「なんだよ、それ。そんなこと言ったら、人もそれ以外もみんな同じってことになるだろ」
吐き出した声が掠れている。多輝は二、三度ほど咳払いしてから青年に向き直った。青年はいつの間にか窓の外を見つめている。
「そうだな」
簡潔極まりない答えが返ってくる。多輝は憮然として青年の背中を睨みつけた。だが青年は振り返ろうとしない。
多輝はため息をついてベッドから降りた。どうして自分がここにいるのかも判らない。しかもどうして見慣れない服を着ているのだろう。ブラウスに下着のみという格好をした覚えはこれっぽっちもないのだ。多輝は頭をかいて横目に青年を見た。
「あんたの名前くらい聞かせてくれよ」
どうせおれをここに引っ張ってきたのはあんただろう? 多輝はその意味を込めて青年に声をかけた。青年は小さく笑って多輝に視線を向ける。
「わたしの名は翠だ」
「みどり……ねえ」
口の中で確かめるように呟く。すると翠は空中に指で名前を書いてみせた。翠という漢字を読み取り、多輝は納得して頷いた。
「それで? その翠はおれに何の用があったんだ? そもそも、ここはどこなんだよ。おれ、何でこんなとこで寝てたわけ?」
声の調子を取り戻した多輝は矢継ぎ早に訊ねた。翠はそれを聞いてから少し考えるような素振りを見せる。どうやら会話をするためだけにもかなり考える性格らしい。多輝は息を潜めて翠の答えを待った。
「わたしはお前自身に用がある訳でも、興味があった訳でもない。ここは木村財閥の邸宅の中の一室だ。お前がここで眠っていたのは、わたしが眠らせたからだな」
考えた末に翠は滑らかな口調でそう吐き出した。喋った後、再び黙り込む。途中、多輝がおい、とかけた声などどうでもいいらしい。だが、とりあえずは質問に答えてくれるらしい。そのことだけを理解して多輝は仏頂面で翠の横に陣取った。身体を投げるようして座ると、そのごく僅かな間だけ翠が多輝を見つめる。多輝は視線を返してからため息をついた。
「それで? 何でまたおれは敵陣にいるんだよ。ってか、あんた、どうしておれをこんなとこに引っ張ってきたんだ」
立城の率いる吉良瀬財閥と敵対する組織。それが木村財閥だ。世間的にも勿論よく知られていることだ。翠がそのことを全く知らないとは思えない。しかもわざわざ人を眠らせてまでここに運んだのだ。それ相応の理由があるだろう。多輝は出来るだけ答えを聞きやすいように言葉を選びながら質問を並べてみた。すると、先ほどと同様に翠が考え込む。
その間に多輝は着られる服がないか、部屋の中を物色することにした。幸い、たんすがある。部屋の明かりを点け、多輝はまずはたんすの中を探すことにした。中には様々な服が収まっている。一着ずつを手にとりながら多輝は着られそうな物を探した。どうやらたんすの持ち主は女性らしい。幸い、多輝が着ることのできる服はすぐに見つかった。多輝は適当な服を中から選んで無断で拝借した。紺色のワンピースを身につける。
「そういう計画だったからそうしたまでだ」
多輝が服を着て振り返った時、翠が告げる。その声からは感情が感じ取れない。多輝は顔をしかめてベッドに戻った。座り直して翠を指差す。
「じゃ、なにか? あんたは最初っからおれをさらうのが目的で? そんで、おれをここに連れてきて? 眠らせたのか?」
言っているうちに腹が立ってくる。多輝は苛々と指でシーツを弾き、答えを待った。だが今度はすぐに答えが返ってくる。
「そうだな」
簡潔極まりない。多輝は呆れた気分で翠を睨みつけた。だが翠は平然と窓の外を眺めている。多輝が怒っていることなど気にも留めていない。
しばらくの間、多輝は黙ったままでいた。これ以上の質問をしても無駄な気がしたのだ。そもそも自分は部屋でゲームをしていた筈だ。なのに気付いたらこんなところにいる。もちろん、力を使えばすぐに優一郎の元へ戻ることは可能だろう。だが翠がそれを邪魔しないとは限らない。
そういえば今日は何日なんだろう。多輝はふとそう思った。訊ねようと目を向けた時、翠がいつの間にか自分を見つめていたことに気付く。多輝は慌てて目を逸らしてなんだよ、と低い声で訊ねた。
「あの日から二週間以上が経過している。お前はその間、ずっと眠っていた訳だが」
「二週間!?」
多輝は勢いよく立ち上がりながら怒鳴った。だが翠は睨む多輝の目から視線を外さなかった。真っ直ぐに見つめ、続ける。
「それだけの時間で済んだのは幸いだろう。もしかしたらお前はずっとここに囚われる可能性もあったのだからな」
どういう意味だろう。多輝がそう訊ねようとした時、不意に背後で物音がした。焦って振り返る。ドアのところには見慣れない男が立っていた。翠と同い年くらいだろうか。もっとも、翠は人ではないから年は定かではないのだが。
「あれ、目が覚めたんだ?」
気さくに話し掛けながら男が部屋に入ってくる。多輝は自然と身構えた。はっきりと人と違うと判る訳ではない。だが男は妙な違和感を持っている。警戒する多輝を余所に、男は軽い足取りで近づいてきた。
そろそろ畳みに入ってますです。