エロ……ではないですが、考えようによってはエロでしょうか?
沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。多輝は少しずつ目を開けた。何だかとても悪い夢を見ていた気がするのだ。ぼやけた視界に天井が映る。それを見て多輝はほっとした。良かった。普通に見える。昨日のあれはきっと熱のせいだったのだろう。多輝はそう思いながら再び布団を被ろうとした。欠伸をしながら手を伸ばす。だが、いつもある筈の毛布がない。かわりに手が握り締めたのは、妙に手触りのいいシーツだった。多輝は閉じかけていた目を開け、訝りながら頭だけを起こした。
そして目を見開く。初めてここが自分の部屋ではないことに気付いたのだ。多輝は慌てて布団を跳ね上げ、身を起こした。周囲を見回す。何もかもがまるで自分の部屋とは違っていた。混乱する頭を押さえ、多輝は低く呻いた。
聞き慣れない声に硬直する。多輝は恐る恐る自分の身体を見下ろした。薄いブルーの愛らしいネグリジェが目に留まる。そして多輝は震える手で頭を触った。柔らかな髪を漉いてみる。
ええと、髪が一晩でこんなに伸びる訳はないよな。うん、ない。
声を出すのが怖かったので、多輝は心の中でそう言った。多輝の後ろ髪はいつの間にか肩の下まで伸びていた。しかもやけに手触りがいい。手入れの行き届いている髪質だ。確かに元々自分の髪は荒れてはいないが、手触りがまるで違っている。多輝は恐怖に顔を引きつらせながら小さく声を出してみた。やはり違う。自分の声ではない。いつもの声よりも数段、高いのだ。
風邪だな。うん、風邪。そうに決まってる。おれは風邪の酷いのをひいたに違いない。熱も凄かったしな。だから髪も伸びたんだな。うん。
心の中でそうまくし立て、多輝は再び布団に潜り込んだ。頭から布団を被ってみる。だが動悸が激しすぎてとても寝ていられない。暗闇の中で目を開いていると、嫌でも周囲が気になってくる。
多輝の眠っていた部屋は、自分の部屋とは全く違っていた。壁紙は淡いパステルカラーを基調にしてある。多輝の着ていたネグリジェと同じ、淡いブルーだ。天井からは銀のイルカのモビールがぶら下がっていた。壁にはピンクの丸い時計。机は明るい木の色をしていて、その横にある本棚とお揃いだった。そしてベッドのカバーはやはり淡いブルーのストライプ柄。枕はカバーとお揃いの柄で、シーツもお揃いだ。
気が狂ったのか、おれは。多輝は冷や汗を流しながらそう呟いた。どこから見ても少女の部屋に自分は寝ているのだ。しかも一人で。
たとえば横に少女が共に寝ているなら判る。その少女の部屋だろうと納得できる。だが、今の多輝は一人きりなのだ。それに、もしも誰かと一緒に寝ていたとしても、一晩でこんなに伸びてしまった髪や、声の変わりようはどう説明する? 多輝は懸命に様々な可能性を考えた。だが有効だと思えたものは何一つない。夢か、とも思ったが、あまりにも感覚がリアルすぎる。
「だー!」
多輝は苛々しながら再び布団を跳ね上げた。今度はついでに布団を蹴り飛ばす。ベッドを飛び降り、部屋の中心に立つ。そこで多輝は足元を見下ろした。柔らかなカーペットはやはり淡いブルーだ。多輝は苛立ちに任せて床を激しく踏み鳴らした。ついでに転がっていたクッションを思い切り蹴飛ばす。クッションは一直線に壁に向かって飛んだ。
六畳ほどの広さの部屋の中心で多輝は肩をいからせていた。クッションの当たった壁にはハンガーが吊るされている。そしてそのハンガーには一着のメイド服がかけられていた。濃いブルーのワンピースの胸元には真っ白なリボンがつけられている。そして腰にも真っ白な帯が巻きついている。そしてフリルのふんだんにあしらわれたエプロンがワンピースの上にかけられている。多輝はそれを睨みつけながら歯軋りした。
「何でこんな服がかかってるんだよ!」
それまで感じていた恐怖はすっかり消え去っていた。多輝は全力で怒鳴りつけて大またでメイド服に近づいた。フックからハンガーを外して服を床に叩きつける。踏みつけてやろうと足を上げた時、不意に部屋のドアが小さな音を立てた。
金属製のドアがゆっくりと開く。多輝は現れた人物を見て顔を引きつらせた。
「雨宮先輩。お目覚めですか?」
うっすらと笑みを浮かべた優一郎が立っている。多輝は息を飲んで上げていた足を下ろした。どうしてだろう。妙に優一郎に威圧感を覚えてしまう。だが多輝はすぐに訳を理解した。自分の背が今までより低くなっているのだ。今までは優一郎を見下ろしていたのに、今は見上げなくてはならなくなっている。多輝は唖然として自分の身体を見下ろした。
細い。多輝がまず感じたのはそれだった。試しに自分の肩を触ってみる。柔らかな細い肩は今までの自分にはなかったものだ。着ているものが違っているだけならまだしも、どうやら自分の身体の構造までが違っているらしい。多輝は慌てて自分の身体を抱きしめてみた。
優一郎はドアを静かに閉じて黙ってそんな多輝を見つめている。だが動揺しきっていた多輝は優一郎にまで気を配ることが出来なかった。震える手で胸に触れる。薄い布地の下には柔らかな感触があった。
「先輩、ボディの調子はどうですか?」
微笑みを浮かべた優一郎が訊ねる。多輝は恐る恐る優一郎の方を向いた。手の下にはまだ胸の膨らみがある。ごくん、と喉を鳴らして唾を飲み込み、多輝はゆっくりと口を開いた。
「……ボディ?」
震える声は明らかに女のものだ。多輝はそんな自分の声を耳にしてさらに怯えた。胸の膨らみ、細い身体、そして高い声。しかも髪は長くなっているし、さらにこの服だ。多輝の頭の中は嫌な予感に満ちていた。
だが動揺する多輝を見ながら優一郎は笑っている。穏やかな笑顔が逆に多輝の不安を誘った。まさか、と多輝は口の中で呟いた。すると優一郎が悠然と笑いながら歩き出す。多輝の目の前に立った優一郎は笑みながら首を傾げた。
「僕が見る限り、動作は正常みたいですけど。もしかして、頭痛がしたりします?」
「待て」
多輝は手を挙げて優一郎を制した。ボディ、動作。多輝はそう繰り返してから顔を上げた。
「何でおれはこんなことになってるんだ? これ、もしかしなくても女の身体だろう!?」
しかも恐らくは機械の。多輝はそう続けて優一郎を睨みつけた。だが優一郎は平然と笑っている。多輝の髪を手に取りながら、優一郎は当り前のことのように続けた。
「そうですけど。何か?」
「何かって……なに、勝手なことしてやがるんだ! おれに何しやがった!?」
だがそう叫びながら多輝はその場から動けなくなっていた。優一郎は別に多輝を拘束している訳ではない。逃げようと思えば逃げられる。なのに多輝は一歩も動かなかった。
とうとう多輝がチェンジしてしまいました。