※この作品はR-18です。

夢の隙間   作:伊駒辰葉

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ちょっと長い……ですかね。
約3,300文字です。
エロシーンはありません。


夜空を二人で見上げながら

 月の明るい夜だ。順は言われるままに空を見上げて目を細めて月を眺めた。丸い月が東の空に輝いている。いつも見えるはずの星すら、月の明かりに隠れてしまっている。白い明かりが庭の芝に降り注いでいる。その光景を順は静かに眺めた。

 

 初夏の夜は空気が妙に湿気ている。順は欠伸をかみ殺してちらりと離れた場所を見やった。庭の片隅にあるベンチには翠が座っている。誘われてここまで出てみたが、外に出て月を眺めることに何の意味があるのか判らない。順は半ば呆れた思いでため息をついた。

 

 疑問があるならぶつければいい。自分でもそう思う。だが、何故か翠に質問する気にならないのだ。順はしばらく庭をうろうろと歩き回った。空の明るさとは裏腹に、周囲は静まり返っている。考え事をするにはちょうどいい静けさだ。

 

 翠はこの夜までに様々なことを語った。順が頼まないのにだ。だが聞いている順も止めようとはしなかった。話の内容に驚くのが精一杯で、止めることにまで気が回らなかったのだ。それをもし自分が知ってしまったらどうなるかということにまで考えが及ばなかった。結局、順は翠が話すのを大人しく聞いた。

 

 中には知っている話もあった。そういう時、順はそれなら聞いたことがあると翠に告げた。だが翠は順が知っていることをあらかじめ承知していたのだろう。話は常に意外な展開を見せる。聞いたことがある筈の話は、いつの間にか全く知らない話へと流れていくのだ。

 

 龍神の性質。ハンターの意味。そして果ては世界の話。そんなことを翠はまるで子供が眠る時に聞かせる物語のごとく語ってみせた。順は最初は戸惑っていたが、途中からは興味の方が先に立ち、話の続きが気になって仕方がなくなった。恐らく翠は順がそうなることをも読んでいたのだろう。

 

 だが重要そうな話をする翠は、結局は肝心な部分については曖昧にしてしまう。その度に順は苛立ちを覚えた。けれど翠は一度話をやめてしまうと、それ以上はどんなに順が頼んでも続けてくれなかった。つまり、物語を中途半端にだけ聞かされた状態なのだ。人の好奇心を煽るだけ煽っておいてそりゃないんじゃない? 順は何度も翠にそうぼやいた。だが翠はその度に静かに笑うだけだった。

 

 要するに後は自分で調べろってことなのかな。聞かされた話の一つずつを思い出した後、順は心の中でそう呟いた。ヒントをやるから後は好きにしろ。翠の態度からはそうとしか読み取れない。順は自分なりの結論を出して翠を見やった。翠は静かな眼差しを天に向けている。

 

 天空の王。ふと翠の渾名を思い出す。天空に居城を構え、地上には降りない王。その理由は地上の王と仲違いしているからだ。いつかそう、誰かが言っていた。そしてこの世界は二人の王に支配されている。順に翠のことを教えてくれた誰かはそうも言っていた。

 

 空と地に世界が分かれた時からそれは変わってなどいない。昔話のような口調で語ってくれたのは誰だったのか。

 

 ハンター同士は決して仲は悪くない。が、元々の性質からかハンターは基本的には群れない。独自の方法で龍神と接触し、目立たぬように龍宝珠を奪い取る。誰かと協力して狩りをすることはない。だからハンターは仲間と関わる時間がとても短いのだ。そしてハンターは暗い裏側の世界で活動する。決して表には出ない存在。それがハンターと呼ばれる人種なのだ。

 

 順がハンターの生活に慣れた頃に知り合った仲間の中には知識豊富な者もいた。親切な老人もいた。懸命に今日を生きる家族もいた。そして彼らは龍神と常に戦っていた。命を落とす者も中にはいた。もちろん、狩りが成功した時は相手の龍神が散るのだからお互い様だ。

 

 けれど誰も知らない。ハンターたち自身も気付いていない。どうして自分たちは狩りをしなければならないのだろう。そうして、何故、龍神を見ると血が騒ぐのだろう。反射的に襲い掛かるほどに理性がなくなってしまうのは何故だろう。

 

 以前、水輝が告げたことがある。ハンターは成りきれなかった者が成る。そして宝珠を狩る内にやがてその力に魅せられ、抜け出せなくなっていく。言わば力の中毒なのだと。そしてハンターは誰かに命を絶たれるまで、ずっと龍神の宝珠を狙い続けるのだ。

