まだエロには入りません。
印象が昔とは随分と違っている。絵美佳が部室に入ってきた水輝を見て思ったのはそのことだった。だが地下施設の入り口に佇んでいた水輝に絵美佳はそのことを訊ねなかった。優一郎が水輝を陰に隠すように立っていたせいもある。絵美佳は部室の入り口で出会った二人の事を思い出してため息をついた。
優一郎の話は一応は終わったらしい。優一郎本人がそうと信じているかどうかなど問題ではない。要は絵美佳がそれが真実であると知っていることが問題なのだ。優一郎の吐き出す言葉の一つ一つが本当のことなのだと理解できてしまうことがまずいのだ。
疲れた息をついた絵美佳を見つめ、優一郎は微笑んでいる。紅茶のお代わりを注ぐと軽く会釈をする。優一郎の動きにはいつもそつがない。空気のように、そこにいることが自然である、と人に思わせるための動きだと判っていても騙されそうになる。絵美佳は優一郎を睨むようにして見つめ、深くため息をついた。
巴の身体を作ってくれる。優一郎の申し出は絵美佳にとってありがたかった。それなら誰に頼むよりも早く、巴にきちんとした機体を与えることができる。しかも優一郎が作るとなれば、性能はどこのヒューマノイドよりもいいだろう。絵美佳は身をもってそのことを知っていた。だから優一郎の提示した条件は悪くないのだ。
だがその引き換えと言われた事柄を簡単に飲んでいいのだろうか。絵美佳が迷っているのはそこだった。優一郎は巴に機体を提供する代わりに、多輝の肉体に別の誰かの魂を宿らせるというのだ。そう言われた時、どうやって、と訊く前に絵美佳は反射的に首を横に振った。
多輝の身体を別の誰かが使う。考えただけでも寒気がした。それに何より、どうして優一郎はここに多輝の肉体があることを知っているのか。絵美佳は様々なことを一度に考え、無言になった。その間に優一郎は色んな話の断片を語った。それらを耳にした絵美佳は黙ったまま聞くことしか出来なかった。断片とはいえ、優一郎の語った話に偽りはなかったからだ。
龍神たちの世界。水輝の特性。そして真也という名の青年の話。それらはかいつまんで話されていたが、内容は間違っていなかった。つまり、優一郎はそれらの話を誰かに聞いたということだ。絵美佳は話を聞きながらそのことについても考えた。
当事者である立城が教えるという線は考えにくい。立城なら自分に関わる部分はかなり切り捨てて話すだろう。もう一人の当事者である水輝。これも難しいだろう。何より、水輝の記憶は安定性がない。運良く、記憶がはっきりしている時に語ったのかも知れないが、可能性としては低すぎる。第一、今の状態の水輝を見る限りあり得ないと考える方が自然だ。
すると、優一郎に情報を流したのは別の誰かだ。多輝は今の優一郎より事情を知らない筈だ。そうでなければ簡単に肉体と精神が分離しなかっただろう。少なくともその状況になる前に逃げることも出来た筈だ。
考えを巡らせる絵美佳の顔は次第に険しくなっていった。鋭い眼差しで優一郎と水輝を睨む。だが二人は絵美佳の視線に全く反応しなかった。水輝は変わらずぼんやりと佇んでいるだけだ。優一郎は静かに紅茶を飲んでいる。絵美佳は舌打ちをして額に手をあてた。
途切れていた記憶がゆっくりと繋がっていく。全てを取り戻す必要などなかったから、これまで前の記憶は極力見ないようにしようと思ってきた。やむを得ず見えてしまう部分だけでも相当の重さがあったからだ。だが今の絵美佳は自分から進んで掠れている記憶をたぐり寄せようとしていた。
「それでは、雨宮先輩の身体を返す気はないと、そういうわけですか?」
唐突に思考を遮られる。絵美佳は苛立ちを込めて優一郎を睨みつけた。もう少しで手が届きそうだったのに、という歯がゆい思いが込み上げてくる。だがそう考えてから絵美佳はため息をついた。
何をつかみたかったのか。自分でもよく判らない。絵美佳は視線に込めていた強い感情を抑え、疲れた顔でソファに寄りかかった。
「返すとか、返さないとか、そおゆうもんじゃないでしょ? 多輝の身体は多輝のもの。他の誰の物でもないわ!」
掠れた声でそう吐き捨て、絵美佳は乱暴な仕草で紅茶のカップを取った。ぬるくなった中身を一気に干す。カップを戻し、挑戦的な視線を送る絵美佳に対し、優一郎はあくまでも穏やかな姿勢を崩さない。そのことも絵美佳の癪に障った。
「雨宮先輩の精神を取り戻すために必要なんです。だから、仕方ないでしょう?」
優一郎はどこまでも落ち着いている。その様子を見ている内に次第に絵美佳の苛立ちは強くなった。しかもそんな優一郎の隣にはぼんやりとした水輝が佇んでいる。それも不気味だった。
水輝の面影は多輝にそっくりだ。いや、もしかしたら多輝の機体が水輝と酷似しているのかも知れない。どちらにしろ、絵美佳には目の前にいる水輝がどうしても多輝と重なって見える。面影が重なる上に、当の水輝は気持ち悪いくらいに大人しいのだ。確かに絵美佳自身は水輝と直接に会ったことはない。初対面だ。だが心の奥底に封じられていた記憶の中の水輝と今の彼女はまるで印象が違っている。水輝自身に何か異変があったと考えるのが妥当ではないだろうか。しかも本来の水輝であれば、こうも大人しく誰かに付き従っている訳がない。絵美佳は黙して考えを巡らせた。
説明長っ!
実は作者が説明しながら考えてるんですけども、これ。
(フツーは考えて説明するんだろうけど……w)