ああ、少し無茶をしたから疲れているかも知れないが」
隣で水輝の声に合わせて小さく告げた翠に息をつく。水輝は半眼で翠を睨みつけた。
「……そういうことを真顔で言うから嫌な奴って言われるんだと思うぞ」
すると珍しく翠が不思議そうな顔になる。予想もしなかったことを言われた、という顔をされ、水輝は心底うんざりした。
「誰が、誰にだ」
「お前以外に誰がいる? 言ってるのは主におれだけどな」
そう告げると翠が思案する。本気で考えこんでいる翠を見て水輝は呆れてため息をついた。そんなに考え込むほど珍しいことを言ったつもりはない。そう言おうと口を開いた矢先、翠が俯けていた顔を上げた。
「初耳だな」
どう返すべきだろう。水輝は深々とため息をついて翠から目を離した。これ以上、話していてもいらつくだけだ。どうせ翠はどこまで話してもきっとこの態度を変えはしない。水輝はそう確信して立ち上がった。
「どこへ行く?」
額に指を触れさせようとしていた水輝は手を下ろして翠を振り返った。翠は相変わらず冷ややかな双眸で水輝を見上げている。水輝はため息をついて翠に向き直った。
「くそがきの抜け殻を拾いに行くに決まってるだろ?」
機械の身体じゃ意味がないんだよ。水輝はそう続けて小さく笑おうとした。が、その寸前で表情が凍りつく。翠がゆらりと立ち上がり、水輝より先に微笑みを浮かべたのだ。
僅かな動きだった。水輝は息を飲む間もなく、翠に引き寄せられていた。腕をつかまれよろけた水輝の身体が決められていたように翠の腕の中に納まってしまう。水輝は慌てて翠から離れようとした。だが翠の拘束は思っていた以上に固く、力任せに身体を捻っても解けない。
「なに考えてる! 離せ!」
男同士で抱き合う趣味はない。水輝はそう喚いて闇雲に腕を動かそうとした。そこで初めて異変に気付く。思うように身体に力が入らない。驚きに目を見張った水輝の頭の上で、翠が微かに笑った。
「まだその時ではないだろう。木龍神も今はまだ迎えには行けまい? それにお前もその姿のままで時を保てると思ったのか?」
膝が砕ける。水輝は歯を食いしばって力の抜けていく身体を必死で奮い立たせようとした。無意識に翠の服をつかむ。目を落とすと床を這う何かが見えた。そこで水輝はようやく気付いた。翠は何食わぬ顔で床に力を這わせていたのだ。目の届かない場所を這い、翠の力が水輝の体内へと潜り込む。翠の力はごく僅かずつしか水輝の身体には入ってこない。だがいつの間にかそれは身体の中に蓄積していたのだ。
積み重ねる、ねえ。水輝はぼんやりとそう呟いた。息をついて膝を折る。翠の腕は水輝の身体を滑り、やがて解けた。床に膝をつき、腕で身体を支える。水輝はそうしながら苦笑した。翠色の力が今はよく見える。床についた身体の部分から翠の力は水輝に侵入している。水輝はそれを止めることも出来ず、身体を締め付ける苦しさに顔を歪めた。
本来の性を取り戻せ。誰かがそう告げる。断罪の主は今、現世にはいない。だから代わりにおれを裁くつもりか。水輝は力ない声で翠に問い掛けた。だが答えはない。翠は静かに水輝の傍に佇んでいる。
記憶が入り乱れる。懐かしい気配と甘く切ない想いが心の奥に蘇る。水輝は遠のく意識の中で諦めのため息をついた。
三分割のラストです。