 

 死に物狂いで得体の知れない欲求を抑えることを覚えた。夢中で狩りを続けていれば、水輝の言った通りにいつか誰かに殺される。だから、どんなに心が叫んでも無闇に狩りをすることだけはしなかった。そして順はそのことを仲間たちに伝えた。だが仲間の中で順の言ったことを体現できるものは少なかった。結局、生き残った者は数名だ。あとの者は理性が弾けてしまい、欲望のままに龍神を求め、張られた網にかかって命を散らせた。

 

 だが成りきれなかったという理由だけで、どうして自分たちは龍宝珠を狂おしいほどに求めるのだろう。ハンターの特性は理解できても、その理由までは判らない。そしてそれは誰も順に説明などしてくれないのだ。

 

 そして大きな戦いの後、数多くの敵味方が眠りについた。その間に生まれた存在も実はある。龍神でもなく、ハンターでもない、ましてフェイクでもない別の者。彼らは人の世界に関わり、あらゆる災いを呼んでいる。そしてまた、そんな彼らを抑えようとする者たちも現れた。

 

 時が流れて歴史が刻まれる。新しい存在も、また古き者たちも、結局は誰かの手の上で踊っているだけなのかも知れない。自分の存在意義について考える時、順はいつもそう思う。

 

 王と呼ばれる彼らももしかしたら例外ではないのだろうか。短い間だが、翠と接して順が感じたのはそのことだった。翠は確かに何もかもを知り尽くしているような印象がある。だが、そんなことはないのではないだろうか。そして天と対する地上の王と呼ばれる立城も、だ。

 

 なら、オレの疑問はどこにぶつけるべきなんだろうねえ。順はのんびりとそう呟いて小さく笑った。静かに顔を上げ、天を見つめる。空にかかる月をしばらく眺めてから、順はおもむろに翠へと視線を動かした。

 

 夜の静けさが耳に痛く感じられる。そんな空気の中にいても、翠の周りだけがやけに鋭い気配を帯びている。肌を刺す空気の流れを感じながら順は黙って翠の傍に近づいた。

 

 黙って真正面に立つ。翠はゆらりと首を動かしてそんな順を見た。感情の揺らぎのない眼差しが静かに順を見つめている。順は苦笑して肩を竦めた。

 

「あんたになら、もしかしたら判るのかも知れないけど」

 

 でもいいや。やっぱ訊くの、やめた。順は小さく笑いながらそう告げた。翠は黙っている。きっと心の中は読まれているのだろう。どうして順がそんなにことを言い出したのかも訊かない。順はふい、と視線を外してから翠の横に腰を下ろした。

 

 並んで月を見上げる。今日は満月だ。そして今日は翠の言った、片がつく筈の日なのだ。

 

 人の作り出した明かりのない地平では、夜の天と地が混ざって見える。先日の翠とのやり取りを思い出し、順は微かに声を出して笑った。思いついたことが大して面白かった訳ではない。ただ、誰でも本当は知っていることでも、改めて気付くことがあるのだと判っただけだ。

 

 ここも地平には違いない。視点が違っているだけだ。遠くから見るならば、ここも或いは天と地の境目が曖昧な場所なのかも知れない。人工の明かりがなければ、それこそ天と地が混ざって見えるだろう。しっかりと地面に足をつけて立っているから判らないだけだ。順はそこまで考えを巡らせてから翠を一瞥した。

 

「なあ、思うんだけどさ」

 

 順は笑いながら翠の目を覗き込んだ。片目を細める。翠はからかうように笑う順を見下ろして黙っていた。

 

「あんたらってば、やっぱり筋金入りの悪党だよねえ」

 

 質問ではない。確認だ。その意味を込めて告げると翠が僅かだけ目を見開いた。順は笑いながら倒していた上体を戻す。背もたれにしっかりと寄りかかり、順は天を見上げた。

 

「何を根拠にそう言うのかは知らないが」

 

 翠は少し考えた後にそう告げた。声に抑揚はない。だが嘘を言っている雰囲気もない。順は笑って言葉の先を促した。

 

「確かにわたしは善人ではないだろうな」

 

 あんただけじゃない。あいつもさ。順は笑って翠の言葉にそう付け足した。だがそれに関して翠はコメントしてくれなかった。




ハンターの話はチラ見せになってますね……。
次の話ではもうちょっと出てくると思います。
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