でもここにはエロシーンはないです。
雨が静かに窓を濡らしている。優一郎はぼんやりと教室の窓硝子を見やった。雨はごく小さな音を立てて窓に当たり、そして周囲の水滴と一緒になって流れ落ちていく。優一郎は飽きることもなく、その水の動きを目で追いかけた。
今日の午後の授業は生物と数学だ。そして数学の時間であるはずの今は自習時間となっている。担当教諭が急に欠席したらしい。代わりに生徒たちの前に陣取っているのは手漉きの教師だ。見慣れない若い男性教師を前に、クラスメイトたちも静かに課題に取り組んでいる。
優一郎は何気なく隣の斎姫を見やった。斎姫は真面目な顔つきでプリントに向かっている。その様子を少しの間、眺めてから優一郎は再び窓に目を戻した。
水輝が現れてから幾日かが過ぎた。最初は怯えていた水輝も今では優一郎に大分、心を許している。時折、困ったような顔で照れるのが妙に印象的だ。優一郎は口許に微かな笑みを浮かべ、空を見上げた。曇天のためか周囲は薄暗い。教室の蛍光灯も今日は明るく照っている。
プリントを滑る筆記用具の音が聞こえる。優一郎は背後にクラスメイトたちの気配を感じながらしばらくは窓の外を眺めていた。校舎の下に広がる地下施設には水輝と果穂がいる。きっと彼女たちは大人しく待っているだろう。そうすることしか彼女たちには出来ないのだ。
果穂にはその気になれば外に出られるよう、出入り口を開く方法を教えてある。だが果穂は恐らく単独で外には出ない。まだこの学校の事を理解していないようだし、何より人目についた時の言い訳がし難いだろう。たとえ果穂がどのような経緯であの姿を保っていても、傍目には小学生に見えるからだ。きっと望まなくても保護されて、嫌だと言っても両親に通報される。たとえばそこで果穂が両親の連絡先を頑として言わなかったら。今度はもっと厄介だ。きっと迷子として警察に突き出されてしまうだろう。だから果穂は間違いなく外には出ない。保護者に見える誰かと一緒でなければ、だ。
そして水輝は。優一郎は声にならない声でそう呟いてみた。名を口にするだけで背筋がざわめく。優一郎は窓に微笑を向けて肘杖をついた。目を細めて雨粒を追う。
水輝は出られない。力は封じられているだろうし、それなら地下二階のあの部屋からは到底出られないだろう。たとえドアを無理に破ろうとしても、そう簡単にドアは壊れない。そういう設計になっているのだ。元々は金庫などに使用する頑丈な扉だ。物で少々殴ったからといって傷つくようでは話にならない。
だがそうでなくとも水輝は外に出ないだろう。力を封じられている反動なのか、水輝の睡眠時間はとても長い。本人が気付いているかどうかも怪しいが、彼女自身の体調に大きな変化が出ているのだ。
まあ、元々の体調が判らないからなんとも言えないかな。優一郎は心の中でそう言って苦笑した。
水輝は一日の大半を眠って過ごす。起きているのは優一郎が傍にいる時だけのようだ。そして起きていても時折、眠そうな顔をしている。そして水輝が眠る時間は日に日に長くなっているのだ。
あのメールの通りなのかな、やっぱり。優一郎は水輝が来た次の日の朝に届いていたメールのことを思い出した。差出人は木村順。優一郎の記憶違いでなければ木村現当主の名前と同一だ。だがメールには差出人自身が当主であるとは記されていなかった。
多輝ちゃんは預かってる。その時が来たら無事に帰すから安心していいよ。
その短い文章にどれだけの信憑性があるかは見当がつかなかった。だが優一郎に直接、しかも多輝の名前まで入れて送ってくるとなると相手が限られてくる。優一郎が多輝と関わっていたことを知っているのは、優一郎を取り巻く人形たちだけだ。他の誰にもこのことは話していない。たとえ絵美佳に多輝が会っていたとして、わざわざ木村の名前を使ったメールを送ってくるとは思えない。
となると本物のメッセージだと思うのが妥当かな。そのメールを見た後に優一郎はそう判断した。だからこそ、気分も落ち着いたのだ。そうでなければ無駄と判っていても木村陣営に乗り込んだだろう。無謀な行為に走らなかったのは、ひとえにあのメールのお陰だ。優一郎はそのことについてはメールに感謝した。どういう経緯であのメールが送られてきたのかは判らない。だが考えられる可能性が余りにも多く、相手側の目的に見当がつけられなかったのだ。
多輝と交換条件で何かを要求される。それとも別の何かと引き換えに多輝を寄越せと言われる。様々な可能性について考え、そしてそんな優一郎の元に新しいメールが届いた。
そして今日まで一日に数回程度の割合でメールは届いている。相手は優一郎の返事は全く望んでいないらしく、返事を要求もしてこない。一方的に情報を提示してみせているのだ。そのことについて優一郎はどういう意味なのかを考えた。だが今もまだ答えは出ていない。
水輝の性別について。木村が抱える科学研という場所について。そういった情報が細切れで届くのだ。優一郎は次第にメールに引き込まれていった。まるでゲームでアイテムを拾うようにメールは日に日に形になっていく。
読み返すのはきついのですが、たまに見て……あー、そうだったのねー、的なことを思ったりしていますw