エロはありません。
「いえ、無理矢理眠らせてもうしわけありませんでした。かなり、消耗してらっしゃったので……」
「ごめんなさい。助けてくれた時のこと、あたし何も覚えてないの。もしかしたら酷く暴れたりした?」
優一郎の表情を読み、水輝は先に詫びた。きっと自分は衝撃によほど混乱したに違いない。でなければ優一郎がわざわざ自分を眠らせる理由もない。恐らくかなりの迷惑をかけてしまったのだ。水輝は恐る恐る伏せていた目を上げた。すると優しい優一郎の笑みが目に留まる。水輝はなぜか優一郎のその表情を見止めた途端、慌てて目を逸らしてしまった。
なにしてるの、あたし。見ず知らずのこの人が助けてくれたんじゃないの。きちんとお礼をしなきゃ。水輝は心の中でそう自分を叱咤し、優一郎に向き直った。その途端にぐらりと頭の芯が揺れる。水輝は微かな声を上げてベッドに手をついてよろけた上体を支えた。
「お気になさらないで下さい。とにかく回復なさってよかった」
優一郎はにっこりと笑って首を傾げた。水輝もつられたように小さく笑い、そして自分の身体を改めて見下ろした。どうしてこんなに力が入らないのだろう。確かに特殊な力は封じられてしまったが、本来の体力までこんなに消耗しているというのはどういうことなのだろう。水輝は息をついて重い身体をずらした。壁に寄りかかって息をつく。
「こんな格好でごめんなさい……。変ね。身体に力が入らないの」
「まだ、動かないほうがいいですよ。ここは安全です。安心して養生してください」
そう言いながら優一郎はやんわりと水輝の肩をつかんだ。そのまま布団に戻される。水輝は大人しく優一郎に従い、ベッドに横になった。
それから水輝はしばらく優一郎に見守られながら話をした。記憶が曖昧になっている部分が多かったが、自分が置かれていた状況を説明することだけは出来た。水輝は話を終えて小さく息をついた。椅子に腰掛けている優一郎は水輝の話の最中、ずっと考えこんでいた。それも水輝にはとても不思議に思えた。
やがて優一郎が静かに伏せていた目を上げる。水輝は瞬きをして優一郎をじっと見上げた。優しい優一郎の面立ちは見れば見るほど立城を思い出させる。
「なにか?」
ふと、優一郎がそう訊ねる。水輝は苦笑して首を小さく横に振った。
「ちょっと知ってる人に似てるかなって思ったの。あなたが」
そう言って水輝はくすりと笑った。不思議そうな面持ちで優一郎が首を傾げる。その仕草までが似て見える。水輝は口許に手を当てて懐かしさに目を細めた。いつから会っていないだろう。もう随分と長い間、会ってない気がする。
「そんなにその方に似てますか?」
「雰囲気がよく似ていると思うわ。あ、でもあなたは人だから」
そこまで言って水輝ははっと息を飲んだ。話し過ぎたかも知れない。だが意外なことに優一郎には驚いた様子はない。水輝は逆にそのことに驚いてしまった。もしかして聞き流されたのかしら。そう思ってみる。だが優一郎はにっこりと笑ってそうですか、と水輝の言に頷いてみせた。
「あ、あの、えっと……びっくりしたりしないの? その、人じゃないとか」
我ながら情けない。どうして説明がこうまで下手なのだろう。水輝はしどろもどろになりながら優一郎に訊ねた。人でない存在について不思議に思わないのか。水輝のそんな問いかけに優一郎は微笑みで応えた。
「驚いたほうがよかったですか?」
「そういう訳じゃないけど」
水輝は唇を尖らせてぼやいた。だがすぐに我に返る。
「……そういうところが似ているって思うんだけど」
そう告げてから水輝は立城という人物について説明した。優一郎は口を挟まず黙って水輝の話すのを聞いている。時折、質問されることに水輝は出来るだけ判りやすく答えた。
「その方のこと、お好きなんですね」
話を聞き終えた優一郎がにっこりと笑ってそう告げる。途端に水輝は言葉に詰まってしまった。そういう風に考えたことがない。しばらく黙した後、水輝は正直に優一郎にそう答えた。
「だって大抵は一緒にいたし、特別にそんな風に意識したこともなかったから」
だから考えたことはないのだ。水輝はそう付け足して苦笑した。
「でも、立城さんのことを話すあなたはとても嬉しそうですよ」
ふと、優一郎は真顔になった。水輝は瞬きをしてから思わず優一郎から目を逸らした。そうかしら。出来るだけ平静を装って答える。
嬉しい、のかな。水輝はぼんやりと優一郎の言ったことを心の中で繰り返した。確かに心地いい時間が流れていたような気がする。だがそれすらも随分と昔に過ぎ去ってしまった時だ。今ではない。記憶に何かが刺のように引っかかっている。かつては一緒に笑い合えていた気がするのに、今ではその楽しい時がとても遠く感じられるのだ。
まるでずっと長い間、眠っていたみたい。水輝は何気なくそう呟いてから優一郎を見やった。優一郎は穏やかな顔つきで静かに自分の傍にいてくれる。もしかしたら自分が安心するまでそうしていてくれる気なのかも知れない。水輝は何となくそう感じた。
「あの」
水輝は優一郎を見つめてそっと囁いた。
「もし良かったら眠るまでそこにいてくれる?」
「いいですよ」
そう答えて優一郎はにっこりと笑った。ずれていた布団を引き上げ、はみ出ていた水輝の肩にそっとかける。水輝は安堵の息をついて微かに笑った。
こうしていると昔に戻ったみたい。不思議なほどに安らかな気持ちのまま、水輝はやがて眠りに就いた。
警報はもう大丈夫かと思って出してません。