ある意味、都子の夢の中のような状況です。
エロはないです。
薔薇園での密談
時が巡り、再び出会う日がくる。ばらの花園の中で都子は静かに視線を巡らせた。一本一本の花が、今更ながらにとても美しく感じられる。
かつて都子がはっきりと意識を保っていた頃、庭にはばらの花園があった。ばらが好きだと言った都子のために順がプレゼントしてくれたものだ。可憐な花びらをつける小さなばらから、大輪を誇るばらまで、それこそばらの種類はたくさんあった。それらを管理していたのは庭師の老人だった。老人は無口な性質だったが、心をこめて花の世話をしてくれた。寒い日も、暑い日も、毎日欠かさず花園を見回る。そんな老人にいつしか都子は好感を抱いた。そのことを話すと順も笑って老人の事をいい人だから、と応えていた。
そして花園が消し飛んだあの日、都子は兄である順に忠誠を誓う戦士になった。殺戮を繰り返す人形になる決心をしたのは、もしかしたら老人の悲しい表情を見てしまったためかも知れない。老人はきっと自分よりも花園を大切にしていた。それが都子にも判ってしまったのだ。
許せない。争いを繰り返す者たちも、そして花を青い炎で燃やしてしまった存在も。都子は願いと憎しみを込めて人形と化した。後、花園は見るも無残な姿に変わる。怒りの化身となった都子が、己の手で地面ごと切り裂いてしまったからだ。
老人はやがて木村家の屋敷を出て行った。だがその頃にはもう、都子には何もかもが判らなくなっていた。ただ順の命じるままに戦いを繰り返す。疲れを感じることはない。心を満たす怒りがあれば、それだけで都子は戦い続けられたのだ。
「だからあなたはここにこんなに美しい花園を作ったんですね」
立城が微笑を浮かべている。都子はぼんやりと立城を見やり、静かに頷いた。立城は傷ついた腕を押さえて感心したように周囲を見回した。都子も同じようにばらを見回す。
都子様にこれを。最後の一本になってしまったばらを鉢に植え替え、老人は順にそう告げた。あの時のばらは今はどうなっているのだろう。小さくて真っ赤な花は、今はもう散ってしまっているのだろうか。それともまた、新しいつぼみをつけて花を開かせているだろうか。
順が無言で差し出した鉢を受け取った都子は静かに泣いた。あんなに心を込めて育ててくれたのに。あんなに綺麗だったのに。泣きながら告げた都子に順は冷ややかな笑みを浮かべた。
花園を荒らしたのは。順は都子の耳元にそう囁いた。聞いたことのある名前に都子は驚愕し、次いで怒りを覚えた。どうしていきなりこんな仕打ちをされなければならないのだろう。元はと言えば、悪いのは彼らなのに。彼らさえいなければ、自分たちの道はこうも荒れ狂わなかった。平穏な、人として穏やかな日々を送れていた筈なのに。
だがそれも全て過ぎ去ったことだ。今、それを言い出しても始まらない。少なくとも憎しみが薄れる程度には都子も破壊を繰り返したのだ。夢うつつでしでかしたこととは言え、その時のことは都子も微かに覚えている。
「もう、戦いは終わったんでしょう? なのにどうしてあなたは私を起こしにきたの?」
戦士としての脅威である時なら別だが、戦いが済んでしまったなら自分など起こしたところで意味はない。都子は淡々とそう告げた。すると立城が少し視線を泳がせる。言葉を選んでいるらしい。都子は黙って応えを待った。
「そうですね。あなたに薄っぺらな嘘なんて吐く必要性もないですから」
そう前置きして立城は視線を前方の花の群れに向けた。
「僕にとってあなたの兄上が少々目障りなんです。いえ、消してしまいたいほどではないのですが、あなたを起こせば少しは動きが制限されるかな、と思いまして」
微笑みを浮かべて立城がそう言い放つ。都子は仰天して数度ほど瞬きをした。次いで呆れた気分で立城を見やる。立城はあくまでも花を眺めているだけだ。
「……正直な人ね」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
にっこりと笑い、立城が都子の方を向く。都子はつられたように苦笑した。屈託のない立城の態度に都子は呆れるより感心した。傷だらけの格好でも少しも臆するところを感じさせない。
「つまり足枷にさせるために私を迎えに来たということ?」
確かに立城の言う通り、もしも都子が夢から醒めたら順の動きはかなり制約されるだろう。そのことは都子にもよく判っていた。順が自分に隠れて何かをしていることを、都子は人形になる前に薄々は気付いていたのだ。
きっと見せたくないと思うでしょうね。順の性格を思い、都子はそっと息を吐いた。そして私もきっとお兄様を止めるでしょうね。都子は小さくそう呟いて顔を上げた。
立城がいつの間にか立ち上がっている。ゆっくりと歩き出した立城は周囲のばらを静かな眼差しで眺めていた。都子は黙ってそんな立城を目で追った。
「枷になりたいと願うならそうなるかも知れませんね。でも僕はそこまでは狙っていませんから」
歩きながら立城がそう告げる。吹いてきた優しい風に目を細め、立城は都子を振り返った。柔らかな微笑みが浮かんでいる。穏やかな表情が立城本人が生まれ持った性質故のものなのか、それとも何らかの理由でつけられている仮面なのか判らない。だがそれがたとえ判ったところで自分の立場に変わりはない。都子は苦笑してベンチから腰を上げた。
色とりどりの花が風に揺れる。
都子は薔薇大好きなので~。