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未だに真実はわからないけどさ。順は翠にそう告げた。軽く笑って肩を竦める。すると翠は小さく笑って表情を緩めた。驚きに目を見張る順を余所に、翠が口を開く。
「天空の王、地上の王とは仮の名だ。それぞれの性質の一面を表した名称に過ぎない。まあ、現在わたしが呼ばれている名も仮のものに過ぎないがね」
滑らかに言葉が流れていく。順はただ翠を凝視した。まさか翠が真実の一端でも教えてくれるとは思わなかったからだ。
「何故、木龍神がその名を違えているのかを知っているかね」
唐突な問いかけに順は答えることが出来なかった。龍神の種類は多い。その幾つかを口にしようとし、次いで順は唇を引き結んだ。違いが判らないのだ。青龍神と呼ばれる水輝。火龍神、火藍。金龍神、白龍神と続けて順は心の中でその名を呼んだ。だが法則性など判らない。しばらく考え込んでから順は両手を軽く広げた。
「お手上げ。水輝ちゃんは色の名だから、とか考えたけどさ。亮くんもそうじゃない? でも火藍ちゃんは火龍神なんだよなあ」
ちなみに水輝は水を司る。金龍神の亮は運命を。そして火藍は読んで字のごとく、火を司る。その筈だ、と順は続けた。すると翠がくすくすと笑う。
「そう。彼らもそう思っているだろう」
「うーん。それとも別のとこに問題でもあるの?」
順は頭をかいて呻いた。翠は微笑みを浮かべている。そして翠は指を伸ばしてテーブルを静かに撫ぜた。すると指先の動きに合わせて翠色に淡く輝く線が引かれる。指が記したのは木龍神という字だった。
「木龍神とは名の通りなら木を示す。つまり、樹木だ」
「うん。だってあいつはそういうものを司るんじゃなかったっけ?」
「いや。正確には違う」
そう言って翠はテーブルを手のひらで撫ぜた。すると描かれていた線が消える。次に翠は指を一度だけ鳴らした。テーブルの表面に何かが現れる。順は目を凝らしてその正体を確かめようとした。
ぼんやりとした映像が見える。やがて輪郭がはっきりするとどこかの風景であることが判った。穏やかな自然がテーブルいっぱいに描かれている。
「木龍神は樹木を含む、全ての自然を司る。つまり、全ての自然が木龍神の許に管理されているということになるな」
自然現象。順はそう呟いてはっと我に返った。慌てて顔を上げる。
水輝の司る水も、火藍の火も、そしてあらゆる龍神が司るものの殆どが自然というものに含まれているのだ。愕然とする順に笑いかけ、翠は静かに頷いた。
「そういうことだ。つまり、地上の王とはそういう一面を示した名称だ」
天も地も、海も緑も。それら全ては自然と称されるものだ。順は自分の考えに頭を抱えた。確かにそれならば自分たちと戦ったからといって大したダメージなどないだろう。まして、真面目に相手をしようなどと考えることもない。きっと立城にとっては戦いすらも自然現象に近かったのだ。必然を止める理由もなければ、煽ることもない。ただ、立城は静観していたに過ぎないのだ。
「あれは本来の名を名乗ることは出来ないのだ。もちろん、わたしもだがね」
「あ、あのさあ。確かに凄いことなんだって思うけどさ」
少なくとも喧嘩は売りたくない。そう思いながら順はゆらりと顔を上げた。下から翠を睨みつける。
「何でそんなことオレに教えてくれるわけ? それに名前の由来を聞いたところで、あんたたちが仲が悪い理由が判る訳じゃないじゃん」
仏頂面で吐き捨て、順は再びテーブルに突っ伏した。すると上から静かな笑い声が降ってくる。どうやら翠は自分が極端な反応をしているのが楽しいらしい。順はそのことに気付いて慌てて頭を上げた。できるだけ冷静に。そう自分に言い聞かせる。何より玩具にされるのはごめんだった。
「わたしたちは仲違いをしている訳ではない。元々、近くには寄れない存在同士でな。意識せずとも一緒にいることを避けるという性質があるのだ」
天と地は近いようでいて決して混ざることはない。明らかに分かれている。翠はそう告げて首を傾げた。
「貴様が先に言った通りだ」
「い、いや。言ったけどさ」
まさかそれが理由だなんて思うもんか。順は引きつりながらそう答えた。大体、なぜ翠はいきなりそんなことを教える気になったのだろう。声に出さずに順は思いを巡らせた。
天と地。混ざることのない性質。そこまで心の中で呟き、順ははたと気付いた。確かに天と地は混ざらない。だが、混ざったように見える時はある。
暗い夜だ。夜ならば人工の明かりがない場所では地と天の境は虚ろになる。だがそれを訊ねる勇気はない。順はごくん、と生唾を飲んで翠を見やった。翠は静かに窓に目を向けている。そしてその視線は空に浮かぶ月を捉えていた。
「他愛もない話をしてしまったな」
そう呟いて翠は顔を戻した。視線が順に向かう。順は真っ直ぐな眼差しを受け、慌てて目を逸らした。理由など判らない。けれど何故か不安になる。
「……何でオレにそんな話を」
すると翠はにっこりと笑って片目を閉じた。気配を感じて順は焦った。指を振り、翠がおどけている。その目が細く笑っていることを順は見逃さなかった。
「ハンディキャップは少ない方が楽しいだろう?」
こーしてみると、翠は元々、順をひいきにしてるんだよなー……(ボソ