エロシーンはないです!
芋を掘ろう
「芋掘り、ですか」
智美は呆然と呟いた。かなりの寝不足であることは自覚している。何しろ、昨日は一晩中ずっと絵美佳の話を聞いていたのだ。しかもその話というのが智美には全く理解できない分野の話だった。核がどうだの、中性子がどうだの、そんな話をどれだけ聞いたからといって、すぐに科学の達人になれる訳ではない。智美は生あくびをしながらぼやけかけていた目をこすった。
「そうよ! 紫芋が必要なの!」
絵美佳は白衣を翻して高々とこぶしを天井に突き上げた。確か、絵美佳も自分と同じように一睡もしていない筈だ。智美はぼんやりと絵美佳を見上げてため息をついた。この元気は一体どこからくるのだろう。絵美佳の爛々と輝いている目を見つめながら智美はしみじみと考えた。
今日から科学部は合宿入りする。本当なら昨日の内に一つ、実験が終了しているはずだったそうだが、生憎と実験体が届かなかったという。智美は絵美佳が語ってくれた話のうち、理解できる部分だけを思い出した。
昨日、智美は絵美佳に引っ張られるようにして地下施設に入った。科学部の使用する地下施設は大雑把に分けると、研究室が五つ、実験室が五つ、そして絵美佳の使う部屋が一つという構成になっている。その他にも食堂があり、シャワールームがあり、仮眠室があるのだが、それらの設備はまとめて施設の南側に配備されている。
智美はその中の研究室の一つにいた。通常、清陵高校の部の合宿はセミナーハウスで行われる。普通の部は寝たり食べたりする場所を持ち合わせていないからだ。だが科学部だけは違う。科学部はセミナーハウスの利用許可を取ることなく、他の部と日程でもめることもなく、好きな時に合宿を行えるのだ。
やっぱ、この学校って変。智美は内心で呟いてホワイトボードの前で興奮気味に紫芋について語る絵美佳に目を戻した。他の部員たちはまだ来ていない。今は智美と絵美佳の二人きりだ。
「でも、芋って普通は秋に収穫なんじゃないんですか?」
智美は軽く手を挙げてそう発言してみた。すると絵美佳がふっ、と笑って眼鏡を指で押し上げた。絵美佳のテンションは常に一定なのだろうか。昨日見た時から今日まで、全くテンションが落ちていない。
「園芸部の温室で、栽培してもらってるの」
温室。智美はそう口に出してから顔をしかめた。この学校に温室などあっただろうか。学校の敷地内については嫌というほど調べた智美である。懸命に記憶をたぐり、思い出そうとする。だが智美は学校のどこにも温室など見たことはなかった。再び手を挙げて絵美佳に問い掛ける。
「あの、温室なんてどこにあるんですか?」
「屋上にあるでしょ?」
こともなげに絵美佳が答える。え、と智美は声をあげて額を指で押さえた。迂闊だった。校舎の屋上には行ったことがない。しまった、と内心で呟いて智美は屋上のことを記憶に焼き付けた。絵美佳はそんな智美を不思議そうに見つめている。智美は無意識の内に屋上という単語を口に出して繰り返していた。
「というわけで、早速、芋掘ってきて! 中くらいのが五つもあればいいから」
「よし! 部長、屋上のことを覚えました!」
かみ合わない答えを返して智美は嬉々として立ち上がった。絵美佳も目を輝かせながら頷いている。実はこの調子で昨日の晩からかみ合わない会話を続けていたのだが、当の二人は全くそのことに気付いていなかった。当然、会話は互いに勝手に進められ、しかも互いが好きなことを喋りまくるために、全く話が進まないのだ。
智美はにっこりと笑って立ち上がった。さっきまで主人に心の中で詫びていたことも忘れ、絵美佳の手をとって頷く。絵美佳もうんうん、と智美に頷いた。
「とりあえずこれでみそっかすと言われなくて済みます!」
「あたしも、あんたが入部してくれて助かったわ! しかし、多輝の奴、すっぽかすなんて」
絵美佳が急に沈んだ顔になる。智美はふと、絵美佳のせりふの中に引っかかる単語を見つけて眉を寄せた。たき。それを聞いた瞬間、智美はああ、と声をあげて絵美佳の手を振り回した。
「部長、あの方とお知り合いなんですね!?」
智美がそう訊ねると途端に絵美佳が笑いを引っ込めた。厳しい顔になってふん、と横を向く。
「あんな奴、知らないわよ! さあ、芋掘りよ! 芋掘り!」
「そうですねっ。屋上ですね!」
智美は目を輝かせて絵美佳に笑いかけた。
急に芋掘りを始めようとしています……
絵美佳というキャラクタは愉快な性格ではあるのですが、実は訳ありですw