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月が綺麗な晩だった。順は屋敷の中が寝静まるのを待ち、おもむろにベッドから身を起こした。窓から差し込む月明かりをしばらく見上げる。
随分と長い時間を一人で歩いてきた気がする。都子の身体はちゃんと生きているのに、実際に共に生きたという感覚はない。それどころか人形と化した都子はそれまでの彼女とは違った生き物だとすら順は認識していた。
月明かりの下で殺戮を繰り返す人形、か。いつか見た光景を思い出し、順は小さく笑った。
今はない花園を荒らされたことに怒っていた筈の都子は、戦いの最中に自分自身の手で花園を蹴散らしてしまった。日本刀の一振りで地面が抉れ、残っていた花も全て消し飛んだ。今はもう、その時の傷痕はどこにもない。順はぼんやりと窓から庭を眺め、ため息をついた。今は庭もその様相を変えてしまっている。都子が喜んでいた頃の花園の変わりにあるのは、大きな噴水だ。そして庭の中央にある噴水を囲むように緑の葉を茂らせた低木が植わっている。じゅうたんのように敷き詰められているのは綺麗に切り揃えられた芝だ。そして都子があれだけ好いていた花はどこにもない。
あの日も月が綺麗だったなあ。順は何気なく呟いた。次いで顔をしかめる。都子は月の中で無表情に戦っていた。その時、対したのは水輝だ。圧倒的な力を誇る水輝がなぜ手加減しようと思ったのかは判らない。だが一瞬で屋敷を吹き飛ばせるほどの力を持ちながら、水輝はあえてその力を使わなかった。
刀を手にした都子に対し、水輝も愛用している刀を振りかざしたのだ。
「思うに水輝ちゃん、実はけっこう都子のことを気に入ってたんじゃないかなあ。よく考えたら知らない仲でもなかったしさ」
順は自然とそう呟いた。口に出してみると余計に思いが正しい気がしてくる。
都子はかつて水輝と出会っていた。順もそうだ。出会った時の水輝は一方的に戦いを仕掛けた順に応戦した。そしてフェイクである都子が戦いの中で覚醒。だが水輝は途中で目的を変えたのか、二人の命を取ることまではしなかった。だからこそ、二人は今でも生きている。
「懐かしいねえ。もう、何十年前だっけ」
そう言って順はくすくすと笑った。今まで気にもしなかった昔のことが今日に限って思い出される。
フェイク、ハンター。そして本物としての龍神の存在。いつも存在意義の差が争いを生む。ハンターもフェイクも所詮、龍神がいなければ生まれなかった存在だ。だからなのだろうか。その二者は龍神を目の敵のように捉えることが多い。もっとも、ハンターはいざ知らず、フェイクの全ては人の手が生み出したものだ。都子もそうだ。手に入れた龍神の細胞を培養することによって生まれた、言わば龍神の偽物だ。だが個体の持つ力はハンターより大きい。でなければあの時の順も龍神たちを敵に回そうとは考えなかった。
ハンターは龍神に成り損ねたものが成る。かつて順にそう告げたのは他でもない水輝だ。そしてフェイクは龍神の影とも言われている。その呼び名を順が初めて耳にしたのは大戦の最中だった。
フェイクは所詮、影に過ぎないんですよ。本体が消えれば消える運命ですから。
今でも思い出すと虫唾が走る。順は戦いの終わる前に見た立城のことを思い出していた。静かに順に語った立城の顔には動揺など微塵も見えなかった。ただ微笑んでいただけだ。だが順にはその微笑みが嘲笑に見えた。
無駄な足掻きをしているとは思いたくない。だがどうして立城の手の中で踊っているという感覚が消えないのだろう。今でもその感じは残っている。いや、もしかしたら今の方が強く感じているかも知れない。
そこまで考えて順は諦めのため息をついた。一人で考えを巡らせてもきりがない。答えは立城が握っている。どれだけ順が考えて答えを出してみても、所詮それは想像でしかない。確実なのは直接訊ねることなのだ。
結局、今までそうしなかっただけだけどねえ。順はそう口にして窓から庭を見下ろした。薄ぼんやりとした明かりが庭を照らしている。光源は庭を取り巻いている背の高いガス灯だ。レトロ感の漂うガス灯の作りが妙に庭に嵌っている。
あの柔らかな明かりが好きなの。都子がいつかそう言っていた。順はやれやれと笑って窓から離れた。庭を見ているとどうしても都子を思い出してしまう。帰らぬ日々を夢想し、そのうちに都子がひょっこり戻ってくるのではないかという気になってしまうのだ。
翠の性格がブレブレなのは仕様です。