「た、多輝なのね!」
「まあな」
そう言ってから多輝は静かに話し始めた。どういう経緯で機械仕掛けの身体に入ってしまったかを、だ。それを聞きながら絵美佳はぐらぐらする頭を手で押さえた。よりによって機械に入ってしまうなんて。しかも女の身体なんて。何度かそう呟いた絵美佳に多輝は黙っていた。「つまり、あんたって元々、女だったってこと?」
絵美佳はぼんやりとした目をしたままそう呟いた。すると多輝もどこか遠い目になる。
「お前の弟に言わせるとそうらしい。まあ、おれにもまだよく判ってないんだけどな。本当のところは」
多輝はそう告げて紙コップを傾けた。麦茶を飲み干して空になったコップを手の中でもてあそぶ。
「でも良かった、変な夢見たから、あたしてっきり……」
眠れなかった最大の原因はそれだった。絵美佳は深々と息をついて多輝を見上げた。全く姿は変わってしまったけれど、とりあえず今はここにいる。そのことに安堵する。だが多輝は怪訝そうな顔をして絵美佳の顔を覗き込んだ。
「試しにきかせろ。その夢とやら」
「斬られちゃうの! 刀で!」
そう言いながら絵美佳は震えた。まだ、夢で見た恐怖が体の中に残っている。多輝はそんな絵美佳を見下ろして呆れた顔になった。そして小さく笑う。
「刀なんてそんな簡単に手に入るもんでもないだろ? そりゃ、ただの夢だ」
「青い刀で、ばっさり。あれは確かにあんただったわ……」
二人の言葉が重なる。そして二人は互いに顔を見合わせた。多輝は小さく笑いながら立ち上がる。再び紙コップに麦茶を注ぎ、多輝は絵美佳の隣に戻ってきた。絵美佳は無言でコップを両手に包んだままだ。一口も飲んでいない。
「まあ、気にするなよ。現におれはこうしてるしな。それよりさ」
多輝は静かにコップを傾け、呟いた。
「悪かったな。約束、守れなくて」
注意しなければ聞き逃しそうなほどに小声だった。絵美佳はため息をついて両手に包んだコップを持ち上げた。一気に中身を飲み干す。
「あんたは、悪くないわ……」
「そう言ってくれると助かるよ」
呟きで返した絵美佳に笑いかけ、多輝は立ち上がった。空になったコップを軽く放る。コップは空中をゆっくり進み、食堂の隅にあるごみ箱の中に落ちた。絵美佳は黙ってそれを見つめていた。そして顔を上げる。
「ひとつ聞きたいことがあるの」
静かに呟いて絵美佳は真っ直ぐに多輝の顔を見上げた。多輝は黙って目を細める。言ってみろ、と目が告げている。絵美佳は頷いて続けた。
「多輝って処女?」
その瞬間、多輝はぴたりと動きを止めた。しばらく硬直する。絵美佳はその間にのんびりと茶を啜った。その内に多輝がゆらりと動く。疲れたようにため息をつき、多輝はひっそりと笑った。
「どうやらそのようだ」
言いたいことはそれだけか。多輝は低い声でそう続けた。
「あんた、覚えてる? あたしのバージン奪ったのあんたよね、だから」
多輝は無言だ。絵美佳はコップを見つめながら息をついた。コップの中で麦茶が波になっている。顔を上げると多輝と目が合う。絵美佳は笑って続けた。
「あんたのバージンはあたしのものよね?」
「……あのな。物理的に不可能なことを言うなよな。お前は女だろうが」
そう笑って多輝は軽く手を挙げる。歩き出した多輝の背中が小さく見える。絵美佳は思わず声をかけて多輝を引き止めた。足を止めた多輝が振り返る。
「二週間まちなさい! もうすぐ研究が完成するのそうしたら!」
「……あのな」
そう言ったかと思うと多輝が大またで戻ってくる。絵美佳の鼻先に指を突きつけ、多輝は皮肉な笑みを浮かべた。
「絵美佳。お前はもうおれに関わらない方がいい。おれもお前には関わらない。それがお互いのためだ。そうだろ?」
早口でまくし立てて多輝は再び身を翻した。だが絵美佳は多輝のエプロンを力任せに引っ張った。つんのめった多輝が床に倒れる。
「意気地なし! 女になったからってなによ! 多輝は多輝でしょ!!」
「だからって足で踏むな! うわ、信じらんねえ! お前、今、レンチで殴りやがったろ!?」
喚きながら多輝が身体を起こす。だが絵美佳は多輝の襟首をつかみ、さらに続けた。
「あんたがいないといろいろ不便なのよ! だから約束しなさい! 二週間後、ここに戻ってくるって!」
一気にまくし立てる。肩で息をした絵美佳を呆れた顔で見下ろしていた多輝は困ったように笑った。そして軽く絵美佳の肩を押す。一瞬、絵美佳の気がそちらに向いた隙に、多輝は音もなくその場から浮かび上がっていた。食堂の中に漂いながら手を上げる。
「おれは便利道具じゃねえっての。じゃあな」
そう言うが早いか、多輝はその場から姿を消した。残された紺色の軌跡はすぐに消える。絵美佳はそれを睨みつけてテーブルをこぶしで殴りつけた。
「多輝のばかぁっ!!」
絵美佳の叫びが食堂に響き渡る。廊下にいた部員が聞きつけたのだろう。慌てたように駆けて来る。だが絵美佳はしばらくその場から動かなかった。
そしてまたトンデモなことを言い始める絵美佳w
この辺りは変わってません。