※この作品はR-18です。

夢の隙間   作:伊駒辰葉

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キスシーンだけはあります。


取引しませんか? 2

 不意に水輝が虚ろな眼差しを動かす。何気なく水輝を見つめていた絵美佳は唐突な動きに驚愕した。優一郎は微笑を浮かべて驚く絵美佳を見つめている。

 

 感情のない眼差しがゆっくりと絵美佳を捉える。そして水輝は静かに唇を動かした。

 

「し……すい?」

 

 殆ど音にならない声がそう紡ぎだす。絵美佳は目を見開いて水輝を凝視した。

 

「あたしは、違うわ」

 

 絵美佳はしばらく黙した後に辛うじてそう吐き出した。紅茶を飲んだばかりなのに喉が痛いほどに乾き切っている。水輝の目を真っ直ぐに見つめ、絵美佳は言い聞かせるように言葉を継いだ。

 

「あたしは、絵美佳。他の誰でもないわ」

 

 元の魂が誰であっても、自分は自分以外の誰でもない。絵美佳はその思いを込めて水輝にそう告げた。だが水輝は黙って絵美佳を見つめている。ぼんやりとした眼差しは絵美佳ではない、別の何かを見ているようにも感じられる。言われていることも理解した様子はない。絵美佳は目を細めてゆらりと頭を動かした。

 

 優一郎は薄く笑って絵美佳を見ている。絵美佳は説明を求める意味を込めて顎をしゃくった。

 

「記憶が退行しているんです」

 

 退行、ねえ。絵美佳は口の中でそう呟いて改めて水輝を見やった。優一郎はそれ以上の説明をするつもりはないらしい。穏やかな笑みを浮かべてカップを傾けている。絵美佳はちらりとだけそんな優一郎に目をやり、次いで水輝を見つめ返した。

 

 感情のない眼差しで、どうしてその名を呼ぶのだろう。絵美佳はため息をついてもう一度、自分は水輝の求める者ではないのだと説明しようとした。が、すぐに諦める。水輝は記憶が退行しているだけではない。こちらの声も届いていない。さっきの絵美佳の声も聞こえていないから、反応しなかったのだ。絵美佳は息をついて優一郎を睨んだ。

 

 多輝が龍神であることは既に判っている。恐らく、水輝とよく似ているのも偶然などではない。多輝自身が水輝と何らかの関わりがあるからだろう。

 

 けれど。絵美佳は胸の内で呟いた。優一郎はどうして水輝と関わっているのだろう。多輝だけではなく、水輝まで傍に寄せて何をするつもりなのだろう。絵美佳はそう考えながら優一郎をしげしげと観察した。だが優一郎に動揺した様子はない。それどころか何もかもを知っているような顔で薄笑いを浮かべている。

 

「紫翠を殺したところまで遡ったときは、ちょっとした騒ぎだったんですよ」

 

 そう優一郎が告げた時、僅かに水輝の瞳が揺れた。絵美佳は水輝の微妙な変化を読み、訝りながら優一郎に何故かを訊ねた。すると優一郎が肩を竦めて苦笑する。

 

「まったく、反応しないわけではないんです」

 

 静かにそう言って優一郎はおもむろに立ち上がった。水輝の真正面に立ち、目を覗き込む。微かな優一郎の声が何かを紡いだ時、水輝は静かに腕を上げた。絵美佳の見ている前で水輝が優一郎の首筋に腕を回す。絵美佳が息を飲む。水輝はするりと優一郎に抱きつき、自然に口づけを交わした。

 

 反射的に立ち上がる。絵美佳は大股で二人に迫ると優一郎の後ろ頭をいきなり殴った。

 

「あんた! なに考えてるのよ!!」

 

 明らかに口づけされたのは優一郎で、したのが水輝だ。だが絵美佳は勢いよく優一郎にそう怒鳴りつけていた。優一郎は相当に痛かったのか、後ろ頭を手で押さえて呻いている。対する水輝は再びぼんやりとした眼差しに戻り、静かに二人の傍に佇んでいた。

 

「……姉さんってば相変わらずですね」

 

 息をつきながら優一郎が返す。絵美佳は憤然と優一郎に迫った。優一郎にはれっきとした彼女がいる。公認の仲と言われる斎姫がいるのだ。彼女がいるのにどういうつもりなのだ。他の女と、それもよりによって水輝と浮気しているのか。絵美佳は感情に任せて優一郎にそのことをまくし立てた。

 

「浮気のつもりはありません。水輝さんの反応例を示しただけじゃないですか」

 

 あくまでも優一郎は激することなく応える。絵美佳は地団駄を踏んで優一郎につかみかかった。

 

「キスしてたら立派な浮気よ! 言いつけてやるから覚悟しなさい!」

 

 そう絵美佳が怒鳴った途端、優一郎がふわりと微笑んだ。胸倉を絵美佳に捕まれたまま、目を細める。至近距離でその変化を捉えた絵美佳は、訝りに憤ることも忘れた。黙って優一郎を見上げる。

 

「お好きになさってください。その程度のことで揺らぐような関係ではありませんし」

 

 自信たっぷりに言い切り、優一郎が優しく絵美佳の手を解く。自然と優一郎から手を離してから絵美佳は慌てた。だが気付いた時には既に優一郎は絵美佳の手の届かない位置にまで歩いていた。部屋を横切り、ドアに向かっている。水輝もそれに続いていた。一体、どこに行こうと言うのか。絵美佳は焦りながら二人に制止の声を上げた。だが優一郎も水輝も足を止めない。進んだ優一郎がおもむろにドアを開ける。




ベースになったいくつかの話があるのですが……。
それが判らない二人視点の話なので、読者の方もなんとなーくは把握出来るのではないかと……。
たぶん……ですが……。

でも、判らなくてもすっ飛ばして頂いて大丈夫だと思います!
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