エロシーンはないです。
いつ言ったんだろう。あたし。水輝は黙って考えた。だが記憶がはっきりしない。
「あの、本当に?」
駄目押しのつもりで訊ね返す。すると優一郎はきっぱりと頷いた。だが困惑している水輝に気を遣ったのか、優一郎は苦笑して首を振る。
「すいません。この話は蒸し返すべきではなかったですね。忘れてください」
そう言いながら優一郎はゆらりと動いた。ベッドの端に腰を下ろす。足を組み合わせる優一郎を水輝は黙って見つめた。優一郎もそんな水輝を真っ直ぐに見つめ返す。
以前、同じことがなかっただろうか。水輝は心の何処かに引っかかっている何かをたぐり寄せようとした。だが上手くいかない。水輝は急に走った頭痛に顔をしかめた。こめかみを押さえて小さく呻く。
「ねえ。本当にあたし、立城に助けてって言ったのね?」
水輝は目を細めてこめかみを押さえたまま低く告げた。誰に訊くつもりもなかった。自然と口から出た言葉だ。だが優一郎は律儀に頷いた。水輝は目の端で優一郎の動きを捉え、そう、と返した。途端に頭痛が酷くなる。
「ええ。とても怯えてらっしゃった時、縋るように」
「すがる?」
水輝は頭痛を堪えて訊き返した。ゆらりと優一郎が立ち上がる。だがそのことに水輝は気付かなかった。額を押さえ、目を閉じる。何かがつかめそうな感覚があるのに、それが何なのかがはっきりしない。
いつだったか同じことがあった気がする。とても嫌な思いをした時、立城を呼んだ気がする。だがそれが具体的にどういった時だったのかが判らない。水輝は頭痛に苛まれつつ、ふと目を開けた。次に驚いて顔を上げる。いつの間にか優一郎が間近に立っていたのだ。
「あ、あの、優一郎くん?」
「立城さんが、戻られたら。どうなさいます?」
立城が戻ったら。水輝は心の中で優一郎に言われたことを繰り返してみた。戻るのだろうか、本当に。そんな疑問が何故だか浮かんでくる。どうしてだろう。立城と随分と会っていない気分になってくる。水輝は不安になりながら優一郎を見上げた。優一郎は穏やかな微笑みを浮かべ、静かに水輝を見下ろしている。
「どうって……」
困惑しながら水輝はそれだけを返した。優一郎は黙って水輝を見下ろしている。水輝の答えを待っているのだろう。そのことに気付き、水輝は乾ききっていた唇を舐めて息をついた。
「どうすればいいのか自分でも判らないの」
掠れた声でそう呟く。そして水輝は顔を俯けた。我ながらばかな答えを返したような気がする。第一、自分がどうして力を封じられているのかも判らないのだ。それに。
それに、と水輝は小さく呟いた。優一郎が僅かだけ眉を上げる。
「それに、何かしなくちゃならないことがあったような気がするのよ」
「今はゆっくり休んで体力を回復してください」
静かに優一郎が告げる。水輝は垂らしていた腕をゆっくりと上げた。優一郎のシャツを軽く握る。驚きに目を見張る優一郎を見上げつつ、水輝は立ち上がった。
「あの」
水輝は言葉を懸命に探した。どうしてこんなことをしているのか自分でも判らない。恥ずかしさに頬を染め、水輝は目を逸らした。優一郎のシャツを握る手が勝手に震えてくる。
「あの、ごめんなさい。ええと、その」
さっきまでの頭痛がいつの間にか消えている。だがそのことにも気付かず、水輝は混乱していた。どうしてこんなことを考えるのか自分でもまるで理解できない。だが優一郎が近くにいるととても心地良いのだ。その理由が判らないことで水輝はさらに混乱していた。
優一郎はそんな水輝を黙って見下ろしている。心持ち、口許に笑みが浮かんではいるが、水輝から逃げようとは思っていないのだろう。シャツをつかまれているのに身動き一つしない。
「ええと、あの、だっ、だ、抱き着いてもいい?」
恥ずかしさを堪えて水輝は一気にそうまくし立てた。恐る恐る顔を上げる。すると優一郎はにっこりと笑って頷いた。
「構いませんよ」
笑顔で承諾され、水輝はおずおずと腕を伸ばした。ぎこちなく優一郎の背中に腕を回す。そっと頬を優一郎の胸に触れさせ、水輝はそのまま硬直してしまった。
何してるの、あたし。優一郎に抱きついたまま、水輝は自問した。だが答えはどうやっても出ない。真っ赤になったまま水輝は優一郎に抱きついていた。
「落ち着かれましたか?」
「ひゃっ」
急に声をかけられ、水輝は驚きに声を上げた。ついでのように腕に力が入る。自然と水輝は優一郎に強く抱きついた。密着すると優一郎の鼓動が聞こえてくる。水輝はその音につい聞き入った。自分の胸の音と重なるように優一郎の鼓動が聞こえる。
「全然、違うんですね」
不意に優一郎が小さく笑いながらそう告げた。顔を上げて首を傾げる。そんな水輝を見下ろし、優一郎はくすりと笑った。
「もう一人の水輝さんと、あなたとは、本当に別の人格なんですね」
言われた意味が判らず水輝は眉を寄せた。
「もう一人のあたし?」
もしかして同じ名を名乗る誰かがいるのだろうか。水輝は優一郎に言われた通りに問い返した。すると優一郎は困ったような笑みを浮かべ、静かに水輝を引き剥がした。離れると途端に不安になる。水輝はぼんやりと優一郎を見つめ返した。
「男性的な性格のほうの水輝さんですよ。あちらの水輝さんにも結構、色々お世話になりました」
「男性? ええと、それってどういう……」
だがそう問い掛けた瞬間、水輝の胸に痛みが走った。思わず呻いてよろける。すると優一郎がタイミングよく腕を伸ばし、傾いた水輝の身体を支えた。水輝は痛む胸を押さえ、必死で優一郎にすがりついた。すると僅かだけ痛みが和らぐ。
「まさか、もしかして、ご存知無いんですか?」
「ごめんね……あたしには判らないの」
優一郎の質問の声も遠い。だが水輝は懸命にそう答えた。目の前がぐらりと揺れる。水輝は本能的に優一郎を強く抱きしめた。そうしていなければ立っていられない。
胸の痛みはそれでも消えない。そして同時に心の奥底から声が聞こえてくる。水輝はぼやける視界を戻そうと、何度も瞬きをした。ふと、顔を上げる。目が合う。その視線の持ち主が優一郎だということも、水輝には判らなくなっていた。胸の奥が熱くなる。
「暗示? いや心理プロテクトか……」
遠い声が何を言っているかすら判らなくなる。水輝は目を潤ませて優一郎を見つめた。胸の痛みが熱さに変わる。
水輝に抱きつかれた優一郎がゆっくりとポケットを探る。だが水輝はそのことにも気付かなかった。優一郎が水輝の頬に手を滑らせ、片腕で細い腰を抱く。水輝は目を閉じて口づけを受けた。唇を割り開かれ、深く口づけられる。水輝は口の中に入ってきた異物を感じる間もなく、懸命に口づけに応えた。
身体が熱くなる。水輝は口づけが終わっても優一郎に強くしがみついていた。何故か呼吸が荒くなる。そして不思議な甘い香りを感じる。水輝は目を潤ませて震える腕で優一郎にすがりついた。
一連の話ではキスはちょっと蚊に食われた感じでガンガン出てきます。
エロに関係なく出てきたりするのでアレですかね……(汗)