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龍神とは本来、肉体を所有しない存在だ。だが器がなければ存在を維持できない。だから龍神たちは人の形に近い器を作り出す。意のままに形を作り、そして彼らは器の中に収まったままで時を過ごしていく。
だがなぜ力ある龍神たちはこぞって人の形を取るのだろう。絵美佳は考え事をしながらちらりと隣の席を見た。多輝の席はずっと空いたままだ。誰が手を回したのかは知らないが、担任の教師には長期欠席と届けられているらしい。けれど多輝がもしも戻らなければ結局は学校を辞めることになるだろう。
残念だけど卒業までにあんたを戻すことは出来ないかも知れないわ。絵美佳は今はいない多輝に心の中でそう語りかけた。
「吉良さん。次の授業は生物室よ?」
クラスメイトの誰かがそう声をかけてくる。絵美佳は声の方を向きもせず、了解の印に片手を上げた。休憩時間ということもあって周囲は賑やかだ。廊下で騒ぐ生徒たちの声も教室に入ってくる。絵美佳に声をかけたクラスメイトの女子は困ったように苦笑して教室を出て行った。
本来、龍神は自然発生すると言われている。つまり、親という明確な存在がないということだ。だが例外的に、人の間に生まれてくる龍神がいる。絵美佳が知っているだけでもその例外は二人いる。
運命の金龍神、
「木龍神、か」
かつて立城は人としてこの世に生まれた。それがどうしてなのかは誰にも判らない。人としての器を最初から持っていた立城は、生まれた家の持つ力の全てを手に入れた。そして人と今でも深く関わっているのだ。
絵美佳として生まれる前の魂が教えてくれる情報はある時でぷっつりと途切れている。双子として生まれた立城がどういう生き方をしてきたか。他の龍神はどうなのか。世界がどう動いたのか。だがそれらの情報は中途半端に途切れているのだ。調べようにも普通に調べただけでは本当のところは判らないだろう。かと言って全く気にしないことも出来ない。現に自分がこうして生まれているからだ。
混乱の中で絵美佳の前の魂は翠に攫われた。目隠しをされたままで眠りについた。それ以前のことしか絵美佳には判らない。つまり前の魂の持ち主の記憶にもないということだ。
そして記憶が途切れているその先に多輝たちの存在がある。
「元の魂の持ち主のままでいたなら、こんなに悩まなかったのかな」
絵美佳は誰もいなくなった教室でそう呟いた。やがてチャイムが鳴り響き、騒がしかった廊下が急に静かになる。絵美佳は壁に貼られた時間割表をぼんやりと見上げ、次いでため息をついた。生物の時間は退屈で仕方がない。科学に生きると決めた絵美佳にとって、それにまつわる授業はわざわざ受けなくても理解できてしまうのだ。例えば今ここで生物の抜き打ちテストをされても、きっと少しも動揺せず、しかも満点が取れてしまう。絵美佳にはその確信があったし、それは事実だ。
そこまで考えて絵美佳は眉間に皺を寄せた。考えてみれば随分と長い間、総一郎に会っていない。尊敬し、憧れているただ一人の存在について絵美佳は考えてみた。天才的な科学者である総一郎がいたからこそ、絵美佳は懸命に勉強したのだ。父親に誉めてもらいたかった。同じ道を歩みたかったから。
小さく笑う。今でもその願いには変わりない。違っているのはその先のことだ。前は総一郎が必要としてくれる科学者になれればいいと思っていた。だが今の絵美佳にはその先の目的が出来てしまったのだ。
いつか覆す。自分と同じ哀しい思いをする誰かを生まないために。絵美佳はそう囁いて机の上に投げ出していた両手を強く握り締めた。目的を達成するために何をすればいいのか。それをまず考えなければならない。絵美佳は厳しい顔でもう一度、多輝の机を見やった。
相変わらず忘れられた鞄が机の横にかかっている。多輝があの機体に入る前に残していったものだ。誰も鞄には触れないために、ずっとそこにかかっている。絵美佳は目を細めて鞄と机をじっと見つめていた。
哀しいのはあたしだけじゃない。絵美佳は掠れた声でそう呟いた。人の手によって生み出された命を持つのは絵美佳だけではないのだ。斎姫も、そして多輝も実験の結果に生まれた存在に過ぎない。
失った力を取り戻す。まずはそれが目標だ。それが出来てから次のことを考えよう。絵美佳はよし、と気合を入れて立ち上がろうとした。
不意に何かが動いた気配がする。絵美佳は慌てて教室のドアを振り返った。いつの間にかドアが開いている。そしてそのドアにもたれて立っていたのは見覚えのない男子生徒だった。他のクラスに向かう途中の教師だと思っていた絵美佳は、男子生徒の姿を見止めて訝りに眉を寄せた。
「あなたが吉良先輩ですね。お目にかかれて光栄です」
痩身の男だ。男子生徒を見て絵美佳が感じたのはそれだけだった。もし、クラスメイトの女子の誰かが見ていたなら、もっと別の評価をしていたかも知れない。だが悪いことに絵美佳は見知らぬ男子生徒を上回る美形を見慣れすぎていた。総一郎、優一郎、多輝、そして立城だ。タイプは違っても造作が整っていることには違いない。それ故に絵美佳はその男子生徒を目にしても全く驚いたりしなかった。
「なによ。あんた」
堂々と言い放つ。するとその男子生徒はあからさまに鼻白んだ。
「自分は生徒会長の代理で参りました、野木と申します」
絵美佳はその言葉を受けて鼻で笑った。全く聞き覚えのない名前だ。だが生徒会長絡みとなると、自分に全く無関係の人物とは言い切れなくなる。なぜなら生徒会長である要はことあるごとに訳の判らないことを絵美佳に言ってくるからだ。
野木はマシww