あ、ここにはエロシーンはないです。
大きな硝子窓から淡い日差しが注いでいる。ゆったりとした空間には様々な植物が植えられ、緑の中に色とりどりの花が咲いている。外の喧騒から切り離された、空間。その中央には白く丸いテーブルがある。天然の白い木で造られたテーブルの上にもやはり花が飾られていた。
そのテーブルについているのは一人の女性だった。清陵高校現生徒会会長、如月要。要が手にしているカップには淡い色使いでばらの花が描かれている。お茶はもちろん、ローズティーだ。口許に近づけて香りを楽しんでいた要は、優雅にカップを傾けた。が、すぐに閉じていた目を開ける。カップをソーサーに戻した要は不機嫌な面持ちになった。
「不味いわ」
要は低くそう告げてソーサーごとカップをテーブルに戻した。傍にいたメイドが慌てて謝る。だが要はメイドを無視して軽く手を叩いた。ティーサロンの隅にひっそりと控えていた野木が飛んでくる。
「淹れ直して」
「承知致しました」
野木は要に深々と一礼し、ティセットを手にその場から消えた。メイドは困惑したまま、要の傍に立っている。要は厳しい眼差しを年若いメイドに向けた。泣きそうな顔になっているメイドに冷ややかに告げる。
「もういいわ。あなたにはお休みをとっていただきましょう」
要は再び手を叩いた。すると今度は野木とは反対側に控えていた周藤が寄ってくる。要は一礼した周藤に頷き、ティーサロンのドアを指した。
「この人を連れて柏木のところに行って頂戴。わたくしがこの人にお休みを与えたと告げれば判るわ」
そう要が告げると須藤は深々と礼をし、メイドの腕を無造作につかんだ。悲鳴を上げるメイドを引きずるように退室する。要はそれを見送りもせず、サロンの中に咲いている花に目を向けた。
ばらはやはり赤がいいわ。要はそう呟いて静かに立ち上がった。煉瓦敷きの小道を歩く。家の二階に位置しているこのサロンは、要が十三歳の時に父親からプレゼントされたものだ。要は大きなバースデープレゼントにとても喜んだ。今でも庭師の一人がサロンの中を整えてくれている。要は広い室内をゆっくりと歩いた。
要の家は代々続く富豪だ。父は華道と茶道の師範だ。母親は吉良瀬財閥系統の会社の幾つかを所有している。母は時折、要の花を欲しがる。そんな時、要は気前よく母にここの花を進呈することにしている。その度に母は子供のようにはしゃいで嬉しがるのだ。
そんな母はかつて要と同じように清陵高校に通っていた。その当時もやはり今と同じように賑やかな学校だったらしい。要はばらの花の前に足を止め、静かに花を見下ろしていた。深紅のばらが緑の葉の中に浮かんでいるように見える。要は少し腰を屈めて花に顔を近づけた。目を閉じて花の香りを深く吸い込む。
今、清陵高校は平和そのものだ。要としても完璧に生徒たちのスケジュールを組んでいるつもりだ。なのにどうしても気にかかることがある。それが地下に埋まっているといわれる施設だ。一般生徒には解放されていないその施設を所有しているのが、吉良絵美佳率いる科学部だ。科学部には様々な噂も多い。しかも裏でこっそりと他の部と癒着しているという話もある。要は自分でも気付かないうちに顔をしかめていた。不機嫌な面持ちで身体を伸ばす。
科学部は古くから続いている伝統のある部らしい。そして科学部と生徒会は昔から対立している。それは科学部の創設当時から変わっていない。今はもう伝説になっている、巨大ロボットの対戦は熾烈を極めたらしい。結局は創設者、吉良総一郎率いる科学部が生徒会に勝利した。グラウンドに倒れた生徒会のロボットは、長い間、その醜態を晒し続けたという。
要は歯軋りしてその場から離れた。憤慨しながらテーブルに戻る。そもそも、ロボット同士で戦わせるというのがナンセンスだ。アニメーションじゃあるまいし。要はそう呟いてテーブルに肘をついた。母が見たら行儀の悪さに仰天するだろう。だがここ一週間は両親共に旅行に出かけているので見咎める者はない。要は苛々とテーブルを指先で叩いた。
「要様、お待たせいたしました」
静かな声に要は伏せていた目を上げた。野木がティセットを手に戻ってくる。野木達彦。冷ややかな双眸を持つ、清陵高校二年生だ。野木を一目見た時、要は必ず生徒会に引き込もうと決意した。冷たい印象の整った容貌がとても気に入ったからだ。
野木は慣れた手つきでカップに紅茶を注いだ。要の気分を察していたのか、今度は淡い香りの紅茶だった。要は無言でカップを受け取り、紅茶の香りを確かめた。そしてカップを唇に当てる。紅茶はほどよく淹れられていた。要は目を細めてカップを戻し、野木に微笑みかけた。
「美味しいわ」
「ありがとうございます」
優雅に一礼した野木に笑いかけ、要は静かに紅茶を楽しんだ。野木は黙って傍に立っている。
野木と周藤は対照的な容姿をしている。野木はあくまでもしなやかな身体を持ち、周藤は鍛え上げられた肉体を持つ。筋肉質な周藤に比べると、野木は見方によっては頼りなくも感じられる。だが野木も周藤も要の嗜好に合った体をしているのだ。要はゆっくりと顔を上げて野木を見上げた。あくまでも野木は要の邪魔にならないよう、ひっそりと気配を沈めている。
要を常に守る二人には徹底的な教育を施してある。最初は戸惑っていた二人も教育に次第に慣れ、やがては要の思い描いた通りの男になった。成績は常に優秀、要の身の安全を守る、究極のボディガード。要は野木を見つめてから小さく笑った。危険が迫っている時以外、野木は要が声をかけない限り勝手には動かない。
巨大ロボット同士の戦い。科学部と対するため、当時の生徒会は巨大ロボットの製作に乗り出した。科学部が提示した条件を満たしつつ、尚且つ科学部のロボットを上回る性能を追及する。当時の生徒会長は必死になってロボットの製作を依頼できる企業を探した。だがどこもたかが高校生の言うことに耳など貸してくれない。生徒会長の父親はとある企業のトップにいたが、娘の言うことを笑って聞き流していたそうだ。
そんな生徒会長に力を貸してくれたのが一人の男性だった。父親の部下であったその男性は生徒会長の提案を真剣に吟味、そして何とか生徒会の望んでいた巨大ロボットを製作してくれたのだ。
だが無残に敗北した。再び巨大ロボットの伝説を思い出した要は自然と野木を睨みつけていた。野木はだがぴくりとも動かない。じっと要の視線を受け止めている。要は歯軋りしながらテーブルを平手で殴った。
「おのれ……! 吉良絵美佳! いえ、吉良一族!」
要は肩を震わせながら呻き混じりに呟いた。手が触れていたカップが小さく揺れる。
「どこどこまでもわたくしの行く手を阻む、煩い虫ども! 今に見てらっしゃい! 今度は土下座で許してくださいと泣かせてみせてよ!」
母がひた隠しにしている卒業アルバムの中に、一枚の写真が載せられている。悪乗りした卒業生たちが生徒会に無断でアルバムに納めた写真の真ん中には一人の女子生徒が半泣き顔で映っている。
壊れた巨大ロボットの操縦席で顔に落書きをされているのは、要の母親だった。
最初は嫌な感じのキャラクタになるかなと思っていた生徒会長なのですが、この辺りからおかしくなりますw