あ、エロシーンはありません。
夢から覚めたら 1
傍にずっといてもいいと言ってくれる誰かを見つけたい。
まどろみの中で多輝は幼い頃からの願いを思い出していた。いつ頃からそう思ってきたのかはもう覚えていない。ただ、記憶に微かに残っているのは、初めて自分を迎えに来てくれた立城の姿だった。恥ずかしさと戸惑い、そして心の大半を嬉しさが占めていたことを覚えている。
孤児だった時間が終わり、多輝は初めての平穏な時を手に入れた気がした。尤も、当時の自分はそんなことを考えてなどいなかった。ひたすらに立城の傍に張り付いていた。立城は苦笑しながらそんな多輝を連れて歩いた。
多輝がそれほどに離れることを嫌がると、立城は最初から知っていたのだろう。わがままを言う多輝に、何一つ不服を言うことはなかった。叱るということがなかったのだ。そんな時、多輝をたしなめるのは必ず別の誰かだった。
幼い頃からずっと望んでいた時が手に入ったと思った。そう、小学生の時まではそう感じていた。だが中学にあがってしばらくした時、立城が不意に告げた。
そろそろ一人の生活もしてみるといいかも知れないね。
そう言われた時、多輝は全身が凍りつくほどの衝撃を受けた。突き放された気がした。それまで引いていてくれた手を急に離されたような気がしたのだ。だが多輝は立城の言ったことを拒否しなかった。
いんじゃない、別に。立城も忙しいしさ。
多輝は精一杯の強がりを口にした。そうは言っても立城は冗談だよと笑ってくれると思っていたのだ。だが立城は多輝の願い通りには言ってくれなかった。そうだね、とあっさり同意し、次の日には多輝の住まうマンションを用意してしまったのだ。身の回りの世話は立城の知り合いという女性がしてくれることになった。多輝は驚いている間に立城の屋敷から出て行くことになってしまったのだ。
あれから数年が過ぎた。多輝はまどろみながらゆっくりと息をついた。今ごろになって何故思い出したのだろう。どうせなら思い出したくなかった。
学費は全面的に立城が出資してくれることになった。生活費もある程度は立城が面倒をみてくれる。多輝の住むマンションは元々が立城の所有しているものだったから家賃はかからない。足りない分は自分で稼ぐようにと言われ、多輝は中学生の時からアルバイトを始めた。最初は全く役に立たないバイトだと罵られることも多かった。だが慣れると仕事のこつを覚えられた。そして多輝は当り前のようにアルバイトと学業を両立させることを覚えたのだ。
そうして忙しい日々を過ごすことになっても、やはり寂しかった。部屋に帰ると急に周りが静かになった気がして無性に怖かった。誰かと一緒にいる時間が長くなれば、それだけ孤独が辛くなる。次第に多輝は部屋に寝に帰るだけの生活をするようになった。
どうしても辛くて耐えられなくなった時、ふらりと立城が訪れる。どうして判ったのかと多輝は何度も心の中で訊ねてみた。実際に口に出すのは怖かったのだ。当然、答えなど出なかった。そして立城はある程度の時間を多輝と過ごし、再び自分の屋敷へと戻って行くのだ。
背中を見送るたびに哀しくなった。それは今でも同じかも知れない。多輝はぼんやりと考えながら薄く目を開けた。見慣れない天井が見える。
「目が覚めたか」
知らない声が聞こえる。多輝は目を細めたまま、声のした方を向いた。長い髪をした青年が一人、ベッドの縁に腰掛けている。冷ややかな双眸は緑色だ。多輝は黙って頷いた。
自分には知らないことがまだたくさんある。優一郎に教えてもらったことだけではなく、もっとたくさんのことを知らなければならないのだろう。そして恐らく、目の前のこの青年も立城や水輝、そして自分と同じように人ではあり得ない者なのだ。多輝は青年をじっと見上げてそう考えた。すると多輝の考えていることを読み取ったように青年が小さく笑った。冷たい笑みを浮かべた青年は月明かりを背負っている。そうしているとまるで青年の身体そのものが作り物のように感じられた。普段は何気なく見ていた白い月光も、青年を引き立てるために降り注いでいるのではないかとすら思えてくる。温度などある筈のない月の光が凍てつく冷たさを注ぎ込んでいる気がして、多輝は自然と身震いした。
人でないもの。人とは違う者。そして自分もその一員である筈なのに、何故か多輝はこの青年と自分は全く違っている気がした。疑問を覚えて青年を見やる。青年の方も多輝をじっと見下ろしていた。
「わたしとお前はさして違わない。今を生きているという意味では同じだろう」
先読みした青年が告げる。多輝は息をついておもむろに身体を起こした。冴えた空気が肌に染みる。どうやらこの部屋は空調が強めに効いているらしい。多輝はブラウス一枚の身体をそっと自分で抱きしめた。
長いので三分割しました。