たまにギャグ的シーンが出てくるのはデフォです。
あ、エロシーンはないです。
「くるといいわ。かくまってあげる。でないとほかのひとにみつかるわよ。ぬけているようにみえるけど、ここのがくせいかいはむのうじゃないもの」
「匿うって……おい、どーすんだよ」
多輝は通信の向こう側にいる優一郎に問い掛けた。行くべきなのかどうかが判断できない。すると優一郎は小さく息をついて仕方ありませんね、と告げた。
『彼女は信用できます』
「……まあ、お前が言うならそうなんだろうな。判った。行ってみる」
すでにかほはドアに向かって歩いている。多輝は小走りでかほに追いついた。
仁科果穂。十五歳。特別生物室に連れられた多輝は果穂から改めて自己紹介された。会話の流れに逆らわずに多輝も自己紹介する。すると果穂は小さく頷いて多輝に茶を出した。
特別生物室は生物部の部室になっているらしい。だが事実上、ここに在籍しているのは果穂一人だという。多輝はうろんな目で周囲を見回した。瓶詰めされた内臓などが棚にひしめいている。
「どうぞ」
「どうぞって言われてもなあ」
果穂が出してくれた茶を見下ろしながら多輝は冷や汗をかいていた。茶だとは言われた。だがこれはどう見ても茶の色ではない。何しろ、入っているのはビーカーで、しかも中身は濃いピンク色ときているのだ。
「……わたしのちゃがのめないとでも?」
「あ、ええと、そう言う意味じゃないんだけど」
『だいじょうぶです。味は保証します』
うろたえる多輝に果穂と優一郎が交互に告げる。多輝は覚悟を決めてビーカーに口をつけた。どうせ機械の身体なのだ。少々のことでは身体も壊れまい。
「ぐは!」
一口飲んだ多輝はその味に面食らった。ピンク色の液体は何故かニラの味がしたのだ。多輝は慌てて口を覆って顔をしかめた。口に残っていた分を死ぬ気で飲み下す。だがそんな多輝の真正面に座る果穂は同じものを平然と飲んでいる。味覚がどうかしているのか、それとも無類のニラ好きなのか。どのみち、これを茶と断言する神経が判らない。多輝は口を覆っていた手を外し、肩を落とした。
「くちにあわなかった? ごめんなさい。いでんしくみかえでつくったから、もしかしたらふつうのちゃとはちがうあじかもしれないわ」
『どうですか、なかなかの珍味でしょ? 先輩』
交互に言われ、多輝は顔を引きつらせた。確かにニラとしてならまともな味だ。だが茶と言われるとどうしても納得できない。多輝はため息をついてそばにあった実験台の上にビーカーを戻した。詫びた割には果穂はけろりとしている。
それから果穂は様々な話をしてくれた。元々、この部には数名しか部員がいなかったこと。そして遺伝子工学を真剣に学び、実験を繰り返す自分に誰もついてきてくれなかったこと。前任の部長の素晴らしい技術について。そして果穂は多輝を見上げて小さく笑った。
「じょうけんしだいではあなたにきょうりょくしてもいいわ。どうせ、みをかくすばしょはひつようでしょう? ここならがっこうないのどんなところよりもあんぜんよ」
条件。多輝は果穂を斜めに見下ろして微かに嗤った。どうやら最初からそれが目的だったらしい。通信の向こうの優一郎も小さく笑っている。
『可能な限り協力をとりつけましょう』
「……可能な限りだとよ。どうする、果穂ちゃん」
多輝はストレートに優一郎の言葉を伝えた。果穂はにやりと笑って多輝のビーカーを取り上げる。そして頼みもしないのにおかわりの茶を注いだ。多輝は引きつりながらそんな果穂を見つめた。どことなく嬉しそうには見えるのだが、どうも年恰好に似合わない笑い方をしている。
「こちらがていじするじょうけんはたんじゅんよ。わたし、ほしいものがあるの」
ビーカーを差し出しながら果穂は笑う。多輝は成り行きでそのビーカーを受け取った。試しに茶を舐めてみる。やはりニラの味だった。
「言ってみろよ」
仏頂面で多輝は告げた。すると果穂は唇だけで笑った。そして多輝の耳に唇を近づける。多輝は自然と耳を澄ませた。
「ゆうしゅうなせいしとしょじょのいんすい」
「……は?」
ゆうしゅうなせいし。しょじょのいんすい。多輝の頭の中でその二つの単語がぐるぐると巡る。果穂は軽い足取りで椅子に戻り、笑いながら多輝を見上げている。果穂の足元にはさっきのなめくじがじっとしている。多輝は果穂となめくじを見比べ、次に天を仰いだ。
「……あー。こう言ってるんだがなあ」
『わかりました。僕のストックを提供します』
ストックっておい。多輝は優一郎にそう突っ込みを入れることも忘れ、あんぐりと口を開けた。何でそんなものを優一郎がストックしているのだ。そもそも、どうして果穂はそんなものを欲しがるのだ。だがそれらの疑問を頭の中から追い出し、多輝は咳払いをした。
「ええと、あいつが持ってるからくれるって」
「……きらゆういちろうしのせいしなのよね? よかった」
嬉しそうに笑いながら果穂が手を叩く。多輝は次第に不安になった。大丈夫なのか、信用して。だがそう思いかけて慌てて頭を振る。優一郎が大丈夫といったのだから間違いはないだろう。
結局、多輝は特別生物室を拠点に動くことになった。果穂は他の実験動物も披露してくれようとしたが、多輝は丁重にそれを断った。冗談じゃない。なめくじだけで十分だ。心の中で言いながらごめん、と詫びると果穂は残念そうな顔になった。
段々と多輝が残念になる件。