シリアスとギャグとエロが混ざってるのでカオスなのです!(泣)
雨が降り始めている。巴はぼんやりと窓の外を見やった。空の雲は次第に分厚くなり、やがて昼間の明るさを隠してしまう。薄暗くなった店内には柔らかな照明が灯される。巴は静かに店内を見回した。他に客はいない。店に入った時点で気付くべきだった。ここは恐らく、木村の息のかかった店なのだ。だからこそ、良子はここに巴を連れて入ったのだろう。カウンターの中にいた筈の店員までがいつの間にか消えてしまっている。
良子はそっと息をついて巴を見つめた。巴も視線を戻し、そんな良子を見た。
あなたは人ではないの。良子の語る言葉の一つ一つが現実からかけ離れているような気がする。なのにどうしてだろう。巴は言い返すことが出来なかった。
巴は人ではない。かつて、良子の娘は交通事故に遭った。ひどい事故だったそうだ。その時、娘の身体の殆どは潰れてしまったという。悲しみに暮れる良子に木村当主である順はある提案をした。
娘の身体の残った部分だけでも動かすことにしないか。つまり、順は良子に娘の亡骸を提供するように言ったのだ。既に亡くなった娘の身体が再び動くなら。その思いで良子は夫と共に順の申し出に賛同した。
研究が続けられる。当時、木村科学研と呼ばれる施設で開発されていたのはヒューマノイドと呼ばれる人を模した機械だった。そして保存されていた娘の身体の部品が機械仕掛けの身体に組み込まれる。だが最初はまるで動かなかったという。
そして研究が重ねられ、実験機である巴が出来上がった。巴は元々、データ収集用の機体として作られた。科学研のメンバーたちは巴に様々な実験をさせた。その時の巴には意識はなかった。ただ命じられるままに歩いたり、走ったり、と日常的な動作を繰り返す。そして研究者たちはその細かいデータを収集した。
やがてデータを積み重ねた巴は実験として外に出されることになった。どこまで自律動作が可能かどうかのテストだ。だが、何の記憶もなしに巴を急に外に放り出すのは危険だった。だから巴には仮の記憶を植え付けられることになったのだ。
良子を母として。そして木村当主を主人として仮に登録する。その状態で巴は諜報員という名前だけを与えられ、清陵高校に差し向けられた。つまり、科学研のメンバーは巴に諜報能力など全く期待してはいなかったのだ。巴の機体は現在も科学研のメインサーバに繋がれている。どこで何をしたか。そのデータは常に収集されているのだ。だが、じきにリンクも切断される。これ以上、巴でデータ収集しても意味がない。そう、研究者たちは判断したのだ。
巴は実験機としての責務はきっちりと全うした。後は廃棄処分になるだけだ。良子は研究者から直に聞いたという話を淡々と続けた。巴は黙ってそんな良子の声に耳を傾けていた。顔から完全に表情が消えている。だがそのことを巴は自覚できなかった。ただ氷のように冷たい何かを心の中に詰め込まれた気がした。
巴のマスターを登録するには性行為が必要だったのだという。そして巴が知らない間にマスター登録は行われている。良子が語る言葉に巴は微かに苦笑した。多分、あの時だ。初めて絵美佳に抱かれた時、それは行われたのだろう。意識していない間に自分は絵美佳の物になったのだ。だがそのことについての憤りはない。むしろ幸運だったと巴は感じた。それなら絵美佳の傍にきっとずっといられる。
だがそこまで考えて巴はふと気付いた。廃棄処分と良子は言っていた。つまりは自分は壊されてしまうのだろうか。
恐る恐る、巴は良子にそのことを訊ねた。機械であるということのショックは少しだけ薄れている。それだけ自分の処遇を知るのが怖かったのかも知れない。巴は顔を青くして良子の答えを待った。
「いいえ。あなたはわざわざ処分はされないわ。たとえ廃棄処分でも研究員たちはあなたを壊しに来ることはないの」
それが何故なのか。良子は静かに理由を教えてくれた。巴の顔が凍りつく。動く良子の唇をじっと見つめ、巴は息を殺していた。
「いつ」
「判らないわ」
短い巴の問いかけに対し、良子は力なく首を振った。巴は息をついて俯いた。両手をテーブルの下で強く握り締める。力を込めたこぶしが小刻みに震える。そして巴の目からは自然と涙が零れていた。
誰よりも何よりも大切だと思ったから。だからわたしは。
巴は心の中でそう呟いた。目の奥が熱くなり、涙がテーブルに落ちる。良子は声を殺して涙を流す巴をじっと見つめていた。やがて微かに口許に笑みを浮かべる。
「こうしてあなたに会えて良かったわ。巴」
巴ははっとして顔を上げた。良子が優しく微笑んでいる。そして良子はバッグの中からハンカチを出し、差し出した。巴は素直にそれを受け取り、涙に濡れた目元にあてた。真っ白な絹のハンカチに涙が吸い込まれていく。きっちりと角にまでアイロンがかけてあるところが、良子の性格なのだろう。そして良子は間違いなく、巴の機体に肉体の一部を使用された娘の母親なのだ。
「母さま」
自然と巴の口から呼びかけが出る。すると良子は僅かに目を見開いた。それから嬉しそうに笑う。
「あなたにとって嫌な話をしてしまったのに、それでも母と呼んでくれるのね」
そう言いながら良子は静かに立ち上がった。テーブルの伝票を取り上げ、椅子を戻す。巴は黙って良子を見上げた。
「会うのはこれが最後でしょうけれど……あなたが幸せでいられるようにいつも祈っているから」
囁きでそう告げ、良子は巴に背を向けた。ゆっくりと店の入り口に向かう。伝票と金をレジの脇に置き、良子は黙って店を出て行った。その背中が泣いているように見えたのはきっと気のせいではないだろう。巴も無言で良子を見送った。やがて良子の姿が見えなくなる。巴はしばらく、その席から動くことが出来なかった。
雨は降り続いている。
この話に出てくる人間の女性は大抵はアレ……w
まあ、仕方ないですね!w