「でも、そんなことをして何の意味が?」
少なくとも自分には大した意味がないような気がする。都子が告げると立城は苦笑してその通りかも知れません、と応えた。
「ですが、真実を隠すにはいい方法でしょうね。疑わなければ探ろうと思わない。そうすれば真実はずっとベールに包まれたまま、明かされることはありません」
そして翠はずっと真実を隠しているのではないだろうか。そう言って立城は話をしめくくった。立城の話は確かめようがないのだから、仮説としか言いようがない。そして龍神たちの心の中には記憶という形で翠の存在が植え付けられている。誰かの記憶に何らかの不都合が生じれば、翠はたやすく時を渡り、再び記憶を書き換える。
そうやって僕たちの記憶は積み重ねられているのかも知れません。
聞き逃しそうなほどの小さな声がそう言葉を紡ぐ。都子は風に紛れて消えそうな声を辛うじて耳にすることが出来た。だが何もいえない。答えるべき言葉を思いつけない。
風が花を揺らす。空は次第に暗くなる。空が茜色に染まる頃、ずっと黙っていた立城がふと笑った。ささやかな笑い声につられ、都子もつい微苦笑する。そのタイミングを見計らっていたように、立城が俯けていた顔を上げた。
「都子さん」
呼びかける調子は決して強いものではない。だが都子はそれを聞いた途端、どきりとした。懐かしい思いが蘇る。昔、学校の授業中に指された時のような緊張感に囚われる。都子は緊張しながら立城を横目に見た。だが立城の視線はあくまでも真っ直ぐに花に向かっている。
「あなたはここを出たら、僕の話の全てを忘れてしまうでしょう。夢の中にいた時間のことを覚えていることは出来ません」
人形化の術がなぜ禁忌とされたのか。術を解くことが容易ではないことがその要因だ。実際に人形化の術を行使することの方が、解術よりも圧倒的に楽なのだ。それ故に、人形化の術は行使されればそれっきり、元には戻す方法はないと言われていた。
まず、解術の際、術をかけられた者に酷い負担がかかる。次いで、並大抵の力では施された術を破れない。さらに人形化されている者の魂の位置の特定が極めて困難であること。それらの理由により、大抵は解術されないのだ。
つまり術を解く際に都子にかかる負担を幾分か減らすため、夢の世界にいた時の記憶を引き換えにしなくてはならない。立城はそう説明した。
「憶えていられないあなたにこんな話をしたのは、僕のわがままです」
そう告げて立城は微かにため息をついた。
「もしかしたら愚痴なのかも知れませんね」
「いいえ」
都子はそう言って笑った。何故か晴れた気分だった。
「あなたは間違ってなどいないわ。だって」
私はきっと憶えている。忘れたりしない。たとえここで過ごした時の大半を忘れても、この景色を全て忘れる訳ではない。立城と話したことも無駄などではない。そして。
「あなた、私に嘘を吐いているもの」
「嘘、ですか?」
意外そうに立城が問い返す。都子は笑って頷いた。
「術が禁じられた本当の理由は違うのでしょう?」
解術の困難さが嘘だとは思わない。もちろん、それは本当なのだろう。そして順には解術の方法があることは知らされていない。もし、知っていればあれほどの覚悟は決められなかっただろう。解術出来ないと思っていたからこそ、順はあんなに切羽詰った顔をしていたのだ。そして自分も。都子はその時のことを思い出して小さく笑った。
立城は黙っている。都子は立城を一瞥してから空を見上げた。茜色が広がり、空全体を覆っている。やがてここにも夜がくる。都子は目を細めて空の見事なグラデーションを眺め、再び立城を見た。立城は浮かべていた微かな笑みを完全に消している。
「あなたはやはり、あの時に消すべきだったのかも知れませんね」
不穏なことを告げ、立城がふわりと笑って見せる。その鮮やかな微笑みを見つめ、都子は軽く肩を竦めた。
「でも、過ぎた時は戻らないもの」
「確かにそうですね」
時は過ぎていくだけだ。決して逆戻りはしない。だからこそ、人は掛け替えのない時を生きていられる。そうでなければ真剣になる瞬間すら失われてしまうだろう。
あの時があるから、今の自分がある。そのことを私は誇りに思っているわ。
都子は穏やかにそう告げた。捨て鉢になったから順と誓約を交わしたのではない。あの時はあの時の自分にとって、精一杯の方法を選択しただけのことだ。今、そのことを思い返して悔いても仕方がない。たとえ立城がどういうつもりでいたとしても、だ。
そう思いながら都子はしっかりと立城を見つめた。立城も真っ直ぐな視線で応える。その視線からは何も読み取れない。とても静かな眼差しだ。感情の揺れも一切、見えない。都子は小さく息をついて苦笑した。
人形化の術はかけられた者の肉体に作用する。だから都子の精神は今、肉体とほぼ完全に切り離された状態になっているのだ。そして立城は術を解くと告げた。だが立城が解術と称したそれは、切り離されている都子の精神を元の肉体に戻す作業ではない。精神を現世に戻すことに違いはないが、元の器に離れてしまった魂を入れることは出来ないのだ。何故なら人形となった肉体は、既に都子本人とは呼べないからだ。都子とは別の何かが術を施された肉体には入ってしまっている。だからこそ、人形化の術は禁忌とされたのだ。
肉の器に宿るものを根底から作り変えてしまう技だから。
都子は立城の話から人形化の術の本質をそう推測した。立城の反応を見た限り、自分の考えは間違っていない。そのことを都子は理解した。
夜の闇が夢の世界を覆う。東の空には丸い月がかかっている。
プロットを切らない自分は設定を小説の形でしか書けないという癖があります。
それにしてもメカはどこに……。・゚・(ノД`)・゚・